異世界、日常ライフ
ここは異世界。
と言ってもピンとは来ないだろう。俺だってそうだ。
二年前、高専三年生だった俺は部活から帰る途中に突然転移させられて、気が付いたらこの世界の森の中に居たんだから。まあ、夢のような体験だったよ。けど、現実と認めざるを得ないのだよ。実際、俺が今座っているこの噴水広場の周りには多種多様な種族の人間がいるんだからさ。代表的なのは、様々な獣人とかエルフとか背の低いドワーフとか。
こんなファンタジー世界に来ちまったけど結構楽しいもんだぜ。
え? 具体的に?
うーん、転移させられて冒険者になって獣人と一緒にパーティ組んで色々クエストこなしたりバカしたりしてる事かなぁ。
俺がここに転移させられて着いたこのフリットと呼ばれる世界は極悪非道な魔王もいなけりゃ、敵対魔族もいない、むしろ友好的な魔族達である。
全く、なんでこんな平和な世界に来ちまったのか。いや、荒れていて残酷な世界よりマシだけどな。なら、一体何の意図があってこの世界に転移させられたんだって話なんだが、未だに謎だ。
「あっ、こんな所に居たの。何してんのよ?」
そんな事を考えていると、この世界でパーティを組んでいる仲間のうちの一人がやってきた。
「特に何もしてないよ。それでフィナはなんでここに?」
こいつはフィナ。俺が初めてこの世界に来て冒険者になった時、偶然こいつも一緒のタイミングで登録して、その流れでパーティを組んだんだ。ちなみに、フィナは狐の獣人で美少女だ。少なくとも俺はそう思う。
「ギルド長が呼んでるわよ? なんでも、緊急なんだって」
「えぇー、あの人別にどうでもいい事で呼び出すじゃん」
「まあまあ、そう言ってやりなさんなよ。さ、行くわよ」
「ハイハイ」
手を引かれて付いて行く。そういえば、こうやって手を引かれると毎回思うんだが、女の子の手って柔らかいんだよなぁ。あんなに短剣振り回してるくせに全然固くなんねぇのな。何かと信用してくれるし、可愛い奴だ。
「で、来た訳だか? これは一体?」
俺は目の前に仰向けで目をグルグルと回しながら転がる小さな黒い角と翼を持ったロリ悪魔と、それを仁王立ちで見る緑髪の美人エルフをギルドの入口から眺める。
「はぁ。ファニ。何やってんのよ。又、ギルド長をいじめて」
「仕方ないじゃない。このくそロリ、たかがオークとゴブリンの討伐依頼でギャーギャー騒ぐんですもの。締め上げるに決まってるじゃない」
「そんな事って! 大切な村の住人が虐められてるかもしれないじゃないか! そんな冷たいから胸も大きくならないんだよ!」
「うるさいわね! この大袈裟ロリ! あなたの姿に見合わないその胸の方がおかしいのよ!」
「なんだって!?」
「間違ったこと言ったかしら!?」
『ムムム!』、とおでこを突き合わせてバリバリと目から雷が放たれているように見える。
まったく、この二人は。いつもこんな調子で疲れないのか?まあ、喧嘩するほど仲がいいって言うしね。
ちなみに、俺は貧乳だろうが巨乳だろうがどっちでも大丈夫だ。ただし爆乳、貴様はダメだ。
「ハイハイ、そこ。そんな、どんぐりの背比べをしない。俺はどっちも好きだぞ」
ここは『そんな…』みたいな恥ずかしがった反応をしてくれるのだろう。
「うわぁ。ロリコン」
「うわぁ。ハレンチ」
「えぇ!? なんで? フォローしたのに!」
「フォローになってないわよ」
そんな!
「で、本当にオークとゴブリンだけなのかしら?」
「そうだと、僕は聞いているんだけどね。でも、あの魔物の群れ程度の被害にしては少しだけ大きな被害なんだよね。だからあなた達に行って欲しいの」
ギルド長が被害申告書とクエスト依頼書を一緒に見せてくる。
「はぁ、仮にそうだとしてもこの被害ならゴブリンの派生種がいる程度じゃない? ランク的にもCかBが良いところよ? Sランカーの私達が行くのは少しオーバーキルじゃないかしら?」
「うーん、これは一応行っとくべきじゃないか?」
「ほんとに!?」
「いつの間に起きたかしら?」
目をキラキラさせるロリ悪魔とジト目でこちらを見てくるフィナ。
「私が抱きついたら『ふおぉぉ!?』とか叫びながら起きたわよ?」
もう少し俺の名誉を守って?
