3話・迷い人
やがて……赤い空が徐々に色素を失い、俺達の知る青空へと変わっていく。
どうやら今は昼間だったようだ。
空の色がおかしいと、時間感覚も狂うな。
同時に戦場から帰還したと思われる人達が村にやって来て、互いに生き残れた事を祝福し合っている。
しかし中には仲間を失った人もいるのか、涙を流しながら崩れ落ちている人も少なくない。
全員身も心もボロボロなのが唯一の共通点だった。
彼らを観察しているうちに分かった事が一つ。
それはこの地域の文化レベルについて。
普通現代の戦争と言えば銃や戦闘機、ミサイル……最近ではドローンを使った遠隔爆破等々を連想する。
あとはインターネットを介した情報戦。
昨今ではサイバー攻撃、サイバーテロなんて言葉もニュースでよく耳にする。
対して目の前の人達はどうだろう?
銃器や戦車、ドローンなんて物は何処にも無い。
真面目な顔で剣や弓矢、杖を装備している。
一見コスプレのようにも思えるが、所々に付着している血痕が現実逃避を許さない。
極め付けは怪物の存在。
ここはもしかしたら……日本どころか、俺達の知る地球ですら無いのかもしれない。
少なくとも同じ世界とは思えなかった。
「佐菜、あの人達を見てどう思う?」
「……んと……ゲームのキャラクター……みたい」
「だよな、俺も同じ意見だ」
ゲームに詳しい佐菜に聞く。
彼女も俺と同じ事を考えていた。
村、怪物、戦う人々。
そして二年二組が遭遇した謎の現象。
俺は、ある突拍子も無い事を考えていた。
だけど要素は揃っている。
「比呂くん……多分、佐菜も流転くんと、同じ事……考えてるよ……?」
「え、何々? 二人とも何か分かったの?」
佐菜も気づいたようだ。
一方アウトドア派でゲームやアニメの知識に疎い祐菜はなんの事なのか分かってない、そりゃそうか。
「あくまで仮説だ、でも……直ぐに答えは分かるよ、ほら」
「あ……さっきの女の人だ」
俺達をここまで誘導してくれた、魔法使い風の格好をした女性が近付いて来る。
真っ赤に染まった髪色に、エメラルド色の瞳。
外国人にしては現実離れしすぎた容姿だ。
ハリウッド女優並みの美貌を持つ彼女は、どこか疲れた様子ながらも二年二組の前に立つ。
「お待たせしました。えー、この言い方が合っているのか分かりませんが……アナタ達の中でリーダー、責任者にあたる方はいますか?」
「わ、私で––––」
「はい、僕です」
教師の名乗りを遮るように、一人の生徒が挙手しながら堂々と集団の前に躍り出た。
その行動に教師を含め全員がギョッとする。
「僕は阿久井誠、この集団のリーダーです」
自らをリーダーと称した阿久井誠。
彼はクラスはおろか、学内で知らない生徒は存在しないくらいに有名なカースト最上位の男子生徒だ。
成績優秀スポーツ万能、絵に描いたような優等生かつ整った容姿はあらゆる女子を魅了している。
しかし、常に怪しい噂が絶えない人物でもあった。
「あ、阿久井! お前何を言っている!?」
「……僕、何かおかしな事を言いましたか?」
教師は納得がいかないとばかりに吠える。
そりゃそうだろう、彼は教師なのだから。
どう考えても生徒の代表は教師だ。
けれど阿久井はそうは思ってないようで。
「お前は生徒で、私は教師だ!」
「だから? 失礼ですが山田先生は現代文の教員で、二年二組の担任、副担任ではありませんよね? なら僕の方がずっとこのクラスの事を把握している。部外者は山田先生、貴方の方ですよ」
「な、何だと……!」
挑戦的すぎる阿久井の物言い。
とは言え彼の言い分にも一定の理はあった。
週に数回、それも一時間程度しか関わってない山田先生に比べ生徒の阿久井は常に時間を共にしている。
「皆んなも僕がリーダーでいいよね?」
「阿久井! それ以上は」
「うるせえよセンコー、別に誰が上でもいいじゃねえか、めんどくせぇ。いつまで経っても話が進まねえから黙ってろ!」
ここで意外な援護射撃が阿久井に入る。
不良の荒川だ。
彼の一喝で二年二組の総意はほぼ決まる。
