7話・クラスメイト
––––その日はよく晴れた青空だった。
レッドデイによって赤黒く変色していたとは思えない、鮮やかで透き通るような青色。
そんな青空の下に二年二組は集まっていた。
理由は勿論、秘められた力の測定の為。
この測定で無能と判断されたら即時城から追放、見知らぬ土地に放逐されてしまう。
しかしラールリカやマーリスから散々「異世界人には強い力が秘められている」と言われていたからか、緊張感は無く寧ろ楽観的な者の方が多かった。
今日は帰れない事に文句を言う者も存在しない。
マーリスから脅迫紛いの方法で釘を刺されているので、言いたくても言えないのだろうけど。
そのマーリスに指示されて集った場所は、普段はこの国の騎士が鍛錬に使う修練場のようだ。
チラホラ鎧に身を包んだ人を見かける。
しかし呼び出した本人はまだ姿を見せない。
その間、二年二組は友人同士談笑に興じている。
祐菜や佐菜、陽子も親しい友人と集まっていた。
俺は勿論、一人で佇んでいる。
寧ろ本来はその方が多い。
双葉姉妹と仲が良いとは言っても四六時中一緒にいる事なんて無い、異性なら尚更だ。
……まあ昨日の今日なので、若干寂しいけど。
俺以外で孤独を余儀なくされているのは荒川だ。
彼の場合は一人を好んでいるようだが。
あとは教師の山田先生。
生徒の集団からは少し離れた位置に立ち、鬱々とした視線を阿久井に向けていた。
どれだけ恨んでいるんだよ……
阿久井の方は山田先生に一切興味無さそうなのがまた悲しいんだよな。
なんて風にクラスを観察していると、陽子が俺の視界に入ってちょいちょいと手招きしてくる。
ついでに口をパクパク動かしていた。
おそらく「こっちへ来い」と言っている。
もしそこにいるのが陽子一人だけならまあ、向かうのにそこまで躊躇はしない。
けれど実際は違う。
コミュ力モンスターの彼女はクラスメイトのほぼ全員と友人関係にある。
今も同性の友人達と集まって話していたようだ。
そこに突然俺が割って入ってみろ?
誰? と思われて空気が悪くなるのは確実だ。
出来る事なら無視したい。
無視したいが、無視されたと知ったあの女がどんな行動に出るのか全く読めないのが怖かった。
有る事無い事吹聴されても困る。
仕方ない、行くか。
観念した俺は渋々陽子の元へ向かう。
もうどうにでもなれ。
「何のつもりだ、陽子」
「んー? 正義クンが一人寂しそうだったから、心優しい陽子チャンが構ってあげようと思ってね☆」
バシバシッと俺の肩を叩く陽子。
その様子を見て、彼女の友人達が唖然とする。
まあ突然見知らぬ男が陽子と親しくしてたら怪しむし警戒するよな……あーあ、分かってたのに。
「えーと、陽子? 説明してくれる?」
そう言ったのは氷柱烈火。
黒髪をポニーテールに結んだ背の高い女子生徒だ。
責任感が強く何かと頼られているイメージを持つ。
「確か比呂正義君、だよね? なんか陽子とはただならぬ関係っぽいけど……生き別れの兄妹とか?」
トンチンカンな事を言う彼女は大田萌絵。
黒髪をツインテールに結び、眼鏡を掛けている。
様々な事に興味を持つサブカル女子だ。
「もえちゃん惜しい! ただならぬ、じゃなくて爛れた関係ね! 昨日も正義クンが激しくボクを求めてさ……」
「お前はふざけてないと呼吸が出来ないのか?」
「大正解! だってこれがボクの選んだジャスティスだからね正義クン!」
テンションが高い時の陽子は、最早日本語による会話が通じないレベルではっちゃける。
仕方ないので俺自ら幼馴染みだと打ち明けた。
「信じてくれるか分からないけど、俺と陽子は幼馴染みなんだ」
「ついでにボクのハートを独占してる未来の夫でもある! 子供は二人クリエイトする予定!」
「ちょっと黙れ」
「いでででで!?」
右手で陽子の額を掴み、締め上げる。
俗に言うアイアンクローだ。
彼女に制裁を加えていると、氷柱が言う。
「あー、成る程。アンタもコイツの戯言に振り回されてるクチね……氷柱烈火よ、まあよろしく」
「お、おう」
もっと拒絶されるかと思ったが、器が大きいのか……氷柱はあっさりと俺を受け入れたようだ。
そして大田は何故か腹を抱えて笑っている。
「あっはははは! 二人とも面白すぎだって! 陽子ちゃんがバイクなら、比呂君はエンジンとかガソリンかな? 流石幼馴染み、相性抜群だね!」
「俺が言うのもアレだけど、信じてるのか?」
「陽子ちゃんの気の許しようを見てれば、ある程度は分かるよ? 私は大田萌絵、よろしくね!」
洞察力が鋭いのか、それともただの勘か。
どちらにせよ、大田は自分の中にあるモノサシで俺を図った結果合格だと言いたいようだ。
「二人に名乗ってもらったし、俺も一応……比呂正義だ、これからよろしく」
