9話・ある男達の悲劇
「これ……大丈夫、なのかな? 祐菜、ゲームとかあんまり詳しく無いけど……」
俺を心配してか、祐菜がそんな風に言う。
しかし、残念ながら大丈夫では無かった。
ゲーム事情に詳しい佐菜、陽子、萌絵の表情が優れてないのが何よりもの証拠である。
「スキルが無いのはともかく、クラスも無いってのはちょっと変だね」
「うん……これじゃあ、比呂くんだけ……縛りプレイ……するようなもの……」
萌絵と佐菜の言葉に無言で頷く。
やはり彼女達から見てもおかしいか。
陰鬱とした空気が広がる。
対して陽子は何故か憤っていた。
「いやいやいや! こんなの運営に凸するレベルのバグでしょ! 不公平すぎるって! ボク、ちょっと文句言ってくる!」
「落ち着け陽子、何処の誰に言うんだよ」
「でもこのままだと正義クンは––––っ!」
彼女は言いかけて、自ら口を塞いだ。
俺の前でその事実を告げるのを躊躇ったのだろう。
全く、いつもはどれだけ注意しても口を閉じないクセして、こんな時にだけ気を使うのは卑怯だ。
その気持ちだけで、十分嬉しかった。
俺はもう、受け入れている。
自らが辿るであろう末路を。
「ご、ごめん、そんなつもりは……」
「陽子が謝る必要はどこにも無い、それに……多分だけど、お前が想像した通り、俺は追放される」
「そんな……!」
悲痛な声を漏らしたのは、祐菜。
彼女は俺の側に駆け寄って左腕を強く握る。
そして訴えかけるように言った。
「い、居なくなっちゃうなんて嘘だよね……!?」
「それを決めるのはマーリスだ」
「でも、でもっ……!」
涙目になりながら取り乱す祐菜。
そんな彼女を、和水が優しく抱いて引き剥がす。
俺が対処に困っていた顔をしていたからだろう。
本当、察しが良い女だ。
「な、和水ちゃん……!」
「気持ちは分かりますよ、祐菜さん。でも……ヒーローさんを困らせるのは、本意ではありませんよね〜?」
「う、それは……」
「……祐菜ちゃん」
震える祐菜の両手を、佐菜が握った。
互いの事なら何でも知っている双葉姉妹。
だからこそ、祐菜は悟った。
妹の佐菜は我慢している。
なら姉の自分が取り乱してはいけないと。
ここで騒げば、マーリスに目をつけられる。
出会った直後に魔法で脅迫をするような奴だ。
出来る限り、注目されるような事は避けたい。
城に残る彼女なら尚更だ。
そして、遂にその時が来る。
「おや? 君達は揃ってどうしたんだい?」
「……何でもない、まずは俺からだ」
陽子が何か言いたそうにしていたが、ここで騒ぎ立てる事の危険性を理解している萌絵と氷柱が制して彼女の暴走を止めてくれた。
短い付き合いだけど、二人にも感謝しないとな。
「見ろ、これが俺のステータスだ」
「これは……」
それに、まだ希望が無いワケじゃない。
俺のステータスは偶々こういう仕様で、あとから巻き返せる可能性を秘めているという展開も––––
「アッハハハハ! ナニコレ!? こんなゴミ同然のステータス、見たこと無いよ! 神に愛されてないノースキルの捨て子は偶にいるけど、クラスも設定されてないなんて……うん、君は百パーセント必要無いな。直ぐに消え失せてくれ、目障りだ」
現実は、常に想定した最悪の上をいくようだ。
俺のステータスを見てケタケタと笑った後、まるで家畜でも見るかのように蔑むマーリス。
彼の態度はあからさまだった。
やはり俺は戦力外で、保護する価値のない迷い人。
追放の決定は覆らなさそうだ。
「アンタねえ! 言い方ってもんが……!」
「ん? ゴミをゴミと呼ぶのに何の問題が?」
「っ……!」
氷柱がマーリスを非難しようとした直後……彼から溝口を脅迫した以上の殺気が放たれる。
不満も反論も許さないと言っているようだった。
「さ、これ以上使えないゴミに構ってられないね……ランド、予定通りに頼むよ」
「……はい」
ランドと呼ばれた男がやって来る。
「付いてきてくれ、今から君を城の外まで送る。荷物は––––」
「どうせ大した物なんて無いし、そのままでいいよ。彼女達にでも引き取ってもらうさ」
「……了解」
そうして俺はランドの後をついて行こうとしたが。
「ふ、ふざけるな! こんなの、こんなのおかしい! 正義クンが何をしたっていうんだ……!」
「陽子……」
陽子が氷柱と萌絵の制止を振りほどき、我慢出来ないとばかりに叫ぶ。
そんな彼女を見たマーリスは。
「やだなあ、まるで私が悪役みたいじゃないか。彼を追い出すのは、戦力としてカウント出来ないから……要するに働けないからだ。戦えない迷い人の生活を支えられるほど、我々の国は豊かじゃない」
「な、なら! 祐菜が……私が二人分働きます!」
続けて祐菜がマーリスに意見する。
ダメだ、二人ともやめてくれ……
マーリスは危険な男だ。
これ以上刺激するのは得策じゃない。
けれど、俺がもし彼女達と逆の立場だったら……きっと俺も本心を叫んでいると思う。
