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Bullet!! ~新人銃士は、荒野に発つ~  作者: じんべい・ふみあき
第二話 魔の花、峠に咲く
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1.トカゲの盗賊鍋


 フレアヒェル大陸の南の内陸を占めるアンメイア王国。

 長大な山脈〈薔薇岩山地ルーカ・ルショイツ〉が国土の中央を占める、森と荒野の入り交じった国だ。

 この国は〈聖女信仰〉の聖地であるケタ外れの大木〈聖メイアの大樹ネツム・ヴーツ・ハイ・メイア〉をその東西に一柱ずつ持ち、古くからその信仰の中心地として栄えてきた。命をかけて荒野に緑をもたらした聖女の威光は、今も揺らぐことなくアンメイアを南陸諸国キュメルノッシュの代表の座に据えつづけている。

 国としては大陸で最大の面積を誇るが、山がちな地形のために人口はあまり多くない。大地を南北に分ける大砂漠が近いために雨も少なく、そのため農業よりも牧畜のほうが盛んであった。


 ***


 太陽がバラ色の岩山に隠れてしまう直前。霧が立ちこめる山のすそ野に、ぽつりと一つだけの焚き火が燃えはじめる。それはヴェクたちの野宿キャンプの火だ。

 山道で深い霧に出くわしてしまった彼らは、街道の横に立った大岩に馬をつないて晴れるのを待っていた。しかし霧はいつまでたっても引かず、いよいよ日が暮れるにいたって、彼らは仕方なく野宿を選んだのだった。霧をあなどってはいけない。草木の少ない岩だらけの世界では、それは簡単に人を迷わせてしまう。


 火を起こしてからしばらくして、ヴェクは焚き火のそばまで戻ると、さっき向こうで仕留めたばかり獲物をドサッと地面に置いた。


「そら、獲ってきてやったぞ。久々の大物だから食いでがあるぜ」


 胸を張ってそれを、まだら灰色のウロコが生えたオオトカゲを示したヴェクに対し、少女たちは感謝するどころかあからさまに顔を引きつらせた。ソシアがおずおずとたずねてくる。


「あの……ヴェクさん、これは?」

「今日の晩飯」


 そっけなく答えた彼だが、久しぶりの獲物には絶対の自信があった。正直に言えばもっと歓迎してもらえるとすら思っていたのだが、少女たちはとてもそれどころではない様子で、肩から毛布にすっぽりくるまったまま動こうともしない。冷えた山の空気に当てられでもしたかと心配になって、ヴェクは二人に問う。


「どうしたよ、お二人さんとも真っ青になってまあ。腹でも下したのか?」

「な、何で女にそんなこと聞くのよ! オッサン馬鹿バッカなの!?」


 ひどい剣幕で叫んできたラファムに、ヴェクあわてて言いなおした。


「い、いや、野宿で腹をこわすのはわりとマズいんだぜ? 水気が抜けてあっという間に動けなくなるし、出た物(・・・)の臭いで獣が寄ってくるから後始末が大変――」

「ぁあもうっ! じゃなくって、こんな不気味なのを本当に食べようっての!?」


 そう彼女が怒鳴ったことで、ようやく彼にも怒りの半分に見当がつく。病気でなかった事にホッとしつつも、さんざんな言われようにヴェクは一瞬ムッとした。しかし、物は不気味なトカゲなのだ。たとえ自分には美味そうに見えても、少女たちも同じであるとは限らない。そう思いなおして彼は笑顔を作ると、トカゲの首根っこをつかんで二人にかざし、脂の乗った腹回りをつついてみせる。


「ほら、こんなに太ってるんだぜ。美味いに決まってら。ナリは気持ち悪いかも知れねえが、でっけえ鶏肉みたいなもんだからな」

「あ、あの……私たち、まだトカゲを捌いた事がないので、できたらヴェクさん、お願いできますか?」


 物腰はやわらかく、でも迷惑そうにソシアがトカゲをこちらに押し返した。いよいよ仕方がなくなって肩をすくめ、ヴェクは火の横に座ると、適当な石をまな板がわりにトカゲ料理に取りかかった。

 手間ではあるが慣れたものだ。ナイフで腹をさいて内蔵を取り、硬いウロコは皮ごと剥ぎとる。身と骨を細かくえり分けながら、野生の臭いに顔をしかめる少女たちに彼は努めて語りかける。


「トカゲを食わねえとか……王国の人間ってのはだいたいそんなもんなのか? まあでも食う機会も増えるだろうしな。そう毛嫌いしたもんでもないぜ」

「絶対食べたくないし」

「はあ? 食わず嫌いしてっから貧相なんだよ。どことは言わねえけど」

「それこそ関係ないし! っていうか干し肉とかビスケットとかあるのに――」


 荷物に手を伸ばしかけたラファムを、ヴェクは短く口笛を吹いて止める。


「アホ、日持ちする物は最後の手段だって王立大でも習ったろうが。砂漠のど真ん中ならともかく街道筋かいどうすじで無駄に食ってんじゃねえよ。もったいねえだろうが」


 三人が王立大を発ってそろそろ一週間になる。

 支給された金貨は順調に減りつづけており、まだヴェクの財布には余裕があるが、なんやかんやと金を払いっぱなしの二人は果たしてどんなものやら。


「そーやって散財さんざいしてっと、行きつく先は日干しだぜ」


 きつい事を言いながらも、実は彼は、それなりに二人に気を使っていた。……少なくとも、本人はそのつもりだった。これがもし彼の一人旅なら、空腹だろうが寝心地が悪かろうが関係ないのだ。仕方がないときを除いては野宿をしないのも、晩飯に大きな獲物を狩ってきたのも、酒は二人が寝静まってからチビチビとやるのも、全ては上品な――あくまでも彼を基準にしてだが――少女たちへの、彼なりの気配りゆえだった。

