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Bullet!! ~新人銃士は、荒野に発つ~  作者: じんべい・ふみあき
第一話 野盗、新士となる
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2.屋根裏の出会い


 このフレアヒェル大陸における法の番人、それが〈銃士レシャール〉である。


 彼ら銃士は都市や国家に仕え、昼夜を問わず犯罪や化け物と戦い続けている。レシャール、すなわち〈騎乗する者〉という銘は、かつては剣と礼節に精通した騎士に贈られたものだ。主な武器が銃へと移り変わった今日こんにちにおいても、その伝統は堅持されている。

 アンメイア王立銃士大学校。略して王立大。アンメイア王国に三校、大陸全土にも十校しかない正統な銃士学校の一つであり、同時に王国の銃士教育における総本山でもある。

 かつては要塞と神殿の都市だったが、今は学園都市として山ほども大きい〈聖メイアの大樹ネツム・ヴーツ・ハイ・メイア〉を中心に校舎が建ちならび、城壁とほりの外には多くの宿舎と市街地が広がっていた。

 千名近い若者が毎年、銃士を目指してこの王立大の門をくぐる。だが厳しさでは大陸一とも言われるこの学校にあっては、やがてその多くが夢に破れて同じ門より去っていく。

 そう頻繁ひんぱんではないが新士しんし、つまり卒業者が出ない年すらあるという噂もあった。


 ***


 時は聖女メイア歴3571年、その春のある日。

 この年の〈王立大卒業テスト〉は波乱含みの最終日を迎えていた。

 テストは前半を筆記と面接、そして実技からなる能力テストに、後半は課題に取り組む実践テストにと分かれているのだが、この年はいったい何がたたったのか、ほとんどの生徒が前半で脱落という惨たんたる有様であった。実践テストに歩を進めたのは五人に一人、その数たったの八十余名という少なさである。

 実践テストは丸一日にもおよび、朝の前半合格者の発表をもって始まり、日暮れを合図として終わる。その舞台となる城壁内へは立ち入りが制限され、たとえ教官であってもみだりに入る事は許されない。

 課題は年ごとに違う。今年の課題は「学校のどこかに潜む校長を見つけろ」という極めてシンプルなものだったが、ときにシンプルは簡単と同じではない。事実、王立大では課題がシンプルであればあるほど「新士がいない年」になる傾向があるのだった。

 乱世に生きた先達せんだつとは異なり、太平の世の銃士には武よりも知が求められる。重視されるのは隠された真実へたどりつく優れた推理と、かすかな手がかりを見逃さない鋭い観察眼だ。

 それらを計るためにテストに挑む者たちへの助力は禁止されているが、だからといって彼らは孤独ではない。課題がシンプルならば禁じ手もまた少なく、とくに他の候補生との連係は、禁止されるどころか暗にすすめられてもいた。


 最終日も昼過ぎ。脱落者たちが宿舎で、枕を濡らして投げての大騒ぎをしていたころ、城壁の中では前半合格者たちの必死の足音がこだましていた。手がかりを求めて数十人が走り回り、出会っては情報と意見を交わす。それでも一向に校長が見付からないあたりが、まさに今年という波乱の年を表していた。

 そんな騒ぎからやや距離を置いて、黙々と校舎を調べてまわっている二人の少女がいた。古い木造校舎の屋根裏。積まれたガラクタをあれこれと確かめていた金髪の少女が、階段の踊り場から下を見張っている少女にたずねる。


「これで……ほとんど調べたよね?」

「やはり〈あの人〉の事ですから、当たり前の場所には隠れていませんね」


 二人とも青のケープをつけているが、その服装はずいぶんと違っていた。

 階段の少女のおしゃれな若草色のワンピースドレスに対し、もう一方は質素なシャツと当て皮のついた半ズボン姿。髪もドレスに合う青銀あおぎん色の結い髪と、肩の高さでザックリと切りそろえられた金髪という好対照だ。

 しかし猟犬を思わせる鋭い面差しだけは、二人ともとてもよく似ていた。


「ソシィ、これまでに潰した場所を見せて」

「その前にラフィ、頭に蜘蛛の巣がついてますよ」


 あわてて髪を払った少女の名はラファム。それを見て、口に手をやって笑ったドレスの少女の名はソシア。二人は同級生で共に前半合格者だった。


「もう普通ふつーの場所は外していいよね?」

「そうですね、念には念を、と思いましたが。あと調べてないのは旧教官棟、弾薬庫に武器庫……それと下水道ですか」


 天窓からの陽射しを頼りに、床に広げた校内の見取り図をのぞき込む二人。

 そこに手書きで「捜索済み」とされているのは、倉庫、物置、屋根裏に地下室などなど。いずれも人が隠れる場所としてはありふれている。


「下水はもしかするとアリだけど、探す時間が惜しいから外そうよ。あとくっさいし」

「それは、あの人も同じ事を言いそうですよ」

「そうだよね。……ぁあもう! 他の人の手を借りたいけど――」


 他の合格者と距離を置く者はそう多くない。というのも人を探すなら、最も大事なのは単純に目の数だからだ。町ほどもある学校全体をしらみつぶしに探すつもりなら、合理的に考えて外の合格者たちに合流するべきだろう。

