5話・幼馴染み
雷光が迸る。
マーリスの指先から放たれた雷は、溝口の頬を掠めて後ろの壁に激突した。
「え……」
呆然としながら背後へ首を向ける溝口。
雷が衝突した部分の壁は砕け、黒焦げている。
もし、あと数センチズレていたら……
「次は当てる、嫌なら少し黙るんだ」
「あ、ぁ……」
それまでどこか弛緩していた空気が一変する。
今のは恐らく、マーリスの『魔法』だろう。
詳しい事は分からないが、銃弾よりも強そうだ。
あんなのを体に撃ち込まれたらひとたまりもない。
しかも目で追う事など不可能なくらい早かった。
今、俺達は完全に生殺与奪を握られている。
マーリスという男の手によって。
その時、祐菜が小声で呟く。
震える手で俺の制服の裾を掴みながら。
「ひ、比呂君……」
「大丈夫だ、何もしなければアイツは手を出してこない……と、思う。今は悪目立ちせずにいよう」
「う、うん」
俺も可能な限り小さな声で彼女を励ます。
そうこうしてる内にマーリスは再び口を開けた。
「やっぱり文献通り、君達が暮らしていた世界……いや、国や地域は平和だったみたいだね。だから現状を正しく理解出来ず、喚き散らす事しかできない」
マーリスはゆっくり立ち上がり、まるで教師のように室内を歩いて回る。
その間、彼からは圧倒的な殺気が放たれていた。
初めて感じる殺気。
受けた事も無いのに、どうしてか分かった。
それはきっと、多くの現代人が忘れている生存本能が呼び起こされたからだろう。
「君達はまず、自分の立場を知るべきだ。しかしそれを真に理解するには、この世界の状況から説明しないといけないようだね。はは、構わないさ。これでも昔は教師をやっていた事もあるからね」
表情は笑っているが、目が笑ってない。
マーリスの瞳は、まるで底無しの闇そのもの。
囚われたら戻ってこれない、そんなイメージ。
「ラールリカから少しは聞いていると思うけど、私達の世界は今、未曾有の危機に晒されている……そう、レッドデイだ」
それからマーリスはレッドデイについて話した。
レッドデイ……それは空が赤色に染まった時、別次元から無数のモンスターが現れては破壊の限りを尽くすという、その世界からしたら迷惑極まりないもの。
一度起こればエリアボスと呼ばれる特別なモンスターを殺さない限り延々と続き、ある一定のラインを超えると《赤熱の魔王》と呼ばれる存在が降臨する。
そして世界は滅亡し、赤い空が永遠に続く。
マーリス達が調べた過去の文献によると、そうなる可能性は高いらしい。
勿論世界はまだ滅んでないから実態は定かではないが、どのみちレッドデイを放置すれば出現するモンスターによって人間は殺され絶滅する。
赤熱の魔王とやらの話が全くの嘘だとしても、人間が生き残るには戦うしかなかった。
だが––––
「レッドデイが始まってもう一年。未だ沈静化の兆しは見えず、世界中の人々は苦しんでいる……モンスターは無限に現れる癖して、戦える人間はそんな簡単に増えたりしないから、まあ当然なんだけどさ」
一年間も……地球では確か三百三十五年間も続いた戦争があったけど、あれは平和条約が締結されなかっただけで、血は流れてない争いだった筈。
一年とはいえ、戦い続ければ相当疲弊する。
「だからこそ、この世界で君達に存在価値がある。レッドデイのモンスターを倒してくれるなら、私達は君達を支援する。それどころか英雄として褒め称えるし、望む物を与えよう、けど……」
一段階声のトーンを下げてから、彼は言う。
「逆に、戦うことが出来なければ必要無い。速やかにここから出てってもらい、今後は一人で生きてもらう。んー、一ヶ月持てばいい方だと思うよ?」
ニコニコ笑いながら話す内容では無かった。
戦闘で使えるなら優遇し、使えないなら排除する。
涙が出るほど分かりやすくて助かった。
「けど大丈夫、異世界人はこの世界の人に比べ強く成長するからね」
ラールリカもそんな事を言っていたな。
異世界人には秘められた力があるとか。
今はただただ、そうであってほしいと強く願う。
