2.民生の団長
都と呼ばれるほど巨大な街ともなると、銃士ギルドは部門別に分かれて複数あるのが普通だ。
部門の分けかたは街ごとに様々だが、大きくは保安と対犯、そして民生という三つがある。保安は主に都市の外からやってくる〈砂漠の怪物〉や盗賊団への対応を目的とし、対犯は都市で起こる犯罪の取り締まりを使命とする。
そして民生は〈民の生活〉という名のとおりに、市民生活についての様々なトラブルに対処するのがその役割だ。街の見回りはもちろん苦情や失せ人についても受け付け、果ては法の相談や税の取り立てなども受け持つ。他の部門と比べるとはてしなく地味だが、巨大な街をすこやかに保つためには欠かすことができない。そう民生銃士とは、まさに都市における縁の下の力持ちなのである。
***
「十二番の木札でお待ちの方、こちらへどうぞ」
品の良い広々とした待合室。色違いの木版をおしゃれな組み模様にあしらった壁と天井に、軽快なベルと若い受付嬢のよく通る声がはね返る。
座り心地のよい布張りの長椅子から立ったヴェクは、同じく立ちあがった少女たちと共に、待合室の一端に開いたカウンターへと向かう。丈の短いワンピースドレスを着た受付嬢が彼らを迎え、木札を受け取ると応対用の笑顔を作る。
「新士の皆さま、ようこそコンスナファルツ民生銃士ギルドへ。待っていただいて申し訳ありません。当ギルドの方針で外からの方は一律に扱うようになっておりまして。それで今日はどのようなご用件でしょうか。お仕事の紹介でしたら、そちら右手の扉から入っていただくと事務室が――」
「いや、そっちじゃなくてだな……」
受付嬢の戸板に水の口上をさえぎったヴェクだが、どう切り出したものかと考え込んでしまい言葉が続かない。もちろん、てっきり向こうが用件を察してくれるものと思っていたせいもある。
彼の隣で何やってるのと言わんばかりにラファムがため息をつき、受付嬢へと身を乗り出すと小声で告げる。
「えっと、私たちルベアシャール卿に……教導者に会いに来たんだけど」
それを聞いた受付嬢は、意外そうな様子で彼らを順に見やり、そしてすぐにイタズラの気のある薄い笑みを浮かべた。
「あら、ずいぶんと早いお気づきで……っていうかウチで手がかり出すはずだったのに、いきなり来るなんてビックリというかたぶん初めてですよ。とにかくまずは、おめでとうございます」
言いながら手を叩いて喜ぶ受付嬢に、ヴェクは少女たちと顔を見合わせた。
受付嬢の言葉から察するに、ギルドで仕事を引き受けるとそれとなく教導者のヒントが出される仕組みだったのだろう。そのつもりで素知らぬふりを決め込んだ彼女に、どうやら彼らはいきなり正解を持ちこんでしまったらしい。
ともかく事情は伝わったようだ。受付嬢が喜色をひそめ建物の奥を彼らに示す。
「そちらの奥へ進んで、階段を上がって一番奥の部屋が団長の執務室になっています。試練については団長に直接どうぞ」
それだけ言うと一礼して、彼女は次を呼ぶためにベルを取った。
邪魔をしないようにカウンターを離れたヴェクたちは、言われたとおりに待合室を奥へと向かい、扉をくぐると長い廊下と扉の列を抜け、突き当たりの階段を上がる。過ぎていく通路にはあちらこちらに箱や袋が積まれ、お仕着せを着たギルドのスタッフたちが部屋から部屋へと忙しそうだ。紺の制服は上品にまとめられ、ギルドと知らなければ建物の雰囲気も合わせて高級な宿屋にも思えたはずだ。
とはいえ観察もそこそこに、三人は最奥へと硬い足どりで進む。だがしかし、件の部屋の前まで着いたとたん、全員ではたと足を止めてしまった。
目の前に立ちはだかる重厚な木の扉。いかにもなという威厳を放つそれに掛かった金のプレートには、どういうわけだか踊るような筆記体で「ますたぁのおへや♪」というふざけた文句が刻まれていたのだった。
――そこは普通〈首席執務室〉とかじゃねえのか?