ほら、少しコイツら引いてるじゃん。俺泣くよ?
「ファニが抱きついた件は後でたっぷり話を聞くとして、どういう事なの?」
「ああ、被害が少し気になってな。建物の被害も倉庫と比較的大きい家が壊されているが人的被害で怪我人こそあれ、死者が出てないのが気になる」
「あ、確かにそうね。計画的・・・なのかしら?」
「ファニの言う通りだ。基本、あいつらは本能に従順だが理性もある。そこに知性の発達したリーダーか何かが出た場合はそいつに従う、それが奴らの行動パターンだ」
「あ、それ僕も聞いた事あるぞ!」
いや、ギルド長なら被害表を見ただけで理解して?
「とにかく、AかBなら安全だろうが生憎AとBは出払ってるんだろ?」
「そうなんだよ、なんでもサラマンダーが出たとか何とか」
「サラマンダーって重災害級じゃないか。なんで俺たち呼ばなかったんだ?」
この世界では魔物の強さによって等級を付けている。
標準級、注意級、警戒級、災害級、重災害級、厄災級、神災級。
の順番だ。俺たちSランクは重災害級以上が専門とされる。
と言っても実質まだ重災害級としか戦ったことはない。
厄災級は五十年、神災級は神話レベルの話だ。そうそうで会えるものでは無いし、そこまで行くと知能もハイレベルの魔物だ。そこまでくると戦わずとも話し合ったり出来るから実質、戦いになるのは厄災級が最大だ。
「あなた達呼んだら他の人達が成長できないでしょ! このチートパーティが」
「酷いなぁ。そんなにチートじゃ無いだろ? なぁ?」
「そうよ、実力でのし上がったんだからチートじゃないわ」
それをギルド長がジト目で見る。でも、実際そうだぞ? 確かに現代知識の分野ではチートだが、戦闘技能とかはそこら辺の一般人より低かったんだから。
「…さ、地図と支給品上げるからさっさと行ってきなさい。最もあなた達には必要ないでしょうけどね」
ギルド長はジト目のままカウンターに戻り、ガサゴソと回復ポーション二個と人数分の携帯食糧の入った袋を取り出し、俺たちに渡す。
「あのさぁ、もう少しボケに触れてくれてもいいんじゃないか?もう長い付き合いなんだからさぁ」
「…そんな事より、前から思ってたんだけど、こんなレベルのギルドでこのクエスト支給品をみんなに渡して破産しないの?」
スルーかッ!
「こんなレベルってどういう意味かはさておき、そうでも無いんだよ? この支給品分報酬も設定してるから手数料で賄えるって訳。これぞ僕のギルド成功術!」
と、ドヤ顔でポーズをとるロリ悪魔。
「…無償じゃないのね。失望だわ」
それを良しとしないのが安定のファニである。
「無償でやってたら破産するでしょう!?」
はぁ、売り言葉に買い言葉。まあこれこそ、普段のギルド長とファニの関係である。名誉はない。
…かわいそうに。
「っていうか、そろそろ僕の事名前で呼んでよ!いっつもギルド長じゃなんか壁があると感じちゃうじゃないか。さぁさぁ!」
と、急に睨み合いを止めて俺の方にズイズイと寄ってくるギルド長。
「えぇー? だってさ、ギルド長って名前よりギルド長の方がなんか言いやすいんだよなぁ」
「前から愛称でいいって言ってるじゃないか」
なんか、あれじゃない?一度慣れた呼び方って変えたくないんだよね。変な感じがするんだよ。
「…じゃあ行くか。よし、メンバーは揃ってるな、じゃあ出発!」
「「おー!」」
こういうのはとっとと逃げるに限る。
「ちょっ! ねぇってば! なんで名前で呼んでくれないのさぁ!」
ガタン、とギルドの扉が閉まる。
「はぁ、距離があるなぁ」
ボソッっと小さな声で話す。すると突然扉が開かれる。
「あ、言い忘れてた。…行ってくるよ、アイナ」
またしてもガタンと扉が閉まる。
「それは、ずるいよ」
ボン、とリアル湯気が上がった様に顔を真っ赤にするギルド長ことアイナである。
その足で、レンタル馬車を借りにお店に向かい、馬車を借りてそのまま町を出る。…特に話すこともなかったんだから説明の少なさは許して?
