15話・スケルトンキング
「どういう意味ですか、マサルさん?」
「……覚えてませんか?」
「あ……」
そうだ、ランドさんは言っていたじゃないか。
スケルトンソルジャーは上位種のモンスターに絶対服従……つまりまだ、敵は残っている。
「スケルトンキングが、この町にやって来ると?」
「はい、ほぼ間違いなく。スケルトンソルジャー達は明らかにゼルンの町を狙っていましたから」
確かにソルジャーの動きは統率されていた。
またソルジャー達を送り込んでくるのか、それともキング本体が攻めに来るのか分からないが。
「嘘だろ……? 助かったと思ったのに……」
「ああ、神よ……」
俺とランドさんの会話を聞いたクラッシュとヘイブル町長は歓喜の涙から一転、絶望に飲み込まれながらその場で蹲ってしまう。
「終わりだ……もう自警団だけじゃまともに戦えねえ。これ以上冒険者を雇う金も残ってねえし、そもそもこの町に滞在している冒険者も殆どが負傷している……」
「……最早、町を捨てるしかないか……」
町を捨てるとまで言い出すヘイブル町長。
度重なるモンスターの襲撃に、遂に彼の心まで折られてしまったのかもしれない。
「二人とも、諦めるにはまだ早いです」
「リヒト……?」
「明日の朝、俺が単独でスケルトンキングを倒しに行きます。その間の町の防衛はクラッシュさんとマサルさん、まだ動ける自警団員や冒険者に任せる事になりますが、出来るだけ早く終わらせます」
ギョッと目を見開く二人。
今すぐには変身出来ないが、一晩も休めばまた戦う事は出来るし問題無い。
報酬だって別に必要無かった。
他に行くアテも無いし、ゼルンの町が無くなって困るのは俺達も同じ。
それにもう乗りかかった舟だ。
この力で誰かを助ける事が出来るなら、俺は協力したい……目の前の人を、助けたいから。
「構わないですよね、マサルさん」
「私も異論は無いね。しかしリヒト君……君、かなりのお人好しの自覚はある?」
「それに付き合ってくれる貴方も大概ですよ」
戯けたように言うランドさん。
彼だって今すぐにでも家族を助けたい筈なのに、拠点が必要とは言えここまで手を貸す理由は無い。
「それじゃ、作戦を練りましょうか。負けるつもりはありませんが、無策で突っ込むワケにもいかないですし」
「それならまず、私の魔法でスケルトンキンの現在位置を探ろう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
クラッシュが立ち上がりながら叫ぶ。
「どうしたんです? ああ、勿論住民の方々には秘密にしておきます。折角のムードを壊したくありませんから、出来るだけサクッと片付けましょう」
「そっ、そうじゃねえ! いや住民に黙っておくのは賛成だが! オレが言いてえのはその前!」
……何か不服な事でもあるのだろうか?