困惑に思わずアゴに手をやったヴェクに、ラファムが顔を寄せて聞いてくる。
「えっと……ここ、でいいのかな?」
といって彼にわかるわけもない。なんとも言えず肩を上下させたところで、ソシアがとまどいがちに二人の前に出た。
「ま、まあ、一番奥には違いありませんし」
彼女がノックしてみれば。
「――はぁい、開いてるから入ってきなさいな」
果たして返ってきたのは、鈴を転がすような、そしてなんとも軽々とした高い声だった。いよいよ入りづらいが、さりとてノックした以上もう他に道はない。
ヴェクは意を決して先陣を切り、金に光るノブに手をかける。えいままよ、と彼が押し開いた扉の先には……。
「あら、あらあら? まあまあまあ、新士の方々よね?」
三人に驚き、それから迎え入れるように両腕を広げた女性。存外に広い執務室の中にひとりだけで、他には誰もいない。正面に据えられた大きな机が机が執務机であるなら、そこに座る彼女こそが団長なのか。ヴェクと同年代の、若い女性が。
いや若さだけなら、あるいは女性というだけなら、まあそんなに驚くものでもない。銃士の世界はあくまでも実力主義だ。若い女性団長など例外にすら含まれないしむしろ多い。強きもの汝の名は女なり。
ヴェクに信じがたい気持ちを呼び起こしたのは、その人物の格好だった。
紗を何重にも重ねたバラ色のショートドレスもフワフワに、肩に下がった銃士の帯にはガラスで作られた花がこれでもかとばかりに咲き乱れている。くるくると巻いた金髪は、まるで派手な帽子のように複雑な編み方で整えられていた。
そう、ひと言で言えば少女のような格好で、しかもそれが変に嫌みではなく、甘い雰囲気のうりざね顔にピッタリと似合っているのだから本当に言葉に困る。
予想していた姿とは真っ向正反対な彼女の出で立ちに衝撃を受け、ヴェクは一歩も動けずにいる。横の少女たちも同じような反応だ。それに対してルベアシャール卿(?)は丸い瞳をパチクリとさせると、パタパタと三人を手招きした。
「そんなところで固まってないで三人ともいらっしゃいな。すぐにお茶とお菓子を持ってこさせるから」
「――ああ、いえ……ではなく、失礼します」
いち早くハッと正気に戻ったソシアが先に扉をくぐり、いまだ何が何やらという体のヴェクたちを引きこむ。部屋の主が呼び鈴を鳴らし、やってきたスタッフに「お茶とイイ感じの菓子を見つくろってきてねぇ」と言付けると、三人に右の応接ソファーに腰かけるよううながした。そしてヴェクたちが座るや、彼女は執務机から三人の正面にあるソファーへと移ると、茶目っ気たっぷりに口元に手を当てる。
「ふふっ、お師匠様からの手紙は読んだけど、ほんとにスゴい組み合わせだわね」
さらりとそう言うと、彼女は軽い仕草で礼を執った。
「あらためましてようこそ、そして初めまして。私はコンスナファルツ民生銃士団の団長、ヴァルーシャ・ルベアシャールよ」
ソシアたちが返礼し、ヴェクも遅れて名乗る。
そしてちょっと考えて首をひねった。
「えっと……ルベアシャール卿って呼べばいいのか?」
その問いに、ヴァルーシャはきわめて気楽な様子で答えた。
「あらあら堅苦しい事を言わないで、私のことはルーシャと呼んでちょうだいな」
そこへ若いスタッフがトレー片手に部屋に入ってきて、菓子の皿とお茶のカップを応接机に並べながら主人に耳打ちする。彼女は二三度うなづくと出て行かせ、三人に向き直って舌をチロッと見せた。
「ああもう、団長なんてお金の話ばっかり、ごめんなさいね。そうそう、まずはおめでとう、と言わせてもらおうかしら。ご卒業とお早い到着にね。着いたすぐを悪いんだけど、なんで気付いたか聞かせてもらえないかしら?」
思いのほか早口だった彼女に、ヴェクたちはガルダドック村での一件を彼女に軽く説明する。それを聞き終わるなりため息を漏らし、ヴァルーシャが眉をひそめるとボソッとつぶやく。
「ドンネブ先生ったらほんとに相変わらずなんだから。新士に甘すぎるのよね」
しかしすぐに顔を戻して笑いかけてきた。
「まぁ事情は飲み込めたわ。偶然とはいえ、たったひと月で教導者にたどり着くなんて大したものよ。さぁ、せっかく来たんだし、さっさと本題に入りたいんじゃなくて?」
せっかちに言うが早いか、ヴァルーシャがドレスの袖から青絹の小さな袋を引っぱり出して口をほどき、三人に中身が見えるようにテーブルに置く。袋に入っていたのは人の中指ほどの大きさの薄い黄色の結晶。
それを目にするやヴァルーシャの帯と見比べ、ヴェクはその正体に気付く。
「これが〈錬磨〉よ。あなたたちが私から勝ち得るべき〈銃士の心〉だわね」
宣言するヴァルーシャの瞳が、ギラリと強い輝きを放って三人を見据えていた。