６．魔銃の祠
赤メノウの鍵が、レンガ大の銀と青メノウの錠前とガチリとかみ合い、フェアラムの懐へとしまい込まれる。
この強固な錠が封じていた扉は、それ自体が何枚もの板を重ね、さらに鉄の箍によってしっかりと補強されていた。大校舎の地下深くで木の根に守られるようにたたずむ、どこまでも厳重な扉。それがギリリときしみながら開いていく。
冷ややかな空気が扉のむこうからにじみ出て、逆に暗闇はむこうへと落ち込んでいく。手提げランプでも見通せない暗さの中、フェアラムの声が静かに響いた。
「ここに導火紐がある。ソシィ、火を頼む」
壁に寄ったソシアの手もとで赤い光がまたたき、途端にシュッと音がして火が壁の継ぎ目を伝って伸びていく。ポツ、ポツ、と部屋の獣油ランプに火が灯り、奥へと仄かな灯火が伝わる。
やがて広大な地下室が薄明るい光に満たされ、三人はそろって声を上げた。
「すっげぇ」「これが……」「全て〈魔銃〉なのですね」
「いかにも、我が王立大の保有する〈古き竜の魔槍〉の全て。だが略した〈魔銃〉の方が通りがよかろうて。本来なら式典を以て渡すべきだが、顔の知れた三人しかおらんからこれも略式だ。これらから好きに選ぶがいい」
フェアラムが両手をかかげて所狭しと並ぶ什器棚を示す。
そこに一丁ずつ飾られ、パチパチと燃える明かりを映し込む曇りひとつない白銀の銃、また銃、さらに銃。ざっと数えても二百丁は下るまい。
一丁ごとに銃匠の技が尽くされことがうかがえる優美な、そしてまるで純粋な願いの結晶のように輝く魔銃たち――伝説の獣である竜から名を譲られた大陸最高の武具。
――これが全部〈魔銃〉なのかよ、ありえねえ。
ヴェクの背筋が思わず寒くなったのは、それらが美しいからではなく、絶対なる恐怖の対象であったからだ。
「どうしたお前たち、驚かずに入って来い」
フェアラムが手招きをするが、三人はまだしばらく足を踏み出せない。銃士しか持つことを許されない至高の銃を前に、三人の誰もがすくんでいたのだった。
銃そのものは模造銃という形で広く普及しているが、魔銃は違う。なぜなら魔銃は人の手では作り出せないがゆえに。
銀の肌はしかし銀ではない。錬金学者も手に負えず、やけっぱちに〈輝鋼〉と呼ぶ異常なほど硬くしなやかな金属で出来ている。どんな銃匠でも傷一つ入れられない。彼らにできるのは、古い遺跡から出土した骨組みに木や金で飾りをつけ、足りない部分をおぎなってやる事ぐらいだ。
そう、魔銃は古代魔法文明の遺物。金を積めば手に入るような代物ではない。しかも希少なだけが、頑丈なだけがその全てではないのだ。魔銃には秘めた力が、それも比べるもののない破壊の力が宿っている。その恐ろしさを、ヴェクは四年前に身を以て知った。
「さて、お前たちの得意とする銃科は知っているぞ。ソシィ、長銃なら向こうの棚のものが良かろう。ラフィ、お前は輪胴銃の扱いと剣術に秀でているから、そちらの棚から選ぶがいい。……ヴェク、大丈夫か？」
フェアラムが彼の肩を掴んでゆさぶり、さらにそっと耳打ちする。
「安心しろ。今度はお前が撃つ側だ」
そして彼を正面の棚へと導く。
「お前は二丁銃術だったな。この棚のものはすべて左右二丁一組のものになるが……早まるな、私が選んでやろう」
ふらふらとヴェクが伸ばしかけた手をフェアラムが叩き、かと思うといくつかの銃を手にとって検分しはじめる。
「なんでアンタが選ぶんだよ」
「あの二人にはあらかじめ魔銃の手ほどきをしてあるからな。だが、お前は触れるのも初めてであろう、勝手も分からんものを選べるのか？ 腐らずに、ここは素直に好意を受け取っておけ」
それが好意なのかよ、と思わずふてくされたヴェクだが、やがて差し出された銃を見て目の色を変える。輪胴のない大柄の銃身、骨太の遊底に金具が多い自動拳銃。それは無骨でありながら、実用的で美しい二丁だった。
「装弾数、速射性ともに良好だ。模造銃で扱い方は知っていよう」
説明しながら、フェアラムが二丁を手早く分解して、部品を近くの机に並べていく。構造はヴェクが実習で使っていた模造オートマティックとそう変わらない。しかし台枠の底に埋め込まれた灰白色の織魔水晶や、スライドの下から現れた複雑な細工――まるで生き物の腸を小さくしたようなもグネグネしたものには、ヴェクはまったく見当が付かなかった。
「これは？」
「〈電翔機構〉と呼ばれている部品だ。いまだに詳しくは識れん古代魔術の細工物だよ。丁寧に扱うべきだが、私が試した限りでは火に入れても馬に踏ませても壊れなんだ。そら恐ろしいまでの頑丈さだな、まったく」
「その口ぶり……マジで試したんだな」
「そうでなくば武具として使い物になるまい。数千年を経てまだ動くというからには、そのくらいは耐えると踏んだよ。ちなみにこれ以上は分解もできん」