それにある意味で荒川は生徒の心を代弁していた。
「そういうワケです、山田先生。ここは僕に譲ってください。これ以上は大人気ないですよ?」
「ぐ……覚えておけよ、阿久井……!」
プライドを傷付けられた山田先生は、生徒に向けるものではない視線で阿久井を睨む。
先生のあんな低い声、初めて聞いたな。
一方の阿久井は山田先生など眼中にないのか、愛想笑いで軽く受け流す。
彼の方が一枚上手のようだ。
「なんか、皆んなピリピリしてるね」
「状況が状況だからな」
祐菜が不安そうに言う。
ただまあ、今のは阿久井が意図的にそうなるよう仕掛けた一幕だろう。
誰がリーダーなのか、分からせる為に。
「あのー、そろそろいいですか? 私もこの後、色々と後始末があるので……」
「失礼しました、続けてください」
困惑している女性だが、直ぐに調子を取り戻した。
「まずは自己紹介を。私はラールリカ、冒険者協会に所属する職員です」
冒険者協会? いきなり知らない単語が出てきた。
しかし一々突っ込んでいたら本当に話が進まない。
二年二組は全員黙ってラールリカの話を聞いた。
「これは私の推測ですが……アナタ方は、恐らく迷い人です。この世界とは違う世界から訪れた、同じようで違う人間」
「世界が、違う……? ラールリカさん、申し訳ありませんが日本という国はご存知ですか?」
「いいえ、存じません。逆にお聞きしますが、アクイさん方はキャンパルス王国という名前に聞き覚えはありますか?」
「いいえ、全く––––成る程、そういう事ですか」
「理解が早くて助かります」
ザワザワと混乱する二年二組。
状況を理解しているのは数名だろう。
すると祐菜がくいくいっと俺の袖を引っ張る。
「比呂君、結局どういう事?」
「そうだな……まず大前提としてここは日本じゃない、そして何処かの外国でもない。全く別の世界……分かりやすく言うと人が生きれる火星や木星のような所に俺達は迷い込んでしまったんだ」
「え……それって、大変な事……だよね?」
「ああ、大変な事だ」
ポカンとしている祐菜。
まだうまく飲み込めてないようだ。
彼女の反応はある意味当然である。
「ラールリカさん、僕達が異世界人……迷い人であるのは分かりました。では何故、僕と貴女の会話が成立しているのでしょうか?」
「分かりません。一説によると世界の修正力が働いていると言われていますが、迷い人の事例は少ないのであまり研究が進んでないのが現状です」
「つまり、少なからず僕達迷い人は認知されていると?」
「はい、お伽話になるくらいですから。アナタ方がこちらに危害を加えない限り、我々も手出しはしません。寧ろ歓迎されると思いますよ? 見ての通り、今はどこもかしこも人手不足ですから……」
何処も人手不足、か。
そりゃああんな怪物が闊歩してれば相応に人が死に、その分働き手も減るだろう。
歓迎される=労働力が増えて嬉しいってところか。
まあ俺達は偶然こっちの世界に迷い込んでしまっただけで、この世界の人に俺達を助ける義務は無い。
協力すれば対価を払う。
ある意味当然の図式だった。
まさに働かざるもの食うべからず、至言だな。
「ただ、それなりに荒事を経験する事になるのは覚悟してください。最も必要とされているのは戦力……モンスターと戦う人達ですから」
それからラールリカと阿久井が話し続けた結果、明日俺達を保護してくれるであろう人がいる場所へ向かう事が決定した。
そこで色々と審査を受けるらしい。
誰もが保護下に入れるワケでは無いようだ。
だがラールリカは心配しなくていいと言う。
「迷い人の方々は、例外無く強力な力を秘めていますからね。王族の近衛騎士にも、過去の迷い人の子孫が何人もいますから」
それを聞いてホッとする面々。
しかしそれは、元の世界に帰った迷い人が少ない事を意味しているのではと、俺は密かに思っていた。
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