確かに俺一人で勝手に進めすぎたのかもしれない。
彼らにだって事情があるだろうに。
しかし、クラッシュが言いたかった事は違った。
「どうして、どうしてオレ達にそこまでしてくれる!? こんな辺境の、何もねえ小さな町一つの為に! 特にリヒト、オマエ程の力がありゃあ、国お抱えの冒険者にでもなれば富も名声も手に入る!」
彼は無償の善意を恐れている。
通りすがりでしかない俺達が、ゼルンの町にここまで協力する必要は本来無い。
「オレはこの町に救われた恩がある、だから命懸けで戦っている。旦那も同じだ、町長として町を守る義務と責任がある……けど、アンタらは違え。恩義も責任も何も無い、ただの旅人……なのに、どうして」
喉を震わせながら、クラッシュは想いを吐き出す。
助けは欲しい、しかし本当に町を愛しているからこそ、俺達が弱さと優しさに入り込む悪党かもしれない……そんな疑心暗鬼に囚われていた。
「クラッシュさん」
「……なんだ」
だから、俺は。
「……人を助けるのに、理由っていりますか?」
「––––!」
最もシンプルな答えを出した。
この人相手に取り繕う必要も無い。
俺が助けたいと思ったから、助ける。
理由はそれだけで十分だった。
「クラッシュさん、余所者だった貴方がこの町に受け入れられた時……貴方はゼルンの町を疑いましたか? 騙されているんじゃないかと?」
「そ、れは……」
「きっと疑ったでしょう、人はそう簡単に他人を信用できない。けど……今の貴方は、町の為に命すら犠牲にしようとしている」
勿論、彼がそこに至るまでは様々な事件があり、長い月日を要したのを想像するのは難しくない。
けれど、彼は知っている筈だ。
「今はまだ、俺達を信用する必要はありません。ただ、見ていればいいんです。信用するに値するかどうかを、その目で」
別に俺達も信用されたいワケじゃない。
ただ、その方が互いにやりやすいだけだ。
人を疑ったまま生活するのは疲れるし。
「……オレも漢だ、そこまで言われちゃあもう何も言う気になれねえな」
フッと笑みを浮かべるクラッシュ。
「旦那、勝手に話を進めて悪かったな……けど、オレはコイツに賭けてみてえ」
「安心したまえ、私の仕事は責任を取る事だからね。何かあった時は腹でも切るさ。それに自警団の代表である君が言うなら、皆も納得するだろう。今日までの間、君はそれだけの信用を積み重ねてきたからね」
「……ったく、どいつもこいつも人が良すぎるな。へへ、オレは幸せ者だぜ」
パン! と自らの頬を叩くクラッシュ。
気合いを入れ直したようだ。
そこに数秒前の弱気だった彼は存在しない。
「分かった! オレと自警団、残った冒険者とマサルで町は守る! だからリヒト! オマエは好きに暴れてサクッと終わらさせちまってくれ! 祝いの席にいつまでも主役がいねーのはおかしいからよ!」
「はい、任せてください」
「では私からも、正式にスケルトンキング討伐の依頼をリヒト君に出そう」
そうして紆余曲折あり……俺はゼルンの町を守る為、スケルトンソルジャーの上位種、スケルトンキング討伐の依頼を受けることになった。
ランドさん曰くキメラより弱いらしいが、配下のソルジャーを強化する特殊なスキルを備えているらしいので、楽観は出来ない。
しかし負けるつもりはまるで無かった。
とあるヒーローが言っていたっけ。
戦いは、ノリの良い方が勝つって。
今の俺は、世界中の誰よりもノッていた。
◆
翌日。
住民達が未だ寝静まる中、俺は上ったばかりの朝日に照らされながら郊外の森を眺めていた。
冷たい空気が独特の緊張感をもたらしてくれる。
「あの森の奥に、スケルトンキングが?」
「はい、少なくとも昨日の夜には居ました」
隣に佇むランドさんが答える。
彼は昨夜の内に魔法で敵の位置を探っていた。
砂を広範囲にばら撒いて敵を感知する魔法らしい。
「ランドさんって普通に優秀ですよね? どうしてマーリスの下っ端だったんです?」
「優秀というか、単に便利なだけだよ。それに私は平民だから貴族の上司達にコキ使われていたんだ」
苦笑いを浮かべるランドさん。
この国は厳格な身分制度があり、平民と貴族の間には絶対的な格差がある。
俺達が良い扱いを受けていたのは迷い人だからで、本来の平民だったら何をされても文句を言えない……それこそ俺のように殺されてもだ。
「なんか、世界が違っても人間の営みって変わらないんですね」
「悲しいけど、それが社会さ。君はもう二度と関わりたくもないだろうけど、目的が無い限りは王宮には近づかない方がいい。あそこは権力闘争の魔窟さ」
「肝に命じておきます」
まあ彼の言った通り、マーリスを始末した後は頼まれても国とは関わりたくない。
クラスメイトが城に残るって言うなら止めないけど、他にもマーリスのように良からぬ事を企てているかもしれないし、出来れば全員縁を切ってほしいな。
「リヒト、マサル! こっちの準備は整ったぜ」