14話・町の事情
俺は疲労しているランドさんに肩を貸しながら歩き、クラッシュにある場所まで案内されていた。
因みに変身状態は既に解けている。
スケルトンソルジャー撃退の吉報は既に町中に知れ渡っているらしく、何処もお祭り騒ぎ状態。
この様子だと誰もが全滅を覚悟していたようだ。
「クラッシュさん、凄い盛り上がりようですね」
「小せえ町だからな、ちょっとした事でいつも大騒ぎしてるぜ? しかも今回は敗北手前からの大逆転だ、ジッとしてろって方が無理な相談だ。はは!」
そう言ったクラッシュ本人も笑みを零している。
本当にこの町を愛しているのだろう。
短い間でも、町を愛する気持ちが伝わってきた。
「着いたぜ、ここが町長の家だ」
それから数十分後。
彼に連れてこられたのは町長の自宅だった。
他の民家よりも豪華な屋敷である。
「まずは町のリーダーに話すのが筋と思ってな。歓迎会はその後でいいか?」
「はい、勿論です」
「私も問題ありませんよ」
顔色が良くなってきたランドさんが言う。
魔法の連続使用による体調不良は一時的なもののようで、もう大丈夫だからと一人で立ち上がる。
「本当に平気ですか? ラ……マサルさん」
「ええ、それよりマ……リヒト君の方こそ、体の方は? あの力は消耗が激しそうだし」
「普通にしてるだけなら大丈夫です」
まだお互い偽名に慣れてないからか、若干会話がぎこちない……まあこればかりは常に意識して慣れるしかないので、仕方ない。
「じゃ、案内するぜ……と、言いたいところだが、先に旦那……町長に事情を説明してやりてえ。客人にすることじゃあねえが、少し待っててくれ」
クラッシュが先に屋敷へ入って行く。
突然見知らぬ男が二人入って来たら、いくら顔見知りの住民が一緒に居るとはいえ驚くだろうからな。
意外に気配りが出来る男のようだ。
そうして暫く待っていると……屋敷の扉が開き、再びクラッシュに連れられて町長の部屋まで向かう。
「旦那あ! 連れて来たぜ!」
「クラッシュ君……いつも言っているけど、ノックくらいしたらどうかな? いや、いいんだけどね」
扉の先、沢山の書類が積まれた机の前に座っていたのは、幸薄そうな中年男性だった。
短い金髪に丸いメガネ……彼がゼルンの町長か。
「話はクラッシュ君から聞いたよ。ようこそ、ゼルンの町へ。私は町長のヘイブル・ビルドン、私は貴方達を心の底から歓迎しよう」
ヘイブル町長は疲れた様子を隠すように笑う。
よく見ると書類は机の上だけではなく、部屋の至る所に高く積み上げられている。
沢山の仕事に追われているようだ。
目にクマも出来ているし彼の体調が心配になる。
家庭と仕事の板挟みに苦しむお父さんって感じだ。
「旦那もリヒト達も座ろうぜ? オレあモンスターと戦って疲れちまった」
「クラッシュ君……いや、もう何も言うまい」
豪快に笑うクラッシュと呆れるヘイブル町長。
町長の心労の二割くらいはクラッシュ関連っぽいなと思いつつ、俺とランドさんもソファに座る。
すると開口一番、ヘイブル町長は頭を下げた。
「この度は町を救ってくれて、本当にありがとう。後日報酬は支払うから安心してくれ。ただ……」
「ただ?」
顔を上げたヘイブル町長は、心底申し訳無さそうな雰囲気を出しながら口を開きかける。
そこに待ったをかけたのはクラッシュだった。
「オレの方から言わせてもらうぜ、これはオレ達自警団に関わる事だからな」
「……分かった」
真剣な表情のクラッシュが町長の代わりに話す。
「おうよ。リヒトにマサル、町を救ってくれたアンタらにこんな事を言うのは無作法もいいところだが……頼む、アンタらが倒したスケルトンソルジャーの素材を自警団に譲ってくれ。金は今すぐには用意出来ねえが、オレの命に代えても必ず払う。信用出来ないなら今ここで利き腕を斬り落とし、差し出す」
真顔でとんでもない事を言い出した。
ランドさんと顔を見合わせながら驚く。
スケルトンの素材ってそんなに高価なのか?
