8.墓参り
日の光が窓から射し込み目覚めた鋭斗は、目をこすりながら体を起こした。
ぼーっとした意識のまま着替えや歯磨きをすませ、皆が集まるリビングの椅子に腰を落ち着ける。
その食卓には毎日ファルの朝ごはんが並ぶ。
今日のメニューはトーストにスクランブルエッグ、オニオンスープだ。
「「いただきます」」
そのかけ声とともに、かちゃかちゃと食器の音が居間に響き渡る。
鋭斗もそれにならってパンとスープを口にした。
うまい。
ファルさんの豪快な戦闘スタイルとはうってかわって丁寧な仕事ぶりが伺える朝食だ。
皆もそんなごはんを夢中になって食べ進めている最中、一足早く食べ終えた七海が突然口を開いた。
「そういえばこの広い家ってファルさんが買ったの?お金がないって言ってたけど」
またいらん事を…
頭を抱える間も無く、ファルはパンを口に運ぶのをやめ返答する。
「ここは親からの譲り物なんだ。親はもう他界してしまってね」
「あ、そういえば今日ってファルの両親の命日じゃなかったっけ?」
「そうか、もうそんな時期か。じゃあ今日は森に行くのやめて、墓参りに行こうかな。皆も来るかい?」
そうファルさんが問いかけると、七海とセレン、ミスティアも同行すると手を挙げた。
まあ普段この家を使わせてもらっているのだから、日頃の感謝も込めて行くべきだろう。
結局、皆で墓参りへ行くことになった。
「ところで、そのお墓ってどこにあるんだ?」
道中、鋭斗は少し気になったことを隣にいたミスティアに尋ねる。
「それがなんと王家の宮殿なんすよ。ファルの母が騎士団長シャーロット皇女殿下の乳母をやっていて、なんでも皇女殿下のご厚意で宮殿に墓が出来たとかで…」
(宮殿か…)
ミスティアの話を聞いて、鋭斗は表情を曇らせた。
正直、宮殿にはあまりいい印象がない。
いや、はっきりいって印象は最悪だった。
なにせ鋭斗は宮殿内で追いかけ回され殺されかけたのだ。
しかもそのシャーロット皇女殿下という騎士団長が、墓参りに来る可能性も高い。
(ばったり出くわさないのを願うしかないな…)
鋭斗が少し不安を覚えたところで、ファル達は宮殿に着いた。
入口の警備に話しを通し、宮殿内部の中庭へと移動する。
するとその端のほうに、いくつかの墓石が確認できた。
「ここが、ファルさんのご両親のお墓?」
「そうだよ。じゃあナナミ、この花を持っててくれるかな?」
「はーい」
ファルは七海に買ってきた花を渡し、枯れかけていた墓石の花と移し替える。
生前好んで食べていたというオレンジを添えた後、皆で黙祷していたその時だった。
「…む?そこにいるのはファルではないか?」
「その声は…シャーロット皇女殿下!?「
「はは、久しぶりだな」
そうファルに笑顔で声をかけたのは、金髪碧眼の騎士団長であった。
そうとわかるやいなや、皆地面に膝をつき頭を下げる。
もちろん鋭斗もそれに従ったが、頭を下げたのには別の理由があった。
(まずい、ここで顔を見られたら殺される…!)
冷や汗が頰を伝い、心臓がばくばくと鼓動する。
鋭斗は動揺を悟られないよう、必死で顔を地面に向ける。
「その…皇女殿下がなぜこんなところに?」
「おおセレンか。なに、別におかしなことではないだろう?お世話になった恩師に挨拶に来ただけさ」
セレンにそう返したシャーロット皇女は、墓石の前へかがみ目をつむる。
「…厳しい人でな、私もよく怒られたものだ。当時は疎ましく思っていたが、今となっては誰も怒ってはくれず…。ファル、お前もそうだったのか?」
「はい、料理やら洗濯やらの家事も、小さい頃に全て叩き込まれました。」
「ふふ、そうか」
皇女殿下は嬉しそうに微笑み、そっと立ち上がるとファルに一声かけて立ち去っていった。
「今日は会えて嬉しかったぞ。またな」
「はい、シャーロット皇女殿下」
去っていくシャーロット皇女を見送り、ファル達もそろそろ帰ろうかと宮殿を出る準備を始める。
極度の緊張を強いられていた鋭斗にとっては願ってもない提案だ。
俺はふうと息をつくと、からからに乾いた喉に水筒の水を流し込んだ。
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宮殿内中庭の隅。
墓場から少し離れた場所に、シャーロットはいた。
その顔はどこか赤く、少しぼーっとしているようにも見えた。
それもそのはず。
(ファルディープ…)
ーー数年間会えなかった思い人と、ついさっき再び会うことができたのだ。
頰が紅潮し、その思い人のことを考え惚けるのもうなずける。
そんなシャーロットは今はじめてファルディープと出会ったときのことを思い出していた。
乳母として私を教育してくれる人の子ども。
初めはそんな印象しかなかったが、宮殿内で遊んでいるうちシャーロットの中でファルディープは特別な存在になっていった。
しかし、ファルディープは貴族ではない。
ファルディープの母親が死ぬと、彼はこの宮殿から立ち退かねばならないのだ。
あの時は随分泣いたものだと、シャーロットは振り返る。
それでもファルディープを悲しませないため、涙をこらえて見送ったのだ。
しかし、悲しむ間も無く私は縁談の話を持ちかけられた。
そもそも第2皇女というのは、嫁入りが一つの仕事のようなものだ。
別に不思議なことではなかったが、その頃のシャーロットはどうしても受け入れられなかった。
縁談はすべて断り、理由付けのために騎士団に入団。
幸いなことに剣才はあったので、わずか2年で騎士団長に就くことができた。
そうして日々を過ごす中で、シャーロットは誓った。
ファルとは結婚できない。なら、生涯独身を貫こうと。
この柔肌を誰にも見せることなく死のうとそう心に決めたのだ。
しかし、しかしだ。
数ヶ月前、宮殿に侵入してきたあの男。
私だけ今でもしっかりと顔を覚えている。
そして今後一生忘れることはないだろう。
私はその男に、ファルにも見せていない柔肌を見られてしまったのだから。
「許さないぞ…覚悟しておけ」
怒りの表情で呟くシャーロット。
当の鋭斗はそんなことを知る由もなかった。