1話・空が赤い世界
「ふあ、あーあ」
あくびをしながら通学路を歩く。
昨夜、寝る前に好きな特撮作品を見返していたらついつい深夜まで見続けてしまった。
もう高校二年生だけど、未だに変身ヒーローが主役の特撮作品から卒業出来てない。
まあ、卒業するつもりも無いけど。
流石に余程好きなヒーローでも無い限りなりきり玩具までは買わないが、毎週早起きしてリアタイ視聴を心がけるくらいには今でも好きだ。
何故? と問われても上手く答えられない。
ただ……俺は憧れているのだろう。
ヒーローの在り方や生き様に。
自分は誰かを救える程立派な人間じゃない。
だからこそ、出来る限り善人で在ろうと努力する……ある意味特撮作品は俺の人生の教科書だ。
それに……一緒に好きを語り合える仲間もいる。
異性の友人で最初は驚いたけど、ヒーロー好きに性別の違いなんて些細な事でしかなかった。
さて、そろそろ自己紹介をしておこう。
俺の名前は比呂正義。
珍しい名前だって昔から言われている。
十七歳の高校二年生で、趣味は色々。
けど一番はやっぱりヒーロー作品かな。
帰宅部でその手の研究会とかには参加してない。
人付き合いが苦手な自覚はある。
だから友人関係も狭く深い。
と言うか、はっきり友達と言える間柄の人間は二人しかいないと思う。
けどまあ、その二人と仲が良いから困ってない。
学校も楽しくは無いが別段辛くも無いし、進路は定まって無いけど不安は無かった。
十分幸せと呼べる毎日を送っている。
これ以上を望むのは……うん、分不相応だな。
身の丈にあった生活が一番楽で幸福だ。
そんな事を考えながら学校に着いた俺は素早く下駄箱で靴から上履きに履き替え、所属クラスへ向かう。
教室には既に半数程クラスメイトが揃っていた。
自分の席に座り、朝のホームルームが始まるまで適当に時間を潰す。
今日は現代っ子らしく、ソシャゲでもやるか。
「おはよー比呂君、今日も元気?」
「……お、おはよう……比呂、くん……!」
スマホのロック画面に指を這わせようとした時、すぐ近くから挨拶を受ける。
振り向くまでもなく誰か分かった。
この学校で俺に朝の挨拶をしてくれる生徒なんて数える程度……教員を除けば二人だけなのだから。
俺はスマホを机に置いてから挨拶を返した。
「おはよう、双葉と……双葉」
「もー、ややこしいから名前で呼んでっていつも言ってるじゃん! もしかしてワザと?」
「……比呂くん……いじわる」
二人の女子生徒にジトっとした目を向けられる。
勿論冗談だが俺の中では鉄板ネタと化しているので、多分これからも言い続ける事だろう。
「はは、ごめんごめん。じゃあ改めて……祐菜、佐菜、おはよう」
俺に話しかけてくれた二人の女子生徒、双葉祐菜と双葉佐菜はキチンと名前を呼んだ事で機嫌を直す。
もうお気づきだろうが、彼女達は双子の姉妹だ。
明るく社交的な雰囲気の方が姉の祐菜。
人見知りで内向的な雰囲気の方は妹の佐菜。
二人とも色白で茶髪、瓜二つの美少女だ。
前髪の分け方とかは違うが、性格が正反対なので見分けるのにそこまで苦労はしない。
言い方はアレだが、明るいのが姉で暗いのが妹。
最も妹の佐菜は極度の人見知りなだけで、姉の祐菜や俺と話すときは言葉使いこそたどたどしいものの普通に会話している。
そんな美少女双子姉妹の二人は当然周囲からの注目も高く、祐菜はその性格もありクラスカーストでは一年の頃から常に上位だ。
一方佐菜は内向的かつ地味だが、単純に容姿がずば抜けているのでカーストは上の方に近い。
祐菜と同じ顔なのだから当たり前だが。
で、そんな彼女達とカースト最下位のぼっちである俺がどうしてここまで親しくなっているかと言うと……まあ、偶然の産物でしかない。
入学式の日に色々と事件? が起こり、その縁でこうして親しくなれた。
それもヒーローのおかげだが、いつかまた話そう。
「比呂君、眠そうだけど何かあったの?」
「ん? まあな。ちょっと仮面戦記フォトンを1クール分一気見しちゃって……」
「それちょっとじゃなくない? もぉ、そんなんじゃ体調壊しちゃうよ?」
咎めるように言う祐菜。