そして、ガタガタと馬車に揺られながら目的の村へと向かう。
約三時間の道のりだ。まあ、そんなに長いもんじゃない。のんびり寝て過ごすとしようか。あ、御者はファニがやってくれている。というのも一番上手いからだっていう単純な理由だけどな。だって、俺とフィナがやったら馬が暴れて馬車を一台ずつ壊したし。・・・どんな扱いをしたのかというツッコミは無しにして貰おうか。
さて、出発してから約二時間ほどが経っただろうか。村まであと少しか。早いな。あ、寝てたからそう感じるだけか。
「私さぁ、こうやって馬車で移動するのって好きなんだよねぇ」
ぼーっとしていると突然、フィナが話し出す。
「どうしたんだ突然? いや、気持ちは分かるけどさ」
「馬車ってさぁ、のんびりガタガタと揺られながら景色を見て移動出来るでしょ?」
すると、馬車の御者台にいるファニが話しかけてきた。
「あ、それは私も分かるわ。たまに微精霊とか見るんだけど、その光を見て移動する馬車の旅は良いものよ?」
「ファニは良いよなぁ。常に微精霊が見えてるんだろ?まあ、それがエルフにとって普通の事だとしてもどんなに同じ景色のような感じでも微精霊は同じじゃ無いもんな」
「あら? そんな事無いわよ? 微精霊達だって少ない道のりもあれば多すぎて眩しい道のりもあるのよ?」
そ、そうか。なんか、それはそれで楽しそうな感じがするんだが毎日見てる方からすれば多分迷惑なくらいに感じてくるんだろうな。まあ、無い物ねだりってやつなんだろうな。
そんな会話をしていると村が見えてきた。目的の村である。一見石造りの家が並ぶ小さな村だが、その村を囲むように壊れた木のバリケードや、魔法によるクレーターが残されている。建物も少しばかり壊れている様だ。うーん、これは結構やられてるな。
「意外にやられてるわね。でも、こんなにやられてるのにどうして逃げないのかしら?」
「愛着でもあるんじゃない? いや、でも流石にその限度は超えてるわよね?」
と、ファニとフィナが馬車から少しばかり身を乗り出して話す。
「それはどうかな。たかがオークとゴブリンの群れに逃げ出すことがプライドに触れたんじゃないか?」
「そんな理由なのかしら? 本当にそうだったら馬鹿ねぇ。ゴブリンやオークでも束になれば下手な魔物より厄介な魔物なのに。人を殺すだけじゃなくて女の子とか攫っていくから一番タチ悪いのにね」
馬車を走らせ村の敷地内に入る。敷地内にクレーターにも出来ている所を見ると村人に何人か魔法が出来る村人が居るのか、はたまたゴブリンの魔術師であるゴブリンマジシャンでも混ざっているのか。どちらにしても結構戦ったことには違いない。
そんな村には村人が何人か外に出て歩いているが…
「みんな顔色が暗いな」
「仕方ないよ。力を持たない村人達にとっては大袈裟かもしれないけど地獄の様な状態だもの。そりゃあ暗くなるわよ」
道歩く人達は顔を伏せ、村自体にも活気がない。商人でさえも客引きをせずに商品の後ろに座り込んでいる。
「なあ、依頼出されてどのくらい経ってた?」
尋ねるとフィナが馬車に乗せていたバックから依頼書を取り出す。
「ええっと、二日前だね」
「え!? 二日前ですって? たったそれだけの期間でこんなにやつれるものかしら?」
二日か。依頼が出される期間を考えて四日。それでこんなに精神ゴリゴリ削られているのか? となると、考えられるのは…。
「や、奴らだ! 早く逃げろ!」
カンカンカン!
