5.スキル
「スキル…ですか?」
「うん、そうだよ。」
聞き返す鋭斗にそう返したセレンさんは丁寧に話を続ける。
そのセレンさんの話によると、この世界には2つの異能の力があるらしい。
1つはミスティアさんが使う『魔法』。
教育を受ければ誰でも使えるようになるらしいが、この世界ではその教育を受けられるほどのお金持ちは少ないらしい。
もう1つはセレンさんが使う【スキル】。
これは誰でも使えるというわけではないが、一度発現すれば教育がいらないため平民でも使える人は多いそうだ。
「それで私のスキルが魔力放出。魔法やスキルの行使に必要な魔力を放出できるの。今みたいに斬撃状にしたりもね」
「そのスキルって、俺にもあるんですかね?」
「それは…どうだろね。私の場合はいつの間にか使えるようになってたし、あ、でもミスティアならわかるんじゃない?スキル判定の魔法あったでしょ?」
「えー、あれ疲れるから嫌っすけど…このままじゃ足手まといっすもんね。仕方ないんでやってあげます」
はあとため息をつきながら準備するミスティアさん。
なんだろう、ありがたいけどちょっとムカつく。確かに今足手まといだけど。
そして俺がスキルの発現をしている間、ファルさん達は休憩をすることにしたようだ。
全員でコーヒーを飲みながら、焚き火の周りに集まり談笑する。
七海もその輪に混ざり、ファルさんへの質問を始めた。
「そういえば、ファルさんのスキルってなんなんですか?」
「ああ、残念ながら俺はスキルを持ってないんだ。」
七海の問いに、頰をかきながら返すファルさん。
あまりしてはいけない質問だったんじゃ?と一瞬思ったが、妹もファルさんも気にする様子はなかった。
そして妹が「私にもスキルないかなー」と能天気に呟いたところで、ミスティアさんが不意にすくっと立ち上がった。
「さ、分かりましたよエイト。スキルは持ってるみたいっすね」
「え、いつの間に!?」
「魔法は早さが命っすから。…でも、何のスキルかは分からなかったっす。《絵》とか《具現化》とか断片的な情報はつかめたんすけど…」
《絵》と《具現化》…
単純に考えれば「絵に描いたものを具現化できる」とかだろうか。
ミスティアさんもそれ以上はわからないそうだ。
ファルさんの「そろそろ帰ろうか」というかけ声もあったので、続きは帰ってから考えることにした。
「つっかれたー…」
夕飯を済ませ、風呂にも入り終えた俺は、ファルさんに用意してもらった七海との2人部屋のベットへ入った。
身体はいろいろなことがあってとても疲れているのに、逆に疲れすぎて眠れない。
それに、考えるべきこともある。
ここから元の世界に戻るにはどうしたらいいかとか、今後どうするかとか、冒険者になったらどうするかとか。
今まで状況があまりにも変わりすぎていたせいで気づかなかったが、冷静になってみるとちょっと不安になってくる。
そんな不安をかき消すように鋭斗は妹に話しかけていた。
「ーなあ、七海はもとの世界に戻りたいか?」
「うーん、今はどっちでもいいかな。冒険者ってすごく楽しそうだし、勉強もしなくていいし。兄ちゃんは?」
「俺は…一応週刊誌に連載してるマンガ家だからな。早く戻って原稿かかないと読者さんに悪いだろ?」
「そっかー。ところでさ、私達明日ギルドに行かない?そこで冒険者の登録したら、どっかの宿借りてさ…」
七海が楽しそうに話すのを見て、鋭斗は安心した。
妹は不安がっていない。この世界を楽しもうとしているんだ。
こういうとき、若いときの順応の早さが羨ましくなる。
「お前、強いな」
「まあ兄ちゃんよりはね!」
そう胸を張って自信満々の七海を見て、鋭斗の不安はすっかりなくなり、こういうのも悪くないと思い始めてすらいた。
そう安心して眠りにつこうと布団にこもったときだった。
「なあ、音がしないか?」
「え、音?…本当だ、なんか聞こえる」
もう夜も更けたというのに、なにやらカリカリという音が隣から聞こえる。
「隣は確か…ファルさんの部屋か。よし、ちょっと行ってくる」
「わ、私も!」
扉を開け出ようとする鋭斗に、慌ててついてくる七海。
特に止める理由はないので、一緒に隣の部屋へ向かいノックをする。
すると、「どうぞ」という声とともに、妹が遠慮なく扉を押し開けた。
「エイトとナナミか。どうしたんだいこんな時間に?」
「いえ、何か音が聞こえたんでどうしたのだろうと思って」
「ああすまない起こしてしまったね。悪かった。」
「いやそんなことは…ってそれは、何を書いているんですか?」
「これかい?これはね、『冒険譚』さ。」
聞き慣れない単語にきょとんとする2人をみて、ファルさんはペンを置き話し始めた。
「冒険者の収入は討伐依頼や護衛任務のお礼やモンスターから取れる骨や肉なんかの売り上げ金なんかがあるけど…1番の収入源ってなんだと思う?」
「え、えーと…うーん?お宝を見つけて売る…とか?」
「違うよナナミちゃん。冒険者の1番の収入源は…冒険譚の印税さ」
印税。確かに俺も、もとの世界の主な収入源は印税だった。
しかし冒険者の収入が印税とは驚きだ。
「この世界は未開発、未発見の場所がたくさんある。それらを調査し、新たな魔物や遺跡を発掘するまでを本にするんだ。確か1番売れたので1000万部くらいかな?」
「…ちなみにこの国の人口は?」
「約1200万人と言われている。」
その数字に、鋭斗は衝撃を受けた。
単純計算で約6人に5人。
人口の約83%がその本を持っているということになる。
そんなにも冒険譚は売れるのだろうか?
「別に驚くことはないさ。冒険者の総人口は1万人にも満たない。普段ほとんどの人は冒険しないんだ。非日常的な驚きとスリルを求めるのは当然さ。」
「なるほど…」
「でも僕には文才がなくてね。セレンやミスティアよりはマシだったんだけど、売れなさすぎていつもお金に困ってるんだ。」
「だからあんなに強いのにお金がないって言ってたんですね!」
「あ、こら七海…」
「いやいいよ。でも確かに、僕にまともな文が書かれば…」
「でもそれって、もう解決できますよね?」
「「えっ!?」」
七海の一言に、俺とファルさんは同時に驚いた。
解決?七海が解決できるのか?
もしや、七海が自分で文を書こうとしているのだろうか?
妹は決して文章を書くのが得意ではないはずだが…
そんな驚愕する俺に、七海は不思議そうな顔をして続ける。
「えっ、て…兄ちゃんだよ兄ちゃん。兄ちゃんなら冒険譚書けるでしょ?」
「…はい?」
「だから、兄ちゃんがファルさん達の冒険をマンガにして冒険譚として売るの!」
「はああああああ!?」
異世界生活初日、真夜中。
鋭斗の大声が部屋に響き渡った。