「ん、よろしく」
「こっちこそよろしくね比呂……ヒーロー君? あはは、あだ名けってーい! ヒーロー君って呼んでいい? 私の事も適当に呼んでいいからさ」
にこやかに笑いながら大田が言う。
う……よりによって「ヒーロー」か。
中学時代、陽子が俺の過去を曝露した結果広まったあだ名なので、少し嫌だ。
しかしいつまでも過去に拘っているのもそれはそれで陽子に弱みを握られるし、それに彼女からは馬鹿にされているような雰囲気は無い。
「好きに呼んでくれ、お……いや、萌絵」
「お、早速下の名前で呼んでくれたねー? うんうん、ノリが良いのはこっちも嬉しいな」
萌絵は陽子程では無いにせよ、騒がしいな。
対して氷柱は物静かで落ち着いている。
陽子と萌絵とはどういう経緯で友好を深めたのか……機会があったらさりげなく聞いてみよう。
「ま、正義クーン……? あの、ほんと謝るから……も、もう許し……て……」
あ、忘れてた。
◆
「……」
「祐菜ちゃん……?」
「あ、ごめん佐菜ちゃん。何?」
「ううん……祐菜ちゃん、心ここに在らずって……感じだったから」
「そ、そうかな? あはは、ごめんね」
私は慌てて意識を取り戻す。
視線という名の意識を向けていた先は……陽子ちゃんグループと楽しそうに話している比呂君だ。
「なんだか向こうは楽しそうですね〜」
「和水ちゃんも、そう思う?」
「はい〜、比呂さんと灯火さん達が話しているのは初めてみますが……まるで以前からお友達だったみたいに仲良しに見えます〜」
「だ、だよね」
友達の器和水ちゃんも同じ事を考えていた。
彼女は黒髪を一つの三つ編みに結んでいて、同性の私でも見惚れるくらいに美人な子。
人よりちょっとだけ遅い……マイペースに生きているけど、私や佐菜ちゃんはそんな彼女と気が合うので、こうして今も仲良くしている。
「でも〜、そういう事もあるんじゃないですか〜? 私達も出会ってまだ一ヶ月ですし〜」
「そういえばそうだね、全然そんな気しないや」
「うん……和水ちゃん……優しいから、好き……」
「そんな〜、お二人の方こそ、こんな私と仲良くしてくださって〜、ありがとうございます〜」
和水ちゃんと佐菜ちゃんがお互いを褒め合う。
そんな微笑ましい光景を眺めつつ……でもやっぱり、意識や視線は比呂君に向いてしまう。
昨日知った、比呂君と陽子ちゃんの関係。
陽子ちゃんの過去はビックリしたけど、それ以上に驚いたのは二人が幼馴染みで、仲が良いという事実。
それから私の心中はずっと騒ついていた。
理由は……一応、自覚してるつもり。
こんな事を言ったら比呂君に失礼だけど、彼はあまり女子受けするような男の子では無い。
だから焦らず、ゆっくり関係を構築していけばいい……そう思っていたのに。
私の理想は既に、両手から零れ落ちている。
突然怖い世界に迷い込んで、何故か戦う事を強要されている私達二年二組。
本当なら、もっと楽しい事が沢山あった。
体育祭、文化祭、修学旅行……高校二年生という時期は、人生の中でもトップクラスで青春を謳歌出来ると思っていたのに、現実はこの有様。
私達は一体、どうなってしまうのだろう?
「……行きますか〜?」
「え? ど、何処に?」
私が思案していると、和水ちゃんがそう言った。
「灯火さんの……いえ、比呂さんの所へです〜。祐菜さん、ずっと気にしていられるようなので」
「そ、それは」
「勿論嫌なら構いませんよ〜? 私の要らないお節介だったという事で〜」
和水ちゃんは鋭い。
多分、私の気持ちも知られてる。
……ていうか前に佐菜ちゃんから聞いたけど、私ってそんなに分かりやすいかな?
「祐菜ちゃん……」
ジッと佐菜ちゃんが私を見る。
大好きで、大切な妹。
そしてその佐菜ちゃんや私を助けてくれた比呂君。
彼は大した事をしてないと言う。
けど、昨日陽子ちゃんの過去を聞いて確信した。
比呂君は本気で大した事が無いと思っている。
その姿勢には憧れるし、尊敬もしていた。
だけどもう少し、自分を大切にしてほしい。
私達を助けてくれた時も、一歩間違えれば命を落とす事になっていたと思う。
だから、私が支えたい……なんて、ね。
「……うん、行ってもいいかな?」
「はい、勿論です〜」
「行こう……祐菜ちゃん……! 大丈夫、おっぱいの大きさなら陽子ちゃんに勝ってるから……!」
「何言ってるの佐菜ちゃん!?」
最近少し弾けつつある妹から激励を受けた私は、なるべく平常心を装いながら比呂君達の元へ歩く。
大変な事に巻き込まれているけど、私は負けない。
例え世界が違えど、この気持ちに変わりはないから––––
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