と、この世界にはどの村、町にも設置されている物見櫓から鐘の音と怒号が響き渡る。それに反応して、家の外に出ていた人々が絶望の顔を浮かべながら走って近くの家屋に逃げ込む。
どうやら、俺たちの相手があちらから来てくれたらしい。
「お仕事の時間らしい。フィナはいつも通り俺と一緒に前衛を頼む。ファニは馬車から魔法で援護だ」
「了解っと」
俺とフィナが馬車から飛び降りる。俺は手に持っていた依頼書をポケットに入れる。そして腰に差していたミスリルとヒヒイロカネの合金で造られ、銀と灼色のグラデーションが施されたロングソードを抜き、フィナは背中に背負っていた二本のミスリル製のダガーを逆手に構える。
「了解したわ。けれど、この村にはあまり微精霊達がいないから精霊魔法は使えて二~三回ってところだから巨大火力援護は期待しないで頂戴。まあ、精霊魔法使うまで無いだろうけどね」
馬車を止めたファニは馬車の屋根の上に登り、黄色の丸い魔石が埋め込まれた杖を構える。
「分かった、いざという時以外は通常魔法で援護を頼む」
「お、おいあんたら冒険者なのか?」
逃げていた男の村人が不安な面持ちで話しかけて来る。
「ああ、依頼を受けて来たんだ」
「変な事は言わねぇ、早く逃げろ。あいつらただのゴブリンとオークじゃねえ。奴ら赤黒い瘴気を放ちながらやってくるんだ。普通の魔法と攻撃じゃ効かないんだよ!」
「え!? 赤黒い瘴気を放ってやがるのか!?」
「ああ、だからあんたらも家の中に入れ! 奴らこっちから攻撃しなけりゃあ家を少し壊すだけでまたどこかへ行く! 絶対に入るんだぞ! いいな!」
そう言い残して村人は走って逃げていった。
「不味いな、赤黒い瘴気って事は奴ら狂戦士化してやがる。ファニ! 索敵魔法を頼む」
そう言ってファニの方を見ると杖の先端が白く光らせて魔法を使っていた。
「分かってるわ。今やってるけどこれは不味いわ。数はゴブリン十五体、オークは四体ずつ位だけど、狂戦士化の極限化が始まってるわ」
狂戦士化の極限化。
そもそも狂戦士化というのは魔物が魔力溜りと呼ばれる魔力の溜まり場みたいな所に長時間存在して、ただ戦いだけを求める状態の事を言う。
そして、さらに長時間魔力溜りに存在すると狂戦士化の極限化となって通常の等級より三段階ほど上昇する。
つまり、標準級のゴブリンと注意級のオークはそれぞれ災害級、重災害級となる。しかし、戦いを求め過ぎるが故にこちらから攻撃しなければこの村のように物を少し壊すだけに留まるという欠点というか利点というかを備えている。
まあ、狂戦士化した魔物は戦いを求めるが故、戦いが起きた村や街以外には何回も来ない習性があるはずなんだが。
「とりあえず、村の外に移動するぞ。ファニ、誘導してくれ」
「分かったわ!」
ファニの誘導で魔物の群れの目の前へと移動する。
ちなみに、ファニは浮遊魔法で物見櫓の上に立っている。俺とフィナも一応使えるが持続的には使えない。魔力の制御が半端なく難しいんだ。簡単に表すなら東大の入試で全教科九割の点数を全て取れと言われるくらい。
「ねえ、狂戦士ゴブリンは私に任せてくれないかしら?」
移動しているとフィナが話しかけてきた。
「ああ、元からそのつもりだ。流石にコイツはすばしっこくて俺のスピードじゃあ相手に出来ん」
「良かったわ。私も、耐久力に特化したオークはこのダガーじゃ火力不足だしちょうど良かったわ」
餅は餅屋ってね。長所は活かさないと。
群れの目の前に移動すると黒い瘴気を垂らしながらのっそのっそと歩いてくるオークとゴブリンが見えた。ざっと見た感じ、ゴブリンが十体、オークが四体程。距離は五百メートル程だろう。少し多いな。減らしておくべきか。
「おーい、ファニ! 奴ら減らせるか?」
「やれるけど、出来てゴブリン四、五体よ? さすがにオークは一体ぐらいしかいけないわ!」
「上出来だ! やっちゃってくれ!」
「分かったわ」
すぐさまファニが二つの魔法陣を展開する。赤と青の魔法陣。ああ、水蒸気爆発させるのか。恐らく青は水、赤は炎だろうな。となると俺は村に障壁貼っとくか。
村を囲うように半球型の魔力障壁を展開する。この世界の魔法ってのはどうもイメージの強さで魔法の強さが変わるらしい。もちろん自分が持っている魔力の範囲内で、の話だが。
もちろん、地球まあ曰本でだが様々な現象の過程を学校で学んで理解できている俺にとってはそんなに苦じゃないが、この世界の様なまだ中世レベルの学術だとまだそこまで理解していない人が多い。
