02
いつもなら制服姿の学生で賑わっている通学路。だが、当然こんな時間に制服姿の人間などいるはずもなく、そもそも俺ら以外人気はない。
後輩に案内される形で通学路途中にある小道に入る。少し進んだ先にあったのは確かに廃ビルと称しても何の遜色のない廃ビルがあった。
ここ数年は手入れされていない、とそう思わせるほど古びれた外観。そして生えっぱなしの草。確かに、幽霊が出ると噂されてもおかしくはなさそうだった。
「それじゃあ、先輩頑張ってください」
指差されたのは、半開きに、もとい半分取れかけの扉。
「俺一人で行けと?」
「そりゃあ、幽霊が出たら怖いじゃないですか」
当然、というように言い切られた。
「まぁ、そこは良いとしても……先に帰るなよ?」
「えぇ、ここに居ろっていうんですか!? 不審者が出たらどうするんですか」
「そこは、幽霊と不審者のどちらが怖いか、の問題だな」
「うー、先輩の意地悪」
「何言ってるんだ、俺は後輩の頼みでここにいるんだぞ」
「でも報酬付きです」
「そりゃあ無料奉仕するほど俺は優しくないさ」
「ボランティア精神も大切です……まぁ、わかりましたよ、ここで待ってます」
不審者よりも幽霊を取ったか。
「了解。んじゃ行ってくる」
じゃり、と靴底で砂を踏む音が聞こえた。入り口に近いせいか、風で入ってきたのか、歩くたびにじゃりじゃりと音がする。ついでにガラスも多少散乱しているが、まぁ靴があるから大丈夫だろうと、若干楽観的なことを考えながら歩を進めていく。
当然ビルの中に灯りがあるはずもなく、手にもっていた懐中電灯で周囲を照らす。一階はロビーにでもなっていたのだろう。広々とした空間。そして隅のほうに上に続く階段があった。
外から見た感じでは、そこまで高いようではなく、せいぜい3、4階程度が限度だろう。
一階には何もなし、そう判断を下すと階段に向かっていく。そもそも霊感のない俺が幽霊探しに来ていることもおかしいのだが、まぁそこは気にしないでおこう。気にしたところで俺に霊感が生まれるわけではない。
二階、上の階に続く階段と、少し前に歩けば、角を折れるようにして真っ直ぐ伸びる廊下。左に二つ、右に二つ、計四つの扉。
一つ一つ確かめていくか、と一つ目の扉を開ける、何もなし。二つ目、倒れた机や椅子が数個、何もなし。三つ目、壁一面に張られた落書き、何もなし。四つ目、天井一面に書かれた文字、何もなし。
幽霊のゆの字もない事を確認し、俺は階段に戻ろうと扉を閉め、体の向きを変えようとし、足を止める。
気のせいと言われれば、納得してしまいそうなほど小さな音が扉の向こうから聞こえたような気がした。だが、この場で気のせいだと言ってくるような人間はいない――俺のほかには。
「よし、気のせいだ」
そして階段に向かおうとし、やめる。自分に自分で言い聞かせるほど虚しいことはない。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開ける。きぃ、と扉の開かれる音が先ほどよりも少し大きめに聞こえるような気がした。きっと気のせいだ。
懐中電灯で部屋を照らす。部屋の右端から左端に向けるようにして。
そうして部屋の中を光が一周し、何もないか、と安堵しようとするが、目の端にいらないものが映りこんできた。
「なっ」
左側の壁の端、光が通り終えるその瞬間、そこに何かが見えた。
気のせいだ、いや違う。
見た、確かに、何かを。
ごくりと生唾を飲み込む音。
「誰かいるのか?」
馬鹿馬鹿しい質問、答える声は――あった。
「いまーす」
高らかに、部屋に響き渡る声。女性、いや少女の声だろうか。
だが、幽霊とかそういったような雰囲気など一切ない明るい声。俺のほかにもここに幽霊探しで来た人間がいたのだろう。
そう考えるのが妥当だった。当然だ、噂になっているのなら見に来る人間の一人や二人。
だが、そんな考えを俺は即座に否定する。
部屋を照らす懐中電灯はいまや俺の足元を照らすだけ、そう、照らされているのは俺の足元だけ。
そして、一瞬だが見えたあの色は、
「……誰だ?」
警戒するように、低く呟く。
「名乗るならまず君から名乗ろうよ、少年」
あはは、と陽気な笑い声。
「不審者に名乗る名前はなくてね」
「あぁ、奇遇だね。僕も知らない人に名乗る名前はないんだ」
「知らない人には普通名乗らないだろ」
「考えてみたらそうだね、不思議だね」
明るい、実に明るい、明るすぎる声。
ゆっくりと、ゆっくりと、懐中電灯を動かす。左端にいる、その人物に向けて。
「うわ、まぶし」
光が直接当たり、まぶしそうに目を細めるのは、予想通りに女の子だった。背の中間あたりまで伸びた黒髪に、白い肌。そして真っ黒な服。
うん、普通だ。あぁ、普通だ。
その手にある人の生首さえ無ければ。