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Bullet!! ~新人銃士は、荒野に発つ~  作者: じんべい・ふみあき
第三話 虚人、闘技場に現る
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7.灼眼の虚人


 すり鉢状に作られた木組みの客席の一角。興奮ぎみにひしめき合う観客たちの中で、ヴェクは疲れと不安を重く長いため息にして吐き出す。

 ミカナムと〈無敗の男(バオツ・ガケフ)〉の試合がもうすぐ始まろうというのに、彼にできるのは客に紛れてミカナムの戦いを見守るだけ。手を打ちあぐねるままに時間を無駄にした情けなさに観客席の床へと視線を落とす彼を、ラファムが横から小声で注意してくる。


「ヴェク、ちゃんとまわりを見て」

「……ああ、すまねえ」


 ヴェクは再び顔をまわりに向けつつ、努めて自分に言い聞かせる。


 ――しっかりしろよ俺。今の今まで何事もねえなら、何かあるのはこれからだろうが。水際だろうがなんだろうが、守るべきは守らねえとな。


 あの峠の村の事件から、彼の中で何かが切り替わりつつある。銃士を目指したのは強いられたからで、その道を学んだのは周囲に促されたから。頭ではそうわかっていても、彼は守る者としての矜恃プライドが胸に息づくのを止められない。


 客席に囲まれた闘場へ注目すれば、その中央に歩み出していく一人の男が目に留まる。やせぎすで色黒、落ちくぼんだ瞳がいかにも狡猾そうであり、金かがりの入った黄色のローブを引きずって歩く男。

 彼こそ、この闘技場の胴元であり、国内ではそれなりに有名な興行師こうぎょうしでもあるロゴブだ。彼はさし上げた両手で観客のざわめきを制し、よく通る声で呼びかける。


「紳士淑女の皆様お待たせいたしました! これより本日のメインイベント、世紀の一戦が始まります! まずは上手かみてより紹介いたしましょう、本闘技場の若手最強であり、今期無敗の可憐なる戦姫いくさひめ、ミカナ――ム・ラトナー!!」


 ヴェクたちから見て正面のゲートが開き、笑顔を振りまきながらミカナムが入場してくる。普段からさらにうすぎぬを減らした裸同然の格好で、日焼けした肌を惜しげもなく客にさらし、たくましくもしなやかな身体を見せつける。

 彼女を迎える歓声には下品な口笛も混じっていたが、それも私営の闘技場なら目くじらを立てるものではない。大衆の悦びに貪欲に応えられるのは草の根の強みであり、それこそが人気を支える命綱なのだ。


「続いて下手しもて、今回は挑戦者としての登場だ! 鉄面の素顔は誰も知らない! 恐るべき肉壁、まさにくろがねの城! 前年度の闘場覇者が戻ってきました! 皆様拍手でお迎えください!」


 ロゴブの口上が終わらないうちに、ヴェクはズムッという重い足音が床からわき上がるのを感じ、その存在感に知らずの内に奥歯をかみしめた。


「〈無敗の男(バオツ・ガケフ)〉ゥゥゥゥッ――――!!」


 ヴェクたちが座る席の下でもう一つのゲートが開き、鉄板の背中が闘場へと歩み出していく。大男は一直線の歩みで闘場の中央まで行くと、そこで両の拳を打ち合わせて観客にアピール。闘技場を内から壊さんばかりに沸いた大歓声を受け、ロゴブが大声を張り上げた。


「さて皆様、勝ち札の購入はお済みか? さあよろしいか!? ……では世紀の一戦とくとご覧あれっ!!」


 銅鑼ドラが打ち鳴らされ、審判席へ走り去るロゴブの後ろでミカナムが距離を図りながら横へ飛び、それに大男が腕を広げて応じる。


 ついに始まってしまった試合に、しかしヴェクたち三人は目を向けていない。それぞれが客席や天井へと、不審な影を求めて目をこらしていたせいだ。

 脅迫者の言うところの「重大な事態」が何かはさておき、まず警戒すべきは銃撃と相場が決まっている。銃が普及してすぐから、この方法はあらゆる殺人者にとってのお気に入りとなっていた。鍛えられた肉体も弾丸に対しては無力。撃たれる前に撃つしかないが、差し渡しが五十大寸(トゥノーシュ)(約90メートル)にせまる闘技場に対し、銃が三丁、目が六個というのは正直頼りない。それでも彼らは諦めるわけにはいかないのだ。


 そのまま歓声に埋もれつつ、気の抜けない時間を送ったヴェクは、ふと、あのザワザワと首筋から離れない違和感が強くなるのを感じてとまどう。


 ――なにか、おかしくねえか?