だからほとんどの人は結果、つまり炎なら燃え盛っている姿を想像する。だから、限界がある。
じゃあ何故ファニが水蒸気爆発なんて知っているのか。察しているだろう、俺が教えたのだ。
魔法陣から青い炎と水が分かれて放たれ、それぞれ孤を描いて魔物の群れに向かっていく。
孤を描いて飛んできた魔法を見た魔物の群れは立ち止まり裏にこっそり隠れていたであろうゴブリンマジシャンが障壁を展開する。
しかし、炎と水が障壁に触れるとパリンとガラスを割ったような音を立てて呆気なく破壊された。
驚いた顔をしたゴブリン達が見える。馬鹿め、魔力の量が違うのだよ。魔力の量が。というのも実際に魔法で作り出している訳ではなく、起こしたい現象を魔力を使って増幅させるのがこの世界での魔法の原理となっているからだ。
障壁を破った炎と水はそのまま群れの中に入り接触する。
ドン! という音と共に水蒸気の大きな塊が生まれる。あの高温スチームの中では一体どんな惨状が生まれているのか。想像したくない。
「毎回思うけど、あなたが教えた魔法って凄いわよね。あんなに大きな爆発なのにそこまでファニが魔力使ってないもの」
爆発による爆風を障壁で防いでいる俺の横でフィナが呟く。
「ハッハッハ。これが俺の魔法の才能だ。尊ぶといい」
「そんなこと言ってるけど、あなたの魔力量はこの魔力障壁でほぼ全力でしょう? 実際今相当全力で魔力投入してるじゃない」
「な、何を言っているのかさっぱりだな」
事実だ。俺の魔力量は一般的な魔力量の中の下。魔法をボンボン撃てるタイプじゃ無くて、身体強化や魔力障壁に使うのが最適なタイプなのだ。だから、今は村全体を囲う障壁でかなりの魔力を使っているのだ。
「霧が晴れるわよ。残りはゴブリン六体、オークは三体残ってるわ。マジシャンは消したから魔法の心配は無し。支援として狙撃魔法は使うけどあまり期待しないでちょうだい」
「「了解!」」
霧が晴れると、クレーターが作られその周りに残ったゴブリンやオークがクレーターを見ていた。
「行くぞ!」
「分かったわ!」
フィナが俺の前を走って魔物の群れに向かう。相変わらず速いな。俺は残った魔力で身体能力を向上させているが、フィナはあの速さでノーマルだ。獣人の特性ってのは怖いな。
俺達が向かっていると突然魔物達が振り返り、まるで新しい獲物を見つけたかのようにニヤリと笑う。すると瘴気を吹き出し物凄い速さで俺達の方が向かってくる。
「速いッ!?」
ガキィンと先頭を走っていたフィナがダガーで向かってきたゴブリンの短剣の攻撃を防ぐ音が響く。さっきまで三百メートルは離れていたはずだ! それをたった数秒で!? 狂戦士ゴブリンめ、噂には聞いていたが想像以上だ。通りで災害級に指定される訳だ。
「ッ!?」
気付くと俺の後ろにもゴブリンが回り込んでいた。クソッ!
ゴブリンの攻撃を受け流し、バランスを崩したところを斬る。鮮血が飛び散り死体が地面に落ちる。
その流れでオークを見ると、腕を組んでまるでほくそ笑むかのようにニヤリとしていた。そのにやけづら、絶望の顔に変えてやる。
身体強化の魔力を足に集中させ、飛び出す。そして、瞬間的に三百メートルの距離を縮め一気にオークの懐に入り込む。
「笑ってていいのか? 前がガラ空きだぞ?」
居合逆袈裟斬り。オークの右脇腹から左肩にかけて斜めの傷が入り、血が吹き出す。斬った流れのままもう一度オークと距離をとる。
毎回思うけど、返り血がウザイんだよね。まあ、洗浄魔法で一気に落とせるんだけどさ。
流石に、びっくりしたのか俺を目を見開いて見ている。その隙を狙ってもう一度懐に入り込む。しかし、狂戦士オークなのには変わりない。二発目の俺の攻撃をしっかり防いでいた。
「グゥゥゥ!」
「不意打ちじゃ無ければ関係ないってことか」
大きな金属製の斧と俺の剣が鍔迫り合いをする。どんなに粗末な武器でも金属は金属。武器ごと斬れはしないか。しかも、かなりの傷を負っているのにかなりの力を出している。
そうしていると突然、横から別の斧が横薙ぎに振り払われた。咄嗟に魔力障壁を展開してダメージを無効化するがスピードまでは無くせないため吹き飛ばされる。地面に着地してオークの方を見てみると別の一体のオークが斧を持って鍔迫り合いをしていたヤツの隣にいた。ほかの二体のオークも武器を構えて俺の方を見ていた。
「スピードもそれなりにあるって事か。さあ、行くぞッ!」
俺が斬りかかろうと飛び出すと、オークも同じく俺を殺そうと走ってくる。お互いが物凄い速さでぶつかり合う。
キィィン!
