10話・シークレットスキル【復活】から始まる英雄譚
––––対象者の死亡を確認
––––シークレットスキルを解放します
––––該当スキル【復活】
––––【復活】開始まで、残り……
◆
……夢を、見ていた。
「父さん? いつになったらかえってくるの?」
「んー、ちょっとまだ難しいなあ」
「そっかー、ざんねん……」
もう十年以上前のこと。
俺の父親は普通のサラリーマンだった。
学生の頃は警察官や弁護士に憧れていたらしいが、家庭の事情で就職せざるを得なかったらしい。
正義感が人一倍強い人だったけど、周りには決して押し付けず、自分の中で正しさを完結させていた。
仕事が何であれ、人助けは誰にでも出来る。
それが口癖だった。
町内会のボランティア活動には必ず参加し、少しでも世のため人のために生きていた人。
そんな父の背中を見て育った俺もまた、人よりも強い正義感を持ち合わせ……同時に子供向けヒーロー番組への熱量も並々ならぬモノへと膨れ上がっていた。
毎週日曜日の朝に父とヒーロー番組を一緒に見るのが何よりもの楽しみだったと記憶している。
しかし、その楽しみはいつしか消えた。
父が病に倒れ、入院生活を送る事になって。
原因は度を超えた過労。
仕事も私生活も人の為に尽くす父の志は立派だったが、身体の方が先に悲鳴をあげた。
幼い俺は毎日病院に通い、父の回復を願う。
しかし回復するどころか容体は日々悪化し……夜中に偶然起きた時、母が泣いていたのを覚えている。
多分、父が長くないと悟ったのだろう。
ガキだった俺にはそれが何だったのか理解出来ず、以降も変わらない時を過ごした。
だけど、ある日。
「……なあ、正義」
「父さん?」
「お父さんなあ、勘違いしてたみたいなんだ」
父がふと、心情を吐露した。
今まで見た事無いような弱々しい声と表情。
何かがいつもと違うと悟った俺は黙って聞いた。
「誰かのために身を粉にして頑張って、少しでも多くの人を助ける……それが正しさ、正義の味方のやるべき事だって思っていたんだ」
「うん……」
「けどな……人は正義の味方にはなれない。助けられる人には限りがあるし、救う側にも限界が訪れる……今のお父さんみたいにな」
当時の俺には難しい話だった。
だけど、今なら分かる。
父さんもヒーローに憧れて、それこそ創作物のようなヒーローになろうとしていた。
でも、現実は厳しい。
悪い奴は呆れる程に沢山いて、正義の心だけじゃどうにもならない相手だっている。
父さんはそんな現実に敗れ、ヒーローを捨てた。
「えー! おれ、しょうらいはせいぎのみかたになるってきめてるのに!」
「はは、良い夢だな。勿論誰にも正義の夢を否定する権利は無いし、俺も本気で応援してる。だからこそ、一つだけ覚えていて欲しい事があるんだ」
優しく、だけど真剣な声で父は言う。
「正義の味方だからって、全ての人を救う必要は無い。だからまずは、目の前の一人を助けるんだ……その人を助けたら、今度はまた違う人を助ける。ゆっくりでいい、遅くていい。自分の手が伸ばせる範囲の人を、全力で助けるんだ。それさえ出来れば……誰が何と言おうと、お前は––––」
––––自分がなりたいと思ってるものに、成れる。
◆
「––––父さんっ!」
意識が覚醒する。
ずっと昔の……輝かしい思い出を見ていた。
しかしすぐ違和感に気づく。
痛みは無くなり、体も自由に動かせる。
これは一体どんな奇跡だ?
いや、今はそんな事どうでもいい。
対処するべきはこの状況。
俺は今、谷底に向かって真っ直ぐ落ちている。
これだけの距離だ、地面と激突したら確実に死ぬ。
どういうワケか拾ったこの命。
絶対に無駄にしてはいけない。
俺にはまだ、やらなければならない事がある。
でも、まずは。
「ランドさん……!」
非道なマーリスの手によって命を散らそうとしている男性に手を伸ばす。
幸い、彼の体は直ぐ側で同じように落下していた。
しかしどうやら気絶してるようだ。
無理もない……死を覚悟していたのなら、自己防衛本能が働いて意識を落としたのかも。
ただ今はその方が幸運だった。
ここで俺がまだ生きている事情を説明する余裕は無いし、ジタバタと暴れられても困るからな。
……なんて、考えてる暇も無い!
