ろべたん
「ふたりめは?」
「それなんだな、君子はもうふたりめはいらないと言うし、
俺は欲しいし。原因はそれだなきっと」
「・・・・・」
「俺の先行きにも不安なんじゃないかな。明確な将来が見
えないし、法華経にばかりかぶれているし。俺一人海外を
走り回っているし。相当不満だとは思うよ」
「そうやね、おふたりを見てると世界一幸せそのもの、
魅力一杯で皆が自然と集まってくるんやと思うのやけど」
「ああ、最高の夫婦やと自負してきたけど、先輩に相談し
たら、決して彼女を束縛してはいけない。あなた自身との
戦いだ、彼女のせいにするのは大間違いだといわれた。
そろそろ結論を出さなくてはと思ってるとこ」
「そう、私もそろそろ結論を出そうかと、今晩東京に出て
どこか遠くへ旅に出ることに決心したとこ」
「そういうことだったのか」
「そうや、そやから君子さんところへ電話したの。お話で
きてよかったわ。いつ帰って来るか、今度いつ会えるか
分からへんけど、これでなにかすっきりしたわ。それぞれ
の旅立ちってわけやね。お互い頑張りましょう。今晩君子
さんが帰って来たらもう一度じっくりと話し合ってみたら」
修は厚子の瞳をじっと見据えた。
「うん、よく分かった。もう一度話し合ってみるよ」
視線をはずして修は遠くを見て思った。
『もう話し合ってもだめだ』
間が空いた。修の横顔に厚子の視線を感じたが、もう
見返すことはできなかった。
「じゃあ、私行くし。これから荷造りせえへんと。
初めての旅立ち、たいへんや」
「ああ、がんばって。できればあっちで会いたいね。
連絡くれよな」
「もちろん。何年かいるつもりやから落着いたら
すぐ手紙出すし、ほな」
「あっ、若し困難にぶちあたって、どうしようかと
思い悩むようなことがあったら、東の空に向かって
南無妙法蓮華経と唱えろよな」
「あ、それって法華経のこと?」
「そうや。難しいことは分からなくていいから、
勇気が湧いてくるまで唱え続けろよな。決して
死んだりしちゃだめだぞ。生き延びていれば又会える」
いつになく真剣に言い放って、
修はやっと厚子の瞳に目を向けた。
「よく分かったわ。約束する」
真顔になって厚子は修を見つめなおした。
修はふっと笑みを浮かべてうなづいた。
「それじゃあ、君子さんと智子ちゃんによろしく」
「ああ」
ずっと彼女の後姿を見送っていた。誰でもいい、
時が時だったらそれは君だったかもしれない。
今度こそ死なないで、何年か先に君に会いたい。
心の中でそう叫んでいた。生きて生きて生き抜いて
くれよ。祈りを込めて厚子の後姿を追い続けた。