「私の説明は以上だ、何か意見はあるかな? うん、無いよね? 良かった良かった、これでも何か言うようなら問答無用で処分してたよ。不穏分子は残したくない性格なんだ」
部屋の空気は最悪で、完全にお通夜状態だった。
誰も何も言わず、あの口が達者な阿久井や不良の荒川でさえ強張った表情で黙っている。
「話はこれで終わりだ。本当は直ぐにでも君達の潜在能力を調べたいけど、私も色々と用事があってね……力を調べるのは明日にしよう。それまでは部屋を割り振るから、好きに寛いでくれ」
マーリスは最後に明日の予定を告げてから去る。
代わりにやって来たのは城で働く使用人と思われる人達で、彼の言う通り城内にある部屋へ案内された。
◆
「はぁ……」
用意された部屋で一人ため息を吐く。
本来は二人で一部屋だが、男は山田先生を含めると総数が奇数になるので一人余る。
結果、その余りものに俺が選ばれた。
国は全員を平等に迷い人として扱うようで、山田先生と同じ部屋になった生徒は少し気の毒ではある。
まあ俺も一人なのは心細いけど。
いつもなら平気だが、流石にこういう状況だと一緒に話せる相手が欲しいと思ってしまう。
とは言え一人だからこそ考えられる事もある。
今までに起きた事を自分の中で軽く整理し、今後どうするべきかある程度目的を定めておく。
しかし、俺個人が出来る事などたかが知れている。
明日、マーリスに戦力になると判断されれば戦闘訓練と共に座学などでこの世界の常識を学べるらしいが、現状は殆ど教えられてなかった。
あえてそう仕組まれている……なんてのは、流石に考えすぎか。
俺達がこの世界に来たのは偶然らしいからな。
「……本当に偶然か?」
一つの疑念が浮かび上がる。
偶然にしてはやたら用意がいいというか、まるで来る事が分かっていたかのような……
と、その時。
部屋の扉が結構な勢いでノックされる。
俺はそれだけで誰が訪ねて来たのか分かった。
鍵を外し、こちらから扉を開ける。
部屋の前に立っていたのは、金髪の女子生徒。
あちこちにぴょこぴょこ跳ねたくせ毛を揺らしながら、彼女––––灯火陽子はニヤリと笑った。
「ふっふっふっ……! そろそろボクの事が恋しくなる頃だと思って来てあげたよ!」
「別にそんな事無いから、帰っていいぞ」
「ヒドイ!? こんな美少女が折角来てあげたんだヨ! ちょっとくらい構ってよ〜」
「お前、それが本音か……」
陽子はくねくね体を動かしたかと思うと、一瞬の隙を突いて俺の部屋に侵入した。
おのれ猫女……次こそは追い出してやる……!
「あはは、やりぃ〜! でもほんとに、何ともなさそうでよかったよ」
「お前も相変わらずだな」
「まぁね、鍛えてますから」
「何をだよ」
さっきからペラペラとうるさいこの女は、非常に不本意だが俺とは一応幼馴染みという関係だ。
とは言え話すようになったのは小学校からだけど。
キッカケは……黒歴史に該当するので言えない。
「おい、学校じゃ互いに無関係って設定は?」
「別にもう学校とか関係無いじゃん、だからもう遠慮しないでボクとイチャイチャしよう!」
「するか」
陽子の虚言癖は今に始まった事じゃない。
大体中学生に上がってからか?
それ以前は普通の女の子だったのに、どうして……
「分かった分かった! じゃあもうキスでいいからさ、早くしてよ––––て、これ恥ずかしいねはは」
自分で言っときながら自爆してどうする。
あー、うるせー。
佐菜のおとなしさを少しは見習ってほしい。
「あれ、空いてる?」
「……女の子の声、聞こえる……」
「へ? う、嘘だよね佐菜ちゃん?」
「……入ってみれば……多分、分かる……」
陽子の奇行に呆れていると、ガチャッとドアノブが回って扉が開かれる。
しまった、鍵をかけるのを忘れていた。
でももう全てが遅くて––––
「え……陽子ちゃん?」
「お、ゆーちゃんにさっちゃん。どったの?」
「……もしかして……修羅場……?」
鉢合わせた俺達は、どうしてか固まってしまった。
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