6.冒険譚
あまりの驚きに思わず声が出てしまった鋭斗は、慌てて口を両手で塞ぐ。
だがファルさんもナナミの発言を不思議に思っているようだ。
「エイトが冒険譚を…?」
「はい!兄ちゃんは前まで本書いてたんで大丈夫ですよ!」
「いや、本とはいってもマンガだし…」
「いいじゃん、別にマンガでも。っていうか、そっちの方が売れるんじゃない?」
「それは…そうなのか?」
初めは戸惑ったが、話を聞いているうちにだんだん悪くない案かもしれないと思うようになってきた。
確かに、俺に出来ることといったらマンガを描くことぐらいだろうし…
「うん。ナナミがそういうなら任せてみるよ。エイト、頼めるかい?」
「…や、やってみます」
ファルさんは鋭斗が頷いたことを確認すると、上機嫌で「よろしくね」と鋭斗の手を握った。
これにより、鋭斗の異世界マンガ家生活がスタートすることになった。
翌日。
鋭斗は早速ネーム作りに取り掛かった。
まず主人公を決める。
そうだな…主人公は七海が適任だ。
ファルさん達のパーティに入り、いろいろ教えてもらいながら成長する話が王道だろう。
キャラが決まれば、次は大まかな話の構成を考え、そこからコマを割り絵とセリフを付け足していく。
この作業は想像よりも早く終わったが、それでも完成に1週間を要した。
ちなみに、この世界の言語はどういうわけか日本語らしい。
少々不可解だが、こちらとしてはありがたいかぎりだ。
そしてネームを作り終えると、いよいよ下書き、そしてペン入れに入る。
実はこの作業が最も集中力を使うのだ。
線がはみ出ないよう正確に線を引き、100ページ近くになってしまった原稿を順々に完成させていく。
この作業をしている間は、セレンさんに「え、エイト君大丈夫!?」と心配させるほどひどい顔色だった。
それでも原稿を描き続け目の下に大きなクマが出来たころ、1カ月強の期間を経てようやくマンガが完成した。
「お、終わった…」
描き終えた瞬間、鋭斗は机に倒れこむようにして眠りにつく。
目が覚めたのは、翌日の昼下がりだった。
「やあエイト、お疲れ。昨日はよく眠れたかい?」
「はい、おかげ様で。にしても久しぶりに寝ましたよ…昨日は死ぬかと思いましたね」
「本当っすよ…見てるこっちが死ぬんじゃないかと心配させられたっす」
「そうだよ兄ちゃん。あ、でも原稿はすごかったよ?ねえセレンさん?」
「そうだね。一回エイト君にネーム?を見してもらったときは絵ばっかだと思ったけど、完成するとあんな迫力が出るんだね!」
「はは、ありがとうございます」
セレンさんに背中をバンバンと叩かれ、照れ笑いして返す鋭斗に、ファルさんはいつの間にかお茶を用意してくれていた。
テーブルの上に紅茶を置き、皆に座るよう促す。そして、鋭斗と七海に話を切り出した。
「エイト、ナナミ。正式に僕達のパーティに入る気はないかい?」
「「え?」」
突然の誘いに一瞬あっけにとられる鋭斗と七海に、ファルさんは気にせず話を続けた。
「エイトは冒険譚の執筆者として。ナナミは前衛として僕達のパーティで働いてもらいたい。どうかな?」
「どうかなって…妹はともかく、俺も良いんですか?俺、剣とかはからきしですけど」
「いいよ、エイトは僕達の冒険譚を頑張って書いてくれたじゃないか。で、どうするんだい?」
「…その話はありがたいです。是非お願いします。」
「私も!」
「よし。じゃあ決まりだね」
ファルさんは手を叩き、立ち上がって扉を開いた。
久しぶりの日光が鋭斗の目をくらませる。
しかしファルさんはそんな様子も見せず、鋭斗達に微笑みながら言った。
「さあ行こうか。ーギルドへ」