対して佐菜は腕を組みながらウンウン頷いていた。
「佐菜も分かる……特にフォトンは1クール目の勢いがすごいから、軽い気持ちで1話目を見たら戻れなくなる……ふへへ」
流石佐菜、よく分かってらっしゃる。
因みに仮面戦記フォトンとは、俺が一番好きな特撮番組『平成仮面戦記シリーズ』の三作目だ。
「二人とも、ホントにそのヒーロー好きだよね」
「勿論、ど直球の王道展開は大好物だ」
「佐菜も、王道……すき……ふへへ」
佐菜は自らのスクールバッグに付けている仮面戦記フォトンのデフォルメ人形ストラップを握りながら、ニヤニヤと笑い始めた。
彼女は自分が好きなモノの話題になるとこうなる。
折角の美少女顔面が台無しなっているが、姉の祐菜は「佐菜ちゃん可愛い!」と写真を撮り始めた。
そんな二人を眺めながら、思う。
この学校に通っている間は、きっとこんな毎日がずっと続く……それはとても良い事だ。
俺は、俺が思っている以上に今が好きなのかも。
やはり『あの時』の選択は間違ってなかったと、胸を張って言える事が出来る。
例えそれが、矮小な自己満足だったとしても。
◆
時は流れ、3時間目の授業中。
「えー、作者がこの文に込めた想いは––––」
現代文の教師が黒板に何か書いているのをボーッと眺めていると……突如目前の空間に亀裂が走り、赤く眩い光が漏れ出した。
「……は?」
突然の出来事に間抜けな声を漏らす。
俺以外のクラスメイトも同様の反応を見せていた。
何だよ、あれ……何も無い所に、ヒビが……
「誰かの悪戯!? やめなさいよ!」
「プロジェクションマッピング? でもそれにしてはリアリティがありすぎる……」
「お、おい! 色んな所にヒビが……!」
亀裂はあっという間に教室全体を飲み込み、不気味な赤光がクラスメイト達を照らす。
それは俺や祐菜、佐菜も例外では無かった。
「ひっ……な、何これ……怖い……!」
「さ、佐菜ちゃん! 比呂君!」
佐菜は怯えていたが、祐菜は動揺しながらも俺と最愛の妹の名前を呼んでいる。
俺はギリギリ平静を保てていたが、この異常事態に体が全く動かず呆然としていた。
どうすれば……せめて、祐菜と佐菜だけでも……
双葉姉妹だけでも逃がそうと必死で策を考えるが、非常にも災厄はクラスメイト全員を巻き込み……赤光で教室が満たされた直後、俺の意識は途切れた。
「……う」
「比呂君! 起きてよ比呂君!」
「ひ、比呂くん……!」
ゆさゆさと身体を揺らされる。
目蓋を開けると美少女二人が俺を覗き込んでいた。
眼福……なんて冗談を言ってる場合では無い。
「二人とも、無事だったのか? 良かった……」
「うん、何とかね。祐菜達、気絶してたみたい……最初に目覚めた子が皆んなを起こしてくれたの」
祐菜の言う通り、仰向けで気絶していたようだ。
起き上がって周囲を見渡す。
俺達のクラス、二年二組の面々が揃っていた。
「一体何が起きているんだ……」
「……分かんない……でも、見て……?」
佐菜が人差し指で指し示すのは、空。
つられて見上げると……そこには血の色に似た真っ赤な空が広がっていた。
「赤い、空……」
奇妙な光景だった。
稀に夕陽の影響で空が赤く見える事はあるが、あの空は……まるで最初からあの色だったかのように爛々と輝きながら地上を照らしている。
「ここ、何処かの森みたいだし……祐菜達、どうなっちゃうんだろう……」
言われて気づく。
さっきまで教室で授業を受けていた筈なのに、何故か木や雑草が生い茂る自然の中にいた。
「とりあえず、単独行動は絶対に避けよう。出来るだけクラスのみんなと一緒にいるんだ」
「そ、そうだよね」
「う、うん……佐菜、一人は嫌……だよ……」
それから教師が点呼を始めた。
結果、二年二組は一人も欠けずに揃っている事が判明したが––––
「ギギャギギャギャギャッ!」
突如不気味な声が響いたかと思うと、何も無い空間から剣と盾を持った骸骨が数体現れた。
なんだかとても、嫌な予感がする……
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