 それでもこの一週間、少女たちは旅に、というか彼にあまり良い顔をしてくれない。もちろん二人も「楽しい観光旅行だ」などとは思っていないだろうが、ヴェクと彼女たちの間のミゾが広くて深いのも、これまた事実だ。


 ――この調子じゃこいつらか俺か、どっちかが先に参っちまうだろうな。そうならねえようにも、ここいらで少しは慣れてもらいたいもんだが……。


「ま、大抵の事は美味い飯で解決だな。うん」


 結局、そのつぶやきが彼の見解の全てだ。少女たちにはあって彼に圧倒的に足りないのは、おそらく繊細さであろう。彼がそれに気付くのはまだ先の話だが。


 それは置くとして料理はまだ続いている。肩肉やモモ肉は枝を刺して炙り焼き。洗った内臓の一部と腹肉は、ぶつ切りにして酒と香辛料、それに芋や豆などと一緒にナベへ放りこむ。オオトカゲがディナーへと生まれ変わっていくさまに、徐々に少女たちから驚きと感心の息がもれてくるのを、ヴェクはよせやいと笑う。


「料理も狩りも四歳から仕込まれてんでな。作らざるもの食うべからずって……いや、働かざるだったか?」


 だがせっかくの格言も、トカゲのスネを歯でこそぎながらでは様にはならず、それを少女たちが笑うのを見て、ヴェクもまた口角を上げたのであった。

 そうこうしているうちに鍋がいい塩梅になり、ヴェクが取ったフタの下からは、豆の色が移ってほんのりと赤く染まった、美味しそうな煮込み料理が姿を現す。崩れた芋と豆が脂の乗ったトカゲ肉に絡み、辛さと甘さ両方を含んだ匂いがいやでも食欲をかき立てる一品だ。

 ノドを鳴らしたラファムの横で、ソシアが鍋を指して彼にたずねる。


「……これは何という料理なのです?」

「いや特にないぜ。つけるなら〈トカゲの野盗鍋〉ってところか」

「なんかひどい名前」

「うるせえ。文句があるなら食わなくていいんだぜ」


 ヴェクが茶目っ気にカップをしまうフリをしたのを、ラファムがあわてて止めてくる。


「食べないなんて言ってないし!」


「言ってました」と、そこへソシアの指摘。「言ってましたね?」丁寧に念押し付きである。涼しい顔での裏切りに涙目になったラファムが、カップを乱暴に引っさらってヴェクへと突きつけ、いかにも不服そうにあやまってきた。


「ご……ごめん!」

「えぇ――まあ、あれだ、名前なんかどうでもいいんだ。なあ、ははっ――?」


 親友というには親密な、むしろ姉妹すら思わせる二人の力関係を見せつけられ、いまだに二人を詳しく知らないヴェクは困惑しながら料理を注ぎ分けるしかない。しれっと先に口を付けていたソシアが、すぐに目を丸くして彼におどろく。


「……これ、美味しいです」


 ヴェクはそれみたことかと笑って、自らも煮込みの入ったカップをすすった。


 ――目分量だったが、味付けはまずまずだな。


 トカゲに脂が乗っていたおかげだろうか。コクが深く、ほどよい甘さのスープにピリッとした香辛料の香りがよく合う。あれほど嫌がっていたラファムですら、おずおずと口を付けるなりパッと顔を輝かせたのだから。やはり美味い飯に尽きる、と持論を再確認しながら、ヴェクは満足ついでに炙り焼きを頬張ったのだった。


 仕方のない野宿だったものの、これが結果的にはヴェクと二人がうち解ける切っ掛けとなった。ヴェクは後に、この時のことを思い出してはトカゲの野盗鍋を作る事になるのだが、残念なことに、いまだその味を再現できてはいない。


 ***


 時は進んで翌朝。まだ毛布にくるまった三人に、軽いひづめの音がゆっくりと寄ってくる。深い霧の中で〈それ〉はトコトコと動き回り、黒い顔でわずかな草を探しては根本からはみ千切っていく。

 やがてそれは爆睡していたヴェクへと近づき……突然、二又のひづめを彼の腹にドスッと叩き込んだのだった。


「ぐはッ! …………ってんめぇぇ!」


 はね起きたヴェクは怒りまかせに銃を抜いたが、相手は怯むどころか曲がった小さな角を振りかざし、半月の形をした瞳で不思議そうに銃口をのぞき込んでくる。

 それは黒い顔で角が生えた、白くてモコモコの動物。つまりは羊であった。


 羊に文句などいくら言ってもムダだ。ヴェクはバカバカしくなって銃を収める。


「まったくひっでえ朝――だ?」


 そこで急に推理が彼の眠気を打ち払う。

 立ち上がってヒツジの尻を叩くと、彼は朝日に見えはじめた岩の尾根へと静かに歩き出した。その途中でさらに数頭を見て確信を深め、やがて尾根に登り切るなり、彼は眼下を見わたして軽く舌打ちした。


「こんな近くに村があるたあ、野宿しなくてもよかったんじゃねえのか?」


 小川が流れ込む大きな谷。そこに横たわった質素な家並みが、霧から素焼き瓦の屋根をのぞかせ、谷にさし込んだ朝日に赤く映えていた。


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