周囲に金属同士がぶつかり合う高音で独特な音が響き渡る。
俺は二匹同時に振るってきた斧を剣で受ける。その勢いが突如止まったからか、地面の土がへこみ、周囲に飛び散る。物凄い力だ。二体の斧を同時に受けるのはやっぱりキツいな。肉体差が二倍程ある上に力も倍増しているオークの攻撃を防いでいる事に歓声を送ってほしいものだ。でも、こういう相手ってその相手の力を利用するのが攻略法なんだよね。柔よく剛を制すってね。
斧を防いでいた力を抜き、身体の前で防いでいた剣を斧が後ろに流れる様に斜め下に剣先を向ける。すると、力任せに斧をぶつけていたオークは俺の剣に斧を滑らせながらバランスを崩し前傾姿勢になる。その隙を狙い、一番自分の手前に出ていたオークの脳天を突く。脳天を突かれたオークは声を上げることもせず、その場に倒れる。もう一体のオークもバランスは崩したものの、それを利用してか前転して立ち上がる。改めて見ると体型からは想像できない身軽さだな。
ふと、フィナの方を見てみると素早いゴブリンの速さをものともせず順調に討伐していた。軽い気持ちで見ていたら目が回りそうだ。
目線を前に戻すと、光の線が先程のオークとは別のオークに向かっていった。ファニの魔法だろう。あれは狙撃魔法の《殺光》だろうか? あいつめ、得意分野で攻撃しやがって。と言うのも、ファニは魔法殺し屋の出身だ。俺も殺されそうになったもんだ。今となってはただも思い出話だが当初はガチの殺し合いになったもんだ。次から次へとライフル弾級の殺傷魔法が飛んでくるんだ。リアル某ダンボール蛇ゲームかよ、とも思ったよ。
ファニの《殺光》はオークに当たりそうになるも回避される。
『危ないんだから射線上には入らないで頂戴ね』
『分かってるよ。あやうく殺されそうになった経験があるからな』
『あら? 皮肉かしら? そんなこと言っても今のあなたには効かないから意味無いわよ』
『それもそうか。じゃあその代わりにオークにお見舞いしてやれ』
『了解よ』
今のは魔法の一つである《念話》だ。こうやって連携する時は重宝している。
そして、第二射が飛んでくるが、それを見ていると、先程俺の攻撃を受けなかった方のオークが攻撃して来た。
「グワァァァ!」
「くそ、見る時間はないか」
しかも、斧じゃない。大鉈だ。武器によって対処法が違うし、余計な神経使うから統一しろってんだ。
ま、斧より大鉈の方が対処は簡単なんだけどね。刃の部分が多いし、出っ張りないし。斧使うんなら生物じゃ無くて、木を切っとけよ。
シヤァァン!
と金属が擦れ合う音が鳴り響く。受け流し。さっきから受け流ししかしてないが俺はこれが一番得意なのだ。それもオークなど完全パワー戦闘型は特にやりやすい。
さっき、同じやり方で仲間がやられたんだから知能低くても学んでいいんじゃないかな?