 その出元を探して、彼は途切れがちに試合の行方に目をやった。


 ミカナムの不利はすぐに見て取れる。

 そも鉄のよろいに対して革の具足というのが不公平に映るが、これはヴェクの知るところに照らせばそうとも言えない。鉄鎧はたしかに硬いが、一方で重く動きづらいためにいわば「着る拷問」でもある。身につけただけでも体力をガリガリと削られるのだから、動き回る相手に合わせていれば体力がもつまい。現にミカナムが動き回っているのは、明らかに相手がへたばるのを狙った動きだろう。

 もちろん相手も酔狂で鎧を選んだわけではなさそうだ。鎧の重さをハンデと考えても一向に動きが鈍る様子がないのは驚くべきであり、あの鉄の皮に隠された肉体は怪力なだけでなく、かなりタフであることも確かなようだ。


 ――いや、やっぱりあのデカブツだ。


 ヴェクは知らずの内に大男に注目する。違和感は今や収束しつつあった。


 そして気付く。大男は肉体こそすさまじいが拳にまるで工夫がない。

 力任せに腕を振りまわすその姿はまるで子供のようで、拳闘をかじるヴェクとしては、正直これだけの観衆を沸かせる存在とも思えず――。


「……重すぎます」


 と、左から小さなつぶやきが流れてきた。

 ヴェクが振り向けば、そこではソシアが小さな遠眼鏡テレスコープを取り出して闘場を観察している。彼の隣でそれに気付いたラファムが親友に声をかけた。


「どうしたのソシィ?」

「あの大男、軸足のめり込み方が重すぎです。まるで馬か、あるいはそれ以上の重さがあるようですが……」


 言われてヴェクが目ををこらせば、たしかに鎧男の軸足は深く砂にめり込んでいた。だが砂というのは案外、上からの圧力には強いものだ。鎧の分を加味したとして果たしてあそこまで潜るものだろうか。

 ヴェクは昨日の記憶を引っぱり出す。


 ――そういやアイツ、飛び降りただけで地面が揺れるわ、馬車はバラバラになりそうだったわ、確かにとんでもない重さがあるだろうな。いったい奴は……?


 直後、横に大きく振られた大男の腕に、バランスを崩したミカナムがとっさのガードごとなぎ払われる。そのまま十数歩の距離を吹っ飛ばされ、彼女が白砂に血を吐くのが見えた。

 その瞬間。


「――行こう!」


 突然吠えて立ち上がったラファムが観客を押し退けようとするのを、ヴェクはあわてて彼女のシャツのそでを引いて止めた。


「おいちょい待ち! いきなりなんだってんだ!?」

「今の見たでしょ!? このままじゃミカさんが殺されちゃうよ!」

「その前に勝負がつくだろうが。今のだけでも立てるかどうか……おいおいおいソシィまで」


 二人の隣で、今度はソシアが包みを解いて魔銃を出す。気付いたまわりの客が怯えるのにも構わず、彼女は銃をかざすと泡を食うヴェクに問いかける。


「この試合そのものが『重大な事態』と見ました。あの男はおかしい。ヴェクさんも思いませんか?」


 ヴェクもソシアの言うとおりなのは認めざるを得ない。

 この闘技場で何がおかしいといえば、まさにあの大男の存在を置いて他にはないのだ。昨日は不確かだった疑いは、あの立ち回りを見れば確信に変わる。もはやヴェクにも、鎧の中に入っているのが人間だとは思えない。

 直感に従うなら試合を止めに入るべき。証拠はないに等しいが、ミカナムの身が第一だ。あの拳をもう一度受ければ真剣に命に関わる。


 ヴェクは一息つき、一気に迷いを投げ捨てる。


「……しゃあねぇな!」


 吠えるや彼がかかげた拳銃剣ガンカタールへ、ラファムが待ってましたと魔銃剣ガンブレードを重ね、最後にソシアが長魔銃ライフルを打ち合わせる。〈輝鋼フローツス〉同士のガラスのような甲高い打音と共に、三人は周囲の観客たちへと叫んだ。


「民生銃士です、退いてください!」

「通るよ道を空けて!」

「オラ退きな怪我しても知らねえぜ!」


 魔銃を目にした客たちが慌てふためいて道を空け、できあがった即席の急な階段を三人は一斉に駆け下りると、その勢いのまま闘場へと飛び降りた。


「な……いったいなんの騒ぎですかな!?」


 審判席からロゴブが血相を変えて飛び出してくるが、ソシアがライフルを横に構えて彼を止める。


「私たちは民生銃士ギルドの銃士です。この試合に不正があると判断し、民生銃士の権限および市議会の賭博に関する取り決めにしたがって試合の即時停止を要求します! ラフィ、ヴェクさん、ミカさんの保護を!」