銃身と一体化した電翔機構をゴトリと置くと、フェアラムが組み立てるようヴェクに促した。
多少迷ったが問題なく再構築し、矯めつ眇めつ両の手で感触を確かめる。
――大振りなのは見た目だけで、そこらの模造銃より断然軽いぜ。しかも銃口には制動器まで付いてやがるし全体のバランスも最高かよ。そしてこの左銃は……
「排莢口が左か。これなら両手で撃っても自分に薬莢が飛ばねえな」
「お前のような粗忽者にはピッタリだろう。そら、ベルトと剣だ」
続いてフェアラムが投げて寄こした携銃帯には、銃をしまうホルスターの他に太ももに密着する形の鞘と、そこに収まる一対の刃物がついていた。
ヴェクはベルトを装着すると銃を収め、代わりに剣を手に取る。刃渡りは短く彼の二の腕ほど。妙に肉厚な刃が心線で二分されていて、どこかフォークを思わせる。刃もさることながら奇妙なのがその護拳で、拳で隠れるような柄に対して不釣り合いなほど長く、その背には小さなコブが並んでいた。
「それは破刃剣になっている。相手の剣を止めてへし折るためのものだな」
「このやたら無駄に伸びたガードは…………ああ、そうか、そういうことか」
ヴェクはソードブレイカーを観察して閃き、銃を再び取る。剣と魔銃には対応した金具があり、両者を組み合わせる事ができるのだ。
ガチリと強くかみ合い一体化したそれは、拳から刃を真っ直ぐ延長したような何とも奇妙な武器となっていた。似たような武器に拳剣があるが、これは拳銃剣と呼べばいいのだろうか。柄は魔銃とソードブレイカーのガードから成り、彼の手を保護すると共に射撃も可能にしている。攻撃の全てが拳の先に集約された形だ。
ヴェクは虚空に向けて何度かそれを振り、さらに得意の拳闘の動きでシュッシュッと連撃をくり出したあと、ニヤリと歯を見せてうなずいた。
「下手にサーベルを振るより様になっているぞ。お前らしい武器だろう」
ヴェクの得意な戦い方に合わせた魔銃。それを選んだフェアラムが、彼に得意満面の笑みで応じた。
そこへ少女たちが戻ってくる。それぞれ魔銃とホルスター、そして剣を携えて。
「フェアラおばさま、これでどうかな？」
言いながらラファムは、手にした大柄のリボルバーと短刃剣を組み合わせ、魔銃剣とでも呼べそうな武装にする。リボルバーの銃把が奇妙なほど後ろに反り返っているのは、魔銃剣の時に手に対して刃を自然な角度にするためだろう。明らかに銃としてではなく、剣として作られたことが分かる武器だ。
「それに目を付けるとはな、ラフィは本当に剣が好きだな。してソシィは――本当にそれで良いのか？」
珍しくもフェアラムを戸惑わせたのは、ソシアが大事そうに抱える長銃。
棹桿が目立つ外見は模造の鎖閂式長銃とそう変わらない。せいぜい銃身を覆った木製ガードが肉厚で、弾倉も大ぶりだというぐらいか。
だがラファムの例もある。ヴェクは彼女が腰に下げた剣を見て、フェアラムと同じように眉をひそめた。
線の細い少女にはまったく似つかわしくない肉厚で大ざっぱな刃。剣と言うよりはナタか、さもなくば鉄板か。魔銃と銃剣がセットなら、あれはどう組み合わせればいいというのか。
「フェアラおばさま。おそらく私の力では、こちらの方が役に立ちます」
本人がそう言って胸を張るあたり、きっと意外な形の活用方法があるのだろう。今はまだそのお披露目ではないらしく、彼女はそれ以上に何も話さなかった。
「……ふむ、それで良いというなら何も言うまい。三人とも、今よりその銃がお前たちを守り、共に歩む相棒となる。絶対に手放すべからず。しかし銃士の任を解かれた時には速やかに返却せよ、よいな？」
フェアラムの念押しに、三人は重くうなずく。
銃士が魔銃を持てるのは銃士でいる間のみ。それは個人には過ぎた力だ。と、そこでヴェクは気になった事をたずねる。
「そういやまだ教えてもらってねえが〈あの力〉はどうやって使うんだ？ たしか……〈竜の咆吼〉だったか？」
その名を彼が口にした途端、他の三人の目がキリッと彼に向けられる。中でもフェアラのそれはとても鋭く、そして冷ややかだった。
「それは銃士の奥義、軽々に教える事はできん。試練の中で自力で掴むものと知れ……とはいえ、すでにこの二人は知っている事だが」
――ここに来て身内びいき再びかよ。
ヴェクの不服が顔に出ていたのか、それとも最初からその反応を見越していたのか、フェアラムが即座にニヤリと笑って手を叩く。
「なんだ、そんな顔をするなら一つ提案をしてやろう。ラフィとソシィはこの男と試練を共にせよ。我の代理としてこのバカが魔銃を持ち逃げせぬように見張り、もし奥義を授けるに足りると知ったなら――」
彼女の瞳が、パチリと弾けた獣油の火を受けて真っ赤に燃え上がる。
「授けてやれ。〈竜の咆吼〉の何たるかを、な」
瞬後、うす暗い魔銃の祠いっぱいに三人分の悲鳴が響き渡ったのであった。