で、やはり少しは学んでいたのか受け流しされたと同時に殴ってきた。
「いい作戦だとは思うがッ!」
殴ってきた腕を掴み、自分の体を反転してオークの股の間にしゃがみこみ瞬間的に立ち上がりオークを持ち上げ前に落とす。柔道の一本背負いだ。俺、高専生時代は柔道部だったんだ。柔道ってのは不思議なもんである程度の体格差の相手ならタイミングさえ合えば簡単に相手を投げることが出来る。
俺の前に仰向けに倒れたオークの左胸に剣を突き刺す。少し雄叫びをあげながら血を吹き出した後、絶命する。
剣を抜き、血を払ったあと、射撃されていたオークを見ると穴だらけで倒れていた。あーあ。可哀想に。…異世界に来て、学んだ事がある。その一つは生きる為には何かを倒さなければならないという事だ。そうでなければ自分がやられる。所詮、弱肉強食の世界だ。これは多分、見えないだけで地球でも変わらない。
フィナの方を見ていると頬や肩などに返り血を付けてゴブリンの死体の真ん中に立ち、俺の方を見ていた。俺が自分の方を見たと分かったのか、
「こっちは終わったよー!」
と笑顔で手を振ってくる。返り血さえついてなければ可愛いままなのだが。一応、手を振ってくれた手前、俺も手を振り返す。
「そっか、俺の方が少し遅かったか! ファニもありがとうな!」
ファニの方にも手を振る。物見櫓の上に立つファニも手を振っている。
「さて、村長に依頼完了のサインもらって帰りますかね」
「はぁ、またあの道のりを帰るのかぁ。戦闘時間より移動時間が長いってなんか嫌だなぁ」
フィナと一緒に歩いて村へと戻る。
「まあまあ、今回は都合よく村に着いた途端に群れが来てくれたから早く終わったけど、普段はこんなにスムーズじゃないんだから結果オーライってことだ」
「そうなんだけど何だか拍子抜けよ」
戦い足りなそうだな。このバーサーカーめ。
村に戻ると村人達に囲まれ、頬をピンク色に染めて居心地悪そうにしている
ファニが居た。
「お、人気者だな。ファニさんよ」
「勘弁してちょうだい。何だかむず痒いもの」
「ハッハッハ。まだあからさまに感謝の目を向けられるのには慣れないのか。そろそろ一年になるんだそろそろ慣れてもいいんじゃないか?」
「慣れないものは慣れないわ」
面白い奴だ。ファニが裏の世界から足を洗って一年。今まで憎しみと悲しみの中で生きてきたファニにとっては純粋な感謝の気持ちなどは未だにむず痒い様だ。
「村長さんはいらっしゃいますか? 依頼完了のサインを頂きたいのですが」
「ハイハイ、私が村長です」
と、手を挙げながら群衆の中から出てきたのは四十代後半位のおじさんだ。
「あ、あんたが村長か? 若いな」
「ええ、まあ。というも最初の遭遇の時に村長は魔術師として一緒に戦った仲間と…」
「あ、それはすまん」
なるほど、ここに何度も現れていた理由はそれか。
「じゃあ、あの村の周りにあるクレーターは全部その村長がやったって言うのかしら?」
突然ファニが俺の横から顔を出し、驚きの表情で尋ねる。
「え、ええ。村長は高齢ながら魔術師としてかなりの実力を持っていました」
「驚いたわね。それであの量のクレーターとは。一体最初は全部で何体居たのか。…その村長のお墓あるかしら? お参りしておきたいわ」
「わ、分かりました。連れて行ってあげてくれ」
感嘆の表情を浮かべるファニを女性の村人が前村長のお墓へと連れていく。
「アイツ、こうやって自分的に尊敬出来る人が死んでいた場合はお墓参りするんだ。あ、そうだ。一応、これにサインしてくれ」
ポケットから依頼書を取り出しサインしてもらう。
「そう言って貰えると前村長も浮かばれます。今回は、本当に助かったありがとう」
「「「ありがとうございます!!」」」
村長を筆頭に、集まっていた村人全員が頭を下げる。
「そんな大した事はしていない。頭を上げてくれ」
「住処を荒されて、それを助けてくれた方に礼をしない訳にはいきませんから。…これから村の家を修復していかないといけませんから。そうだ、冒険者様。街へ帰るついでに依頼書を持って行ってもらえませんか?」
「依頼書?」
「ええ、あのオーク達が居なくなった後に持って行こうと思って既に作成はしていたのですが…」
そう言って、村長が持ってきていた鞄から二枚の紙を取り出す。
「橋の修復?」
「流石に橋の修復は自分たちでは出来ませんから。見ますか?」
「見てみようか、フィナ良いか?」
「私は構わないわ。私はファニと一緒に後で行くわよ」
「分かった」
村長に連れられて、村の端に行くと幅五メートル程の川にかかる木製の橋が中程で崩壊していた。
これは、建て直しだなぁ。
「これは、なるほどオーク達の重さに耐えきれなかったか」
「ええ、この村はそれ程往来も無くて木製で十分だったのですがね。まあ、修復費用はかかりますけど国からの補助金も出ますしこの際、石製の橋に替えようかと思っておるのです」
なるほど。国からの補助金、この国には魔物の被害に遭った村の修復には補助金が出る制度がある。確かにそれを使えば普通より安く石橋が作れる。しかし、それでも多額の資金が消える事には変わりはない。
うーん。…やるか。
「支払う金額の半分くれれば橋を今すぐ作れるぞ。強度も石造りだからある程度は保証する」
「えぇ!? 冒険者様は橋を作れるのですか!?」
「あぁ。 知識はある」
ここ重要ね。知識はあるけど経験はない。…果たして作って良いものだろうか?
