4話・宮廷魔導師マーリス
翌日。
二年二組は再び村の中央に集められていた。
一日中村人の姿が見えないと思ったが、どうやら本来の住民達はもっと安全な所に避難しているらしい。
この村は前線基地のようなものだとか。
まあ細かい事はこれから学ぼう。
知らない事の方が圧倒的に多いのだから。
「それでは参りましょう」
どうやって? と聞く前に、彼女は懐から水晶玉を取り出して地面に叩きつけた。
瞬間、俺達は眩い光に包まれる。
「……え?」
誰かが戸惑うような声を漏らす。
そりゃそうだ、何故なら俺達はさっきまで村にいたのに……今は大きな城の前に立っている。
そして似たような現象を俺達は既に知っている。
学校から森にやって来た時である。
瞬間移動、テレポート、転移……
呼び方は色々あるが、まさか地球では実現不可能と言われていた超技術を二度も体験するなんて。
僅かな不安を抱きながら体に異常がないか調べる。
確か移動そのものは出来るけど、肉体が耐えられなくてズタズタに引き裂かれるとかだっけ?
しかし体は健康そのものだった。
ここに地球の科学者がいたら泡を吹いて倒れるな。
「今のは使い捨ての魔法道具で、壊すと予め設定した場所まで瞬時に移動できます。最大四十人まで運べるのですが、結構ギリギリでしたね」
魔法道具と聞いて多くの生徒が目を輝かせる。
それはつまり、この世界には魔法があるという事。
ワクワクするなと言う方が酷だ。
……そういえば昨日、戦場で杖の先から火の玉や氷の槍を飛ばしている人がいたけど、あれが魔法か。
気が動転してたからキチンと認識出来てなかった。
「魔法……佐菜、気になる……!」
「あはは、佐菜ちゃんならきっと使えるよ」
「祐菜は興味無いのか?」
「んー、どうだろ。さっきの瞬間移動もだけどさ、なんかスケール大きすぎてイマイチ実感湧かないや」
言いながら渇いた笑みを浮かべる祐菜。
彼女の気持ちもよく分かる。
俺だってまだ全てを処理出来たワケじゃない。
次々と信じられない事を目撃して、半ば脳がパンクしている状態だった。
ある意味一周回って冷静になっている。
「でも……あのお城は、凄く綺麗……」
祐菜が見上げるのはまさしく白亜の城。
お伽話に出てきてもおかしくないくらい立派だ。
地球にある多くの西洋風の城は戦闘用の基地のような役目だったと聞くが、こちらの世界は違うのかも。
「本物の王様やお姫様が住んでいるのかな……」
「多分な、まあ俺達みたいな余所者が会えるとは思えないが」
「もー、どうしてすぐそういう事言うの比呂君は! 今でもヒーロー好きなくらい純粋なのに、そういう理屈っぽいところだけはしっかり男の人なんだから」
祐菜に意外な角度から怒られてしまった。
理屈っぽいところか……うん、反省しよう。
ていうか俺、純粋って思われてたんだ。
「比呂くん……マイナス1ポイント……」
「厳しい採点だな」
「当然で〜す」
姉妹揃って口撃されたら勝てないな。
俺は早々に白旗を上げて降参した。
すると祐菜はくすくすと笑う。
良かった、少しは緊張が解けたようだ。
「それでは私の役目はここまでです。後のことは、こちらの方に一任します」
ラールリカはそう言うと俺達に軽く会釈してから、道を開けるように横へ逸れる。
そして城がある方向から新たな人物がやって来た。
灰色の髪に血の色に近い赤目。
儚げな雰囲気を感じさせるイケメンで、純白のローブを纏っている姿はまるで神官のように見える。
「貴方達が迷い人ですか、いやあ本物を見たのは初めてだ……おっと失礼、私の名はマーリス。一応あの城で働いている宮廷魔導師です」
マーリスと名乗った青年はぺこりと頭を下げる。
思いのほかフランクな人のようだ。
さっきまであった儚げな要素は一瞬で消えたけど。
「大体の事情は察してます、何せ迷い人を発見したら私に知らせろと冒険者協会に命じたのは、何を隠そうこの私ですから」
「まさか本当にそんな日が来るとは思いませんでしたよ、マーリス様」
