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旭日

沈黙が流れた。

じっと厚子は修の瞳を見つめる。

修は肘を突いて厚子の瞳を見つめながら、


「このあきらの幸せのためには、どうするのが1番なんやろなあ」

じっと見つめあったまま、ゆっくりと、修はつぶやいた。

「あきらのためには」


ほのかなピンク色の唇に吸い寄せられそうだ。

頬杖がふっと前に傾きかけた。その時に、


「この子寝かせてくるわね」

と言って厚子は、隣の部屋のベビーベッドに

あきらを寝かせつけに行った。


ああ、もうたまらん、どうしよう。今夜人生が大変化しそうだ。

なるようになれば全てが変わる。周りを巻き込んで全てが変わる。


しかし、このあきらのためには、どうしてやれば1番いいのだ。

父親は手紙や写真で見る限り愛情深そうで立派な社長になるだろう。


修は、ひょっとしたら横恋慕してこの一家の幸福を破壊しよう

としているのかもしれない。


『勇気を出して彼の元は走れ』

と言ってやるのが最も理想的なのだろうが、しかし、


『これも何かの縁だ。俺も限界だ。自分に嘘をつくな。

正直に、厚子にむしゃぶりついて思いを遂げよ』


心と体の奥底で本音が叫ぶ。良心が叫ぶ。どうすりゃいいんだ。

彼女は一体何を望んでいるんだ。ぱっと背中を押してもらうことを。


どちらの方向でもいい、きっかけを、ものの弾みを、

この場の雰囲気は望んでいた。


あきらを寝かしつけて厚子は戻ってきた。もう、何がおきても

おかしくはない。子供ではないのだ二人とも。人生の辛酸を

ほんのちょっぴり味わいだした、二人はもう大人そのものだった。


喉がからからだ。修はがぶりと冷めたミルクティーを飲み干して、

大きく深呼吸をした。


「今日はちょっとむしむしやね」

ミルクティーを注ぎ足しながら、厚子はじっと修の瞳を、

その奥を見据える。


厚子の顔が修のそばまで近づいてきた。口元が微笑みかけている。

『きたか』

修も覚悟を決めて奥歯をぎゅっと噛み締めた。


厚子が修の耳元でささやく。

「いいもの見せてあげましょうか?」

「えっ、なに?」

「とてもいいもの」


そう言って厚子は修の耳元からすっと離れると、

押入れのふすまをぱっと開けた。


なんとそこには、黒光りする立派な仏壇と法華経の

ご本尊様が安置されているではないか。


「あっ、厚子さん入信してたんや!」

「そう、スペインで。彼SGIのメンバーやったん」

「そうか。そうやったんか」


視界がパッといっぺんに開けた。重たい灰色の雲間を突き破って、

天空に一気に舞い出たようだ。まばゆいばかりの太陽が一杯だ。


「こんな時にお題目あげんにゃね」

「そうや、こんな時にお題目あげるんや」

「勇気がいるもんね」

「そう、勇気がいるから。幸せを勝ち取るためには勇気がいる。

一緒にお題目あげようか!」

「うん!」


そして白々と夜が明けてきた。全てが通り過ぎ去って、

とてもすがすがしい気持ちだ。


「ほんまにおおきに、修さん。私この子をつれて韓国へ行く」

「そやな、彼を信じて。とても誠実そうな青年やし、SGI

のメンバーや。韓国も旭日のSGIだよ、きっとうまくいく」


明け方そっと家に帰る。君子ととも子がぐっすりと寝込んでいる。

昨日の嘘は今日はほんとになった。嘘は必ずばれる。

不器用な修であった。


                  −完−


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