「・・・崩れたりしませんよね?」
「・・・理論上はね」
「はぁ、ここは冒険者様を信じましょう。お願いします」
「わかった。やってみる」
託された俺は崩れれ落ちた橋の前に立つ。
「はあ、何をするのかは知らないけど確実に魔力足りないでしょう?」
グットタイミングでファニがフィナと一緒に歩いてきた。
「察しがいいな。単刀直入に言うが、魔力くれ」
「本当に単刀直入ね。まあ、分かったわよ」
そのままファニは歩いてきて俺の両肩に手を置く。暖かい。
「肩もみしてくれててもいいんだぜ?」
「バカ言ってないで早くしなさいな」
「ハイハイ」
俺は両手を突き出して魔法陣を展開させる。色は茶色と灰色そして青色だ。
つまり、灰色からはセメントを茶色の方からは大き目の石や砂利、砂を出し、青色からは水を、出す。そう、コンクリートの材料と大きな石である。
基本は石造りの橋にするが、その上にコンクリートを被せておく。まあ、これは橋を通る時にガタガタしないようにするためでおまけ程度の量だけどな。
ポンポンと魔法陣から出てきた石を積み上げアーチ状にする。眼鏡橋を想像した方が早いだろう。ガッチリとハマった石で造られた眼鏡橋(仮)の上にさっきのセメントと水、砂利、砂を混ぜ合わせたコンクリートを薄く敷いていく。まあ、これ打設って言うんだけどね。
はい、完成。所要時間十分。まあ、コンクリートを乾かす時間もあるから実質は一ヶ月ぐらいかかるんだけど。
「完成です。一応、完全に使えるようになるには六日程かかるのですが、三日後には人のみ、六日後からは馬車を通行させて構いません。って村長さん?」
「はっ、いや、これほど完璧な橋をた、たった十分で。そ、そのありがとうございます!」
「いえいえ」
異世界で、高専での知識を使う事になろうとは。まあ、役に立ったなら良いけどさ。
それはそうと、
「恥ずかしいからみんな頭を上げてください。あとファニはごめんね? 魔力使いすぎた?」
見に来ていた村人が全員頭を下げている前にゼェゼェ言っているファニがいるという少しばかり変な感じになっている。ってかこの村の人たちはどんだけ頭を下げたがるんだ。
一通り感謝の言葉を言われたあと、俺達は馬車に乗り村人達から手を振られながら村を後にする。
何だかむず痒かったな。橋の建設料金として貰った金袋を触りながらそんな事を思う。
金を貰うなって話だけど、労働には対価をって事だ。
「あれ?なんかむず痒そうだねぇ。ファニのこと言えないんじゃないの?」
俺の気持ちを察したのか、フィナが意地悪い笑顔を浮かべながら顔を覗き込んでくる。
「うるさい茶化すな」
「いて。えへへっ」
「俺達は冒険者だ。依頼を出されてそれを完遂する。それが仕事だ。でも、こんな感じに間接的に人の役に立ったなら本望って奴だ」
「あら、恥ずかしいこと言うのね。珍しい」
追加で馬車を操るファニがチラリと俺を見ながらクスクスと笑う。
「うるさい。事故るぞ。前見とけ」
「あら、一時は魔力切れ寸前にさせたのに随分な事言うじゃない」
「魔力ポーション飲んですぐケロッとした奴が何を言ってんだ」
「ウフフフ」
なーにがウフフフだ。まったく。
ガタガタと馬車が揺れる。フィナは疲れたのかもうウトウトしている。ファニは前を見ながらニコニコしている。
異世界に来て、学んだ事がある。弱肉強食で喜怒哀楽が入り交じる世界でも、いつもの日常の中に多くの思いが混じっているという事だ。例え、人の死が尚更身近なこのフリットと呼ばれる世界でも地球でもなんら変わらない事だが、こんなに肌で感じる事が出来るのはこっちの方が多い。だから俺は、この世界で出会ったかけがえのない仲間であるフィナやファニ、アイナ達と一緒に楽しく生きていこうと思う。
「ねえ、帰ってきたとこ悪いんだけど、新しい依頼だよ! 今度は、サラマンダーの討伐!重災害級だけど、あなた達ならやれるよね!」
変更しよう。こんなに毎日忙しい世界だ、とりあえずアイナを吹っ飛ばしてから楽しく生きようと思う。
《完》
読んで頂きありがとうございます!
自分が諸事情で作成した短編です!
メインである
『異世界無双~自転車と女の子達を添えて~』
もよろしくお願いします!