 ソシアの指示にヴェクたちはすばやく動いた。ラファムが倒れたミカナムに寄るのを見て、ヴェクは二人と大男の間に走って割って入ると、両手の拳銃剣ガンカタールを油断なく大男に向けて啖呵たんかを切った。しかし……。


「おおっと動くなよ! 悪いが勝負は預からせてもら――ってはぁっ!?」


 おどろき思わず身を伏せたヴェクの頭上で、鉄でくるまれた丸太のような腕が宙を凪ぐ。彼は右にたたらを踏んで距離を取り、体勢を整えつつ大男を信じられないとばかりに見つめる。

 魔銃にひるむどころか邪魔をするなとばかりに襲ってきた。常識ではありえない行動、そこにどんな勝算があるというのか。だが少なくとも彼は、ヴェクごときに負ける気はないらしい。


「治安妨害たぁ上等だ! 後悔すんなよ!」


 軽く見られたという事実に歯ぎしりしつつも、彼はすばやく銃の狙いを決める。いくら銃士でも命を奪うのは最後の手段で、それも新士となれば御法度と言っていい。手加減と威圧とをまばたきする間に天秤にかけ、彼は浅めの弾道を選んだ。


 果たして放たれた弾丸は大男の左の肩鎧を打ちすえ、鋭い音とひかえめな火花を咲かせる。たとえ鎧は貫けなくとも、内に伝わった衝撃だけで肩を外してしまえるはず。

 だがそんなヴェクの予想は、もろくも非常識のかたまりによって簡単に打ち砕かれた。


 大男はゴキリと首を巡らせると、事もあろうに撃たれた左腕をヴェクの拳銃剣ガンカタールめがけて振り上げる。たまらず後ろへと飛び退いたヴェクの目前で、無造作に振り下ろされた腕によって砂地に両手で抱えるほどの穴が出現した。

 ヴェクは戦慄し、自分の顔から血の気が引くのを感じ取る。もはや人のしわざとも思えない。


 そこへすかさず後ろからラファムの叫びが飛びこむ。


「ヴェク下がって!」


 とっさにヴェクが身体を丸めて横へと飛べば、高いうねりを含む銃声と共に、さっきまで彼のいた空間を赤い火線がつらぬく。炎を尾に引く弾丸が大男の左腕に着弾。間髪入れず鎧の下からズムッという音がとどろき、次の瞬間には腕の鎧が内側から弾け飛んだ。


 ラファムの魔装弾。ヴェクはその威力に歓声を上げる。


「ひゃははっ、すっげぇ――――は?」


 だが彼の声と思考とが、続く事実の前に凍り付く。

 鎧の下からのぞく、大男の傷ひとつない腕。無事だった事よりもその色が、その輝きが、彼から声をうばい、思考を混乱へと突き落とした。


 ――青白い金属の肌。月光肌ムーンシャイナー・スキン……


 観客たちのざわめきが一斉に止み、ついで音そのものが高まる血のうねりにヴェクから遠ざかる。この世で月光肌を持つのは、それは――。


虚人フュナーブだ!」


 直後、誰とも知れない絶叫を、キンと耳をつんざく、そしてジリリと不快にざらつく〈音〉がさえぎったった。一瞬の緑の燐光りんこうが大男のかぶとに突き刺さり、続いて爆風と衝撃がヴェクの全身を叩く。


 ゆっくりと転がっていく彼の視界で、大男の身体から風の壁が鎧を引きはがし、残った青白く輝く巨体をあらわにしていった。それはビリッとふるえて輝きを失うと、頭から赤い破片を散らして地面に前のめりに倒れる。

 砂にこぼれた赤は血でも脳でもない。ジリリと火花を散らす水晶。そう、人形の頭部は瓜ほどもある水晶玉だったのだ。


「今の、は〈竜の咆吼(ハイン)〉か……ってことは、ソシィ、か?」


 投げ出された砂地から起き上がり、ヴェクはつぶやきと共に、にわかに騒がしくなった観客席を仰ぎ見る。客たちが半狂乱で出口に殺到する。客をなだめるはずのスタッフたちの姿もない。

 

 だが当然か。

 あれは、あの巨人は、恐怖そのものなのだから。


 ***


 かつて――と言ってもほんの五十年ほど前の話だが、フレアヒェル大陸はいまだかつてないほど大きな戦火にみまわれたことかある。それはあまりにも大きな、そして変革をともなう戦争だった。

 その変革の中に、とりわけ人々を恐れおののかせたものがあった。

 大陸の総意でもって禁忌の怪物とされ、戦後に徹底的に狩り尽くされたそれは、全ての個体に共通するおぞましい特徴、中身のない人形という特徴からこう呼ばれている。


 ――虚ろの人、すなわち虚人フュナーブと。




第三話 「虚人、闘技場に現る」 終幕、次話へ続く

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