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その4

翌日、僕はAと共に小型ボートに乗り、慶良間(けらま)諸島を目指していた。慶良間諸島というのは那覇市から西に40㎞ほど行った所にある島々で、その周囲の海域はダイビングスポットとして有名ということであった。あいにくその日は雨の降りしきる荒れた天気で、小型ボートは揺れに揺れていた。


Bはその日友人の結婚式か何かで居なかったのだが、その代わりボートには僕ら以外の生徒も乗っていた。一人で来ている20代の前半らしき女の子なのだが、これがもうどこからどうみてもダイビングガチ勢なのであった。肌は程よく焼け、茶髪の長い髪をまとめ上げた彼女は、揺れる船上でも平然と前を向いていた。少し吐きそうになりながら、入り込んでくる雨に濡れて震えている僕やAとは雲泥の差である。


話しを聞いてみるとやはり彼女はよくダイビングに来ているとのことで、今回もマンツーマンで指導を受けるようだった。何でこんな平日に沖縄までダイビングしに来れるんだろうと不思議だったが、どうやら有給を利用しているらしい。


彼女のインストラクターはお姉さんの勤めるダイビングスクールの経営者なのだが、これがまた「ザ・ダイバー」とでも言うべき男なのであった。歳は恐らく40代。真っ黒に日焼けした肌。余分な脂肪の一切無さそうな引き締まった体。一目見ただけで、海関係の仕事をしていることが分かる。そんな2人は何だかカッコよくて、自分が場違いな所に来てしまったような、そんな気持ちになった。


ダイビングを知り尽くした2人を羨望の眼差しで眺めているうちに、船はついに目的のスポットへとたどり着いた。

着いたと言っても雨は止む気配なく降り続き、船の揺れも収まりそうにない。足ひれを付けてタンクを背負うだけでも一苦労だ。もたもたしていると、女の子は天候を意に介すことなく、さっさと海の中へ飛び込んで行った。


僕とAは何とかタンクを背負い、船の後ろにある階段に立ち、手すりをつかんだ。ダイビングで海に入る方法と言うと、船のへりに腰かけて後ろ向きに入る「バックロール」をイメージする人が多いと思うが、こういう階段が付いているタイプの船では、大きな一歩を踏み出して足から入る「ジャイアントストライド」が一般的なのだそうだ。


果てしなく広がる大海原と降りしきる大粒の雨を前に僕がためらいを感じている内に、Aは海に向かって飛び込んで行った。船から下に降ろされたロープを伝って、Aの姿は徐々に海の下へ見えなくなって行く。ああ、どうしよう。船にいるのはもう僕と運転士さんだけのはずだ。

お姉さんに早く早く、と手招きされ、僕はついに覚悟を決めた。ええい、もうやるしかない!そして一歩を踏み出し、荒れる海に向かってザブンと飛び降りたのであった。


ゴボゴボゴボ。目の前が青色に染まって行く。僕は海底に向かって一直線に張られたロープにつかまり、何とかAに追いつこうと進んで行った。


数メートル潜った位の時だっただろうか。突然、噛みしめていたはずのマウスピースが、口から外れた。きっと、飛び込んだ時の勢いで少しずれていたのが、潜っている内に外れてしまったのだ。マウスピースが外れた状況を昨日あれだけ練習したのに、その時の僕にはそれを思い出す余裕なんてある訳がなく、パニックになってしまった。ダメだ、溺れる。


僕は海水を飲み込みながら、必死になって海の上を目指した。もうダイビング以前の問題だ。海面に何とか顔を出し、張られているロープにしがみつく。


少しして、血相を変えたお姉さんが海上に上がって来た。「急に上がったらダメって言ったでしょ!」と言われ、僕はやっと思い出した。そうだ、ダイビングでは絶対に急に浮上したりしてはいけないのだ。


みなさんは「減圧症」という状態をご存知だろうか。水圧の高い海中では、大気中に含まれる窒素が多く体内へ取り込まれる。ダイバーが急激に上昇すると、その窒素が気泡化して、毛細血管を塞いでしまうのである。パニックになっていた僕はそれを思い出す余裕がなかったが、これからダイビングをする皆さんはくれぐれも気を付けて欲しい。


「さ、また潜るわよ。」と言われて、僕はもう勘弁してと心の中で叫びながら、またロープを伝って海の中へ入って行った。でも、今になって思うと、あの時やめなくて良かったと思う。

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