俺はその辺の事情に疎いのでよく分からない。
一網打尽に出来たのは変身スキルのおかげだが、それを差し引いてもそんなに強いイメージは無かった。
多分、同等の人数がいれば自警団の人達だけでも勝てたと思うけど。
因みに自警団とは文字通り自ら町を守る人達の事。
王都から離れた町や村には兵士や騎士なんてのは当然のように派遣されないらしく、モンスターからの防衛手段は自警団か雇った冒険者だと聞く。
「失礼、確かにスケルトンソルジャーは厄介なモンスターです。しかし脅威と呼ぶ程の相手ではないでしょう? 何故そこまでして素材を欲しがるのです?」
同じ疑問を抱いたランドさんが質問する。
それに対するクラッシュの答えは、小さな町だからこその世知辛い事情だった。
「……今回のモンスターの襲撃で、オレら自警団で戦える連中はほんの僅か。元々レットデイの頻発でギリギリ堪えて塞いでいた穴が、完全に貫通しちまった。次モンスターの襲撃に遭えば、この町は終わりだ」
レットデイの頻発。
その所為で何処も人手不足だと聞いてはいたが、どうやら真実だったらしい。
王都に救援を要請しても無視され、近隣の町や村と協力しようにもお互いに自分達を守るので精一杯。
モンスターに蹂躙される町や村も増える一方。
人間の生存圏は少しずつ脅かされていた。
だから俺のような迷い人にも利用価値が生まれ、受け入れてくれる土壌が整うのは何とも皮肉……違うな、俺は完全に切り捨てられてたし。
そんなワケで王都と王都周辺の町や村以外、ロクな自衛手段すら無いまま毎日を過ごしている。
ここゼルンの町も同じようだ。
「だが、あれだけ大量のスケルトンソルジャーの素材が手に入るなら話は変わる。軽くて丈夫、加工もしやすいスケルトン系モンスターの骨があれば沢山の防具が作れる……防具が充実すれば負傷者を減らせるし、自警団志望の新入りも安全にレベルを上げられて総合的な戦力アップに繋がるってワケだ。まあつまり」
言いたい事を全て伝え終えたクラッシュ。
さっきは誰よりも早くソファに腰掛けたにも関わらず、なんとその場で土下座を始めた。
「……この町の人達は、元々余所者だったオレを暖かく受け入れてくれた。モンスターが蔓延るクソみてえな世の中で、生きる希望を与えてくれた……オレは守りたい、けどアンタらのような力はねえ。オレに出来る事はこうして頭を擦り付けるだけだ……頼む、オレに力を……貸してください」
「クラッシュ君––––お願いだ、二人とも。私程度の頭には何の価値も無いが、残念ながら私も今はこうする事しか出来ない」
言いながら町長も土下座を始めた。
二人の男が己の信念を貫き、頭を下げている。
これ程眩しく高潔な光景を俺は初めて見た。
隣に座るランドさんに視線で合図を送ると、彼も優しい表情で頷いた。
そして俺の答えも既に決まっている。
「クラッシュさん、町長さん、顔を上げて……二人は弱くなんかありません。守りたいものの為に頭を下げられる人が弱いはずありません。俺が強い部分は所詮暴力……そんな強さはいくらでも代わりがあります。けど二人のような強い『想い』には、代わりなんてありません」
心の底からの言葉だった。
俺の変身スキルは偶然手に入れただけの産物。
彼らの真に強い心には遠く及ばない。
「スケルトンソルジャーの素材は全て譲ります、勿論代金も必要ありません。ただ少しの間、雨風を凌げる場所を提供してくれれば十分です」
「リヒト……マサル……アンタら二人とも、男の中の男だぜ……この恩、一生忘れねえ!」
「君達が眠る場所は、私が全力で探そう。この屋敷を明け渡したっていい」
「流石にそれは……気持ちだけ受け取ります」
顔を上げるクラッシュと町長。
二人は涙で顔を濡らしていた。
一件落着……と、誰もが思った時。
ランドさんが重々しく口を開いた。
「……ただ、一つ問題が。それはこのモンスター襲撃騒動が、まだ解決してないという事実です」