「何事も備えてこそさ、ラールリカ」
冒険者協会がどの程度の規模なのかは知らないが、少なくともこのマーリスという男は一つの組織を動かせるだけの権力を持っている。
そしてラールリカの態度から考えるに、宮廷魔導師という役職は高位の立場なのかもしれない。
あるいはマーリス本人だけが凄いのか。
どちらにせよ、目前の男はきっと偉い人だ。
あまり目をつけられたくないな……それにこれは俺の勘だが、彼からは胡散臭そうな気配がする。
「代表の阿久井誠です、よろしくお願いします」
「へえ、君が。確かに他とは違うようだね」
阿久井を見たマーリスの反応は何とも言えない。
他とは違うと言われた阿久井を見て、顔を歪ませている山田先生の心中は簡単に察せるのにな。
「じゃ、いつまでもこんな所に居ても何だし、とりあえず城に入ろっか」
「私はこれで」
「ああ、そうだね。会長によろしく言っといて」
「はい」
ラールリカとはここでお別れのようだ。
彼女は城とは逆方向の道へ向かう。
俺達はその背中を見送りながら入城した。
◆
本物の城に入った二年二組だが、別に王様と謁見するワケでも無いので堅苦しい感じはしない。
一部の生徒(主に女子)は楽しそうだったけど。
で、マーリスに案内されたのはかなり広い客間。
映画やアニメでしか見た事ないような長いテーブルがあり、椅子も沢山並んでいる。
「説明の手前、私が上座に座るね。君たちは好きなように座ってくれ」
ドカッとマーリスは堂々と上座に座る。
好き勝手に座っていいという事で、必然的に仲の良い生徒達で固まるように着席した。
俺の左隣には祐菜が、更にその左隣には佐菜が。
「……ここしかねえのかよ」
「荒川? どうした?」
「何でもねえ」
既に席を取られたのか、俺の右隣には荒川が。
彼は露骨に嫌そうな顔をしながらも仕方なく座る。
昨日一戦交えた事は、まだ記憶に新しいようだ。
「全員席に着いたね? じゃ、始めようか」
マーリスが室内をぐるりと見回してから言う。
俺達は生徒三十六人に教師一人、そこにマーリスを加えると三十八人も居るが、これくらいは市立学校の教室でも余裕で押し込める。
なのにこれだけ広々として、かつ素人でも分かるくらいの高級家具が使われている部屋が用意されているのは、少し過剰だと思った。
「まず、君達が一番知りたい事について話そう––––自分達の世界に帰れるかどうか、だよね?」
皆が無言で頷く。
言うまでもない、一秒でも早くこんな危険な世界からは退散したかった。
「結論から言おう、それは無理だ」
だが、マーリスはあっさりと否定した
「ああいや、落胆しないでくれ……言い方が悪かったね。正確には『過去の文献で元の世界に帰った迷い人は存在しない』だよ。だから当然、私も君達が元いた世界へ帰る方法なんて知らない。けど、君達が帰還方法を考えたり探したりするのは自由だ」
「そんな……」
誰かが絶望の声を絞り出す。
マーリスの言葉を信じるなら、この世界から逃れる手段は現状存在しない。
要するに、帰れない……家族や友人が待つ日本に。
「何やそれ!? 今まで我慢してたけど、もう限界! 私を帰して! 早く!」
一人の女子生徒が立ち上がり、鬼気迫る表情を浮かべながら取り乱す。
確か女子グループのリーダー格で、名前は溝口。
「んー、今も言ったけど、それは無理なんだ」
「何でよ! 私は何をしたっていうの!?」
「確かに君は何もしてない、そして私やこの国も何もしてない。強いて言えば天災のようなものだよ」
ヒステリックに叫ぶ溝口に対しマーリスは冷静だ。
彼の言う通り、ここにいる誰にも責任は無い。
だが理性と感情は違うとばかりに溝口は叫んだ。
「嫌よっ! もう嫌! 家族に合わせて!」
「……うーん、この手は使いたくなかったけど……ま、仕方ないか」
冷たい眼差しで溝口を見るマーリス。
そして人差し指を彼女に向け、一言。
「瞬の雷光」
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