 しかし、彼女たちにはそうできない事情があった。


「校長も人が悪いですね。私たちにだけ協力禁止を押しつけるなんて」


 実はこの二人、校長とは親しい間柄で、ゆえに校長本人から他の合格者とはやや違う課題を渡されていた。

 わずかな時間で逃走者の人柄を知ることもまた実戦テストの一部だ。あらかじめ人柄を知る二人が他の合格者に協力しては、テストの半分にカンニングを許すのと同じこと。方や目が足りず、方や知が足りない。ここまでしてようやく二人とそれ以外が釣り合うということらしい。


圧倒的あっとーてきに人手が足らないんですけど? ここまで探すのにもう半日だよ?」

「移動だけでそれなりの時間を食いましたね。やはりもう一度、行動を読み直さないと…………ラフィ?」

「ソシィも?」


 ふいに二人は口をつぐみ、周囲へとピンと神経を張った。

 すきま風のわずかなうねり、ときおりネズミのこそこそという足音。それらの合間に静けさが入りこむ。だがわずかに混じった無意識の吐息……その出所は。


「そこ、銅綴じの長持チェストの裏!」


 ラファムの声が屋根裏のガラクタを打つ。それに驚いたネズミたちのキーキーという文句のむこうで、ホコリと床板がわずかに擦れて小さな音を立てた。


「キミだね! 昼前から私たちをつけ回してた人。盗み聞きなんかしてないで堂々と姿を現したらどうなの?」

「その態度は褒められませんね。どうしても出てこないなら、撃ちますよ」


 二人はケープの下の肩釣りホルスターから、学校から支給されている訓練用の銃を抜く。弾数四発の小さな輪胴銃(リボルバー)に最弱の弾という悲しいほどの豆鉄砲だが、武器として無力ではなない。少なくとも怪我させるくらいは簡単だ。


「…………待て、待ってくれよ。そんなに怒る事はねえだろ」


 気の抜けた声と共に、長持チェストから長身の人物が両手と顔をのぞかせた。

 屋根裏のうす暗さにとけ込む浅黒い肌にクシャクシャの長髪。青ケープが似合わない長身の男は、二つの銃口に狙われ両手を上げたままゆっくりと二人に近づく。


「そりゃ、確かに、つけてたのは悪かった、あやまるよ。だが禁止されちゃないのに何だってそんなに腹を立ててるんだか、理屈に合わねえぜ?」

「こっちにはこっちの事情があるんだよ。大人しく姿を消して……ううん、じゃなくて、周りからいなくなってくれたらそれでいい」


 言いながらラファムは銃口を振って男を階段へと向かわせる。

 と、ソシアがすれ違おうとした男を止めさせた。


「あなたは確か西棟の生徒の、元野盗さんでしたね。なぜ私たちに目をつけたのですか」

「さてね……そっちに事情があるってんなら、それは俺の事情ってことで」


 とぼけてみせるその背中を、ラファムの銃口がつつく。


「どっちでもいいよソフィ。ね、もう追ってこないでよ。迷惑だから」

「はいはい。っと、そうそう、これはサービスで言っとくけどな」


 男が見取り図にアゴをしゃくる。


「旧教官棟と弾薬庫には鍵が掛かってた。出入りした跡もないぜ。ついでに入ってみたが誰もいなかっ……ておいおいおいおい!」

「余計な口を!」


 ラファムが怒りもあらわに男の鼻に銃を押しつける。

 しかしすぐにソシアが間に割って入り、銃を下げさせると男に向きなおる。


「ラフィ! ……報告はけっこうですが必要ありません。お引き取りください」


 男は「もう追わねえよ」と口を曲げると、わざとらしく音を立てて階段を下りていく。

 ラファムはそれを追って踊り場に仁王立ちし、靴音が消えると今度は窓に顔を寄せて、男が校舎から出るまで目を離そうとはしなかった。やがて男が別の校舎に隠れるや、ラファムは見取り図に書き込みを加えようとするソシアに詰め寄った。


「あんな奴の言葉を信じるの!?」

「冷静に考えてラフィ。校長の行動から考えても、この二箇所は除外すべきです」

「そりゃそう……じゃなくて! 相手は元悪人だよ、そもそもが銃士の敵だ!」

「だとしても、今は彼も生徒、そして合格者でしょう。新士になりたいのは彼も同じだと信じましょう。たしかに気になります。何を考えての行動かは〈聞こえません〉でしたし、利用されている可能性もある。でも残り時間は多くありません」


 ソシアの言葉になお口を挟もうとしていたラフィだが「聞こえない」と言われた途端、ぐいとアゴを引いて黙ってしまった。その瞳に戸惑いを浮かべるラフィに対し、ソシアは彼女の肩に手を置いて続ける。


「今は集中してラフィ、お願いです」

「……ソシィは……姉さんはずるいよ。何でも一人で決めちゃうんだから」


 どちらからともなく、二人は見取り図に目を落としたのだった。


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