19話・ダンジョン
「––––という事で、もっと効率的なレベル上げのやり方って何かありますか?」
「うーん、そうだね……」
自警団と間引きをした日の翌日。
俺はランドさんを昼食に誘い、その最中に効率的なレベル上げについて相談をしていた。
昼食の場に選んだのはよくある大衆向け料理店で、適当に数品頼んで品が届くのを待つ。
店内のテーブルやイスは全て木製だった。
落ち着いた雰囲気の店で、昼時で混んではいたが穏やかな時間が流れている。
話し合いをするにはピッタリの場所だ。
昨日ロンリーに教えてもらったので早速来てみたけど店員の接客態度も良好だし、これで料理が美味かったら文句無しだな。
「まず大前提に、マサヨシ君の成長速度は既に驚異的だよ? 一ヶ月経つ前にレベル20超えなんて、それこそ物語でしか聞いたことがない」
それは自分でも思った。
ランドさんがレベルを上げ始めたのは十五歳頃らしいが、二十六歳の今でようやくレベル25。
対して俺は僅か数日で同じレベルに到達している。
ハッキリ言って異常だ。
異世界人と現地人、何が違うのだろうか?
「まあでも、レベルの上がり方も個人でバラつきがあるから何とも言えないんだ。それこそ才能があれば十代でクラスチェンジに至る人もいるし」
「自分の才能が視覚化されるってのも、なんか嫌ですね。言い訳ができなくなる」
「言い訳か……迷い人の君らしい感想だね」
どんな事にも才能は付いて回る。
しかしそれは決して視覚化出来ない。
見えるとすれば、それは何かを通じての結果のみ。
それが常識の世界出身の俺からすれば、ステータスが存在する異世界は希望と絶望両方がある。
持つ者はより高みへ、持たざる者はより下へ。
「俺が異端なのは理解しました。でも、もっと強くならないと……マーリスの目的が分からない以上、一刻も早く仲間たちをアイツから遠ざけたい」
「その気持ちは私も一緒だよ。私も早く家族と再会して、今までの日常を取り戻したいと思っている」
「はい……けど、アイツの目的って結局何なんでしょうね? 俺の死を隠匿してまでやりたい事って」
マーリスの目的。
それがずっと引っかかっている。
俺を殺したのが単なる嫌がらせだったとしてもだ。
「……一応、心当たりはあるかな」
「本当ですか!?」
流石アイツの元で働いていただけの事はある。
マーリス、お前は切り捨てた元部下の所為で窮地に陥るかもしれないぞ?
「一度だけ、あの男が強い執着心を見せた話題がある。富や名声、自分の強さにすら興味を示さなかった男が求めたもの……それはステータスさ」
「ステータス……? コレの事ですか?」
言いながら、俺は自分が身に付けている青いステータスブレスレットを指差す。
因みにこれは町の市場で新しく買った物だ。
元々持っていたブレスレットは破棄している。
マーリスから貰った物なんて要らないからな。
念の為調べたが、発信機等は付いてなかった。
「うん。真剣な顔でこう言ったよ……『君はステータスの存在に疑問を持った事は?』って。正直何を言いたかったのかは今でも分からない、生まれた時からあって当然のモノだったからね」
ランドさんはそう言うが、俺には多少理解出来た。
どうしてステータスなんてものが存在するのか。
まるでゲームのようなシステムに支配された世界。
異世界人である俺だから、その不気味さが分かる。
そうか……奴はステータスを研究しているのか。
迷い人を集めたのもその一環か?
それまでステータスを持たない者に与えられる、成長速度がとてつもなく速い異形のステータス。
調べ甲斐がありそうな事柄だ。
「俺が元いた世界にはステータスなんてものはありませんでしたから、少しは理解できます」
「私からしたら信じられない事だが、マサヨシ君にとってはステータスの存在こそ信じられない、か……なんだか奇妙な話だね」
「はは……とにかくマーリスの目的を決め付けるのはまた早いと思います。それに極論、奴の考えている事なんてどうでもいいですから」
「そうだね、話を戻そう」
話題は俺のレベル上げに戻る。
「短期間で強くなる方法……なら、一度ダンジョンへ行ってみるのがいいかもしれない」
「ダンジョン?」
「レッドデイの影響で生まれた異空間のことさ」
またレッドデイか。
本当に色んなところへ関わっている。
その謎が解明される日は訪れるのだろうか。
「レッドデイは、この世界と別の世界が一時的に繋がる現象と言われている。ヒビ割れた空間の向こう側に住むモンスター達が人間を襲う理由は不明だけど、概ね間違ってないと私も考えているよ」
世界と世界が繋がる現象。
ランドさんの言葉にピンとくる。
二年二組が迷い込んだのも……いや、確証なんて無いし今はダンジョンについてしっかり聞こう。
「基本的にエリアボスを倒せば、その日のレッドデイは終わる。だけど偶に、僅かな歪みを残して終わる場合もある……それがダンジョンってワケさ」
「それ、危なくないですか?」
「勿論危険だよ。歪みの先は完全な異空間で、沢山のモンスターが生息している。それに迷えば二度と帰って来れない、けど……」
彼は一旦区切ってから再び口を開く。
「……ダンジョンに出現するモンスターは、総じて沢山の経験値を抱えている。こっちの世界でレベルを上げるより、遥かに効率的だ」
「凄い場所じゃないですか!」
「うん、だけどさっきも言った通り危険だ。どれだけ準備をしても足りないくらいに」
真剣な表情をしながら彼は言う。
脅しなんかでは無い。
本当に危険な場所なのだろう。
それでも。
「俺、行きます」
強くなれる方法があるなら。
例えどれだけ危険でも厭わない。
この手で救える範囲を、僅かでも広げたいから。
「……うん、君ならそう言うと思ったよ」
「ランドさん……すみません、我儘言って」
「まさか、立派な志だと思うよ私は。それに」
ランドさんは子供のような笑みを浮かべた。
それは儚げで、どこか哀愁を漂わせる。
彼は懐かしい記憶を思い出すように呟いた。
「私はね、ガラにもなくワクワクしているんだ。成長していく君を間近で見届けられる事を、嬉しく思う……多分私にも君のような時代があったけど、王宮魔導師になってから忘れてしまったんだ」
「……」
「私は最後まで見届けたい、君が得る強さの果てを。その為の協力は惜しまないつもりだよ? それに君がマーリスを倒さないと、安心して家族達と過ごせないからね」
俺はこの人と出会えて良かった。
優しく思慮深く、それでいて情熱も忘れてない。
彼のような人は幸せになるべきだ。
なのにマーリスは彼から幸せを奪おうとしている。
許されない蛮行だ。
やはりあの男を生かす事は出来ない。
俺の為にも、ランドさんの為にも。
「……俺、立ち止まるつもりはサラサラ無いんで、頑張ってついて来てくださいよ?」
「はは、望むところだね」
「お待たせしましたー」
注文した料理が運ばれてくる。
そっか、昼食の為にも来ていたんだっけ。
難しい話は一旦やめて、食事に集中しよう。
「美味しそうな物ばかりだね、楽しみだ」
「頂きましょうか」
「うん、頂きます」
ランドさんは焼いた肉を。
俺は香辛料で味付けされた魚を口に運ぶ。
咀嚼し、味わってから飲み込んだ。
「……」
「……」
互いに無言で視線だけを交差させる。
見た目は良い、香りも抜群。
なのに味だけは可もなく不可もなくだった。
いや、逆に凄いだろコレは……
後日ロンリーに感想を言ったところ「あのくらいの味の方が、飽きなくて丁度良いんですよ」と笑顔で言われてしまった。