「さ……佐菜も……! 比呂くんの分まで……頑張る……だから……!」
「ボ、ボクだって! 二倍でも三倍でも働く!」
俺は涙を堪えるのに必死だった。
こんな俺の為に、彼女達は自らの命を一瞬で奪える相手に臆せず意見を伝えている。
だから俺は……早く、ここから立ち去るべきだ。
これ以上彼女達の立場を悪くしない為に。
物語の脇役は、脇役らしく引っ込む。
「面白い事を言うね、君達。でもその願いは叶わない、何故なら君達は一人しかいないからね。どれだけ努力をしようが、それは一人分の結果でしかない」
「……っ」
「分かったらさっさと君達のステータスを見せろ。私の寛容な心もそろそろ限界だ」
マーリスの口調が厳しいものに変わる。
このままだと最悪の惨劇が起こってしまう。
俺は彼女達に背を向けた。
「ランドさん、でしたか? 早く行きましょう」
「あ、ああ」
ランドという男と早足で修練場から去る。
「そんな……待って、比呂君!」
「比呂くん……!」
「嘘、でしょ……正義クン!」
「比呂……」
「……ヒーローくん」
「ヒーローさん……」
六人のクラスメイトが俺の名を叫ぶ。
他のクラスメイト達は、ただ呆然と目前で起こった出来事を眺めているようだった。
俺が願うのは、彼ら彼女らの無事。
ただそれだけの、ささやかな願い。
しかし––––それさえも、神は許してくれなかった。
「……すまない」
「……がっ!?」
修練場を出たあたりで、ランドがポツリと呟いた。
直後、背中に鋭い痛みと熱さが走る。
刺された……そう理解した時には、意識を失った。
◆
「う…………っ!」
「やあ、起きたかい?」
ボヤけた視界に映るのは、俺を刺した男のランド。
直ぐに離れようとしたが……何故か指先一つピクリとも動かせない上に、激痛が全身を駆け回っていた。
「悪いけど、君はもう助からない。君を刺した凶器のコレ……刃の部分に特注の麻痺毒が塗られている。ここから一歩も動けないし、その内毒で死ぬ」
「……そう、かよ」
早い話が詰んでいた。
俺はどうやら死ぬらしい。
急展開すぎて実感は少しも湧かなかった。
「ここは……?」
「……『魔獣の渓谷』。果てが見えないくらい底は深く、谷底には高レベルのモンスターが生息している超危険地帯だ」
「はは……そりゃ、楽しそうだな……」
何故そんな所に連れて来られているのか。
大方の予想は出来ている。
俺を突き落とし、死体を消し去る為だろう。
「私がマーリス様から与えられた任務はね、君をこのナイフで刺したあと、転移してここに来る事。そして……君と一緒に谷底へ落ちる、そこまでやって初めて、任務達成だ」
「……は?」
おかしな話だ。
どうしてこの男も死ななくてはいけない。
……まさか。
「……俺の死が露見した場合の、保険か……」
「そう、私が死ねば、真実を知るのはマーリス様だけになる。全ては闇の中って事さ」
はは、と笑うランド。
その様子は自分の死を受け入れた男の顔だった。
彼がそこまでする理由が分からない。
「……な、んで……そこまで、する……? ぐっ」
「簡単さ。家族を人質に取られている……若い妻と、産まれたばかりの娘をね」
「……あの、クソ野郎」
あの男は吐き気を催す程のクズだった。
そんなクズの元に、クラスメイト達は居る。
知らせなければ……しかし、既に死を待つだけの俺にはどうする事も出来なかった。
「すまない……私の話を聞いてそこまで怒っている君は、とても良い少年なんだろう。なのに、私は」
「……アンタは、悪くない」
ランドもマーリスの被害者だった。
マーリスの目的は一体何だ?
ここまで徹底的に俺の死を隠匿して何の得がある。
「う、ぐっ……!? がはあっ……!」
大量に吐血してしまう。
残された時間はあと僅か。
そんな俺を見て、ランドは呟く。
「苦しい思いをさせてすまない。もうお互い、楽になろう……」
「……くそ」
ランドが俺の肩を支えて立ち上がらせる。
谷の深さは想像以上だった。
あそこに落ちたら生存はまず無いだろう。
「……君、名前は?」
「……比呂、正義。正義がファーストネームだ」
「そうか……私はランド・リュウグナー。妻はトルネで、娘はルトー」
段々と意識が霞む。
辛うじて受け答えは出来ていた。
だけどもう、痛みすら感じない。
「……あの世であったら、よろしくな」
「そうだね、私の方から声をかけよう」
「ああ……そりゃありがたい。俺……人付き合い、苦手だから、さ––––」
そして……一人の悪辣な男の策謀により、二人の男はその身を谷底に投げ出した。
脳裏に浮かぶのは、昨日と今朝の楽しい記憶。
氷柱や萌絵、和水とは仲良くなれそうだった。
今思えば陽子にもっと構ってやればよかったな。
祐奈と佐菜……俺の分まで、精一杯生きてくれ。
……父さん。
俺は––––ヒーローには、なれなかったよ。
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