「くっ……!」
凄まじい風圧が体を突き抜ける。
どうすればいい。
何をすれば、この人を助ける事ができる。
ランドさんも被害者だ。
この窮地を脱し、また家族に合わせてあげたい。
ある意味で俺が招いてしまった事態なのだから。
でも、ここから助かる手段が……
「……諦めて、たまるか!」
走馬灯というものがある。
人が死を前にした時、今までの出来事を刹那の間に思い出す現象。
今の俺は、それと似たような状態になっていた。
考えろ、比呂正義。
お前が尊敬する人達なら、こんな時どうする?
父さんなら……仮面戦士フォトンなら……
その時––––視界にステータスアイコンが浮かぶ。
「……っ!?」
ブレスレットには一切触れてない。
つまり勝手に起動したということ。
こんな時まで無能の証明を見せつけられるのか……
が、しかし。
そのステータスはさっきと明らかに違うモノ。
クラスとスキルが共に刻まれていた。
比呂正義
Lv1
クラス 【ヒーロー】
スキル 【復活】【変身】
ソレを見た瞬間。
俺の魂が震えた。
漲る力に昂ぶる精神。
初見では通常、スキルの使い方など分からない。
そもそもクラスやスキルとは何なのか。
説明を受けてないからまともに分かりゃしない。
だけど……俺はそれを知っていた。
頼む。
何処の誰がこんな粋な真似をしたのか知らない。
けど、今だけでいいから……力を、貸してくれ!
「……ウ、オオオオオオオオオオオオオオオッ!」
何度も、何度も見て聞いた。
憧れの象徴、追いかけるべき夢。
仮初めかもしれない、偽物かもしれない。
だけど、もうそんな事は関係無かった。
今優先するべきは、目の前の人を助けること。
そうだろう? ……父さん。
『––––ああ、それでいい、正義』
「––––変身っ!」
そう、叫んだ瞬間。
眩い光が俺の身体を包み込む。
熱い……けど、心地良くもあった。
自分では無いモノに変質する感覚。
足先から順々に何かが装着されていく。
やがてそれは頭部まで到達し、俺の顔全体がフルフェイス型のマスクに覆われた。
けれど視界は驚く程に広い。
それどころか視力も良くなっている気がした。
今なら闇に隠されていた谷底まで視認できる。
激突まで、あと数十秒。
掴んでいたランドさんを引き寄せ、両手で抱える。
そしてどうにか空中で直立姿勢を維持した。
大丈夫……『今の俺』なら、耐えられる……!
自分を信じてその時を待つ。
激突まで、五、四、三、二、一……零。
ドゴオオオオオオオオオオオオンッ!
とてつもない衝撃が肉体を襲う。
しかし俺は足場が壊れようとも決して倒れず、落下時のエネルギーが分散されるまで立ち続けた。
土埃が竜巻のように巻い、砕いた足場は粉々。
それでも……この身体は耐え切った。
両手に抱える命を、守り切ったのだ。
「……う、この、音は……」
「今度は立場が逆ですね、ランドさん」
「……へ? 君は、一体……?」
目覚めたランドさんは驚愕に顔を染める。
しかしどう答えたものか。
俺も自分の姿は正確に把握してない。
とは言え十年以上ヒーローオタクをやってきた俺には、手足や胴体の模様だけで分かった。
何故この姿形になっているのか?
詳しい事は分からない。
でも、今言うべきセリフは分かっている。
俺は穏やかな気持ちのまま、言葉を紡いだ。
「俺は比呂正義、そして––––光を司る正義のヒーロー……仮面戦士フォトンです」
俺の物語はここから始まる……そんな予感がした。