第一話:殺人鬼
幽霊、一般的に言えば死んだ人の魂が現世に留まったままのものを言う。
まぁ、そんな一般論なんて今はまったく意味がない。幽霊が何であろうと、幽霊が出た、その事実があるのなら。
犬を見た、と言ってきた人に対して犬の生態を説明するなんて愚の極みとしかいえない。まぁ、耳があって尻尾があって四足の動物を見た、と言われたのなら話は別だが、というかこの場合それが犬なのかどうかすらも怪しい。
「で、先輩……話聞いてます?」
訝しげに尋ねてきた後輩に相槌を打つ。大丈夫、俺の耳はいつでも列車通行が出来るほどに開け放たれている。
そう言うと呆れたように、それ右から左に流れてるって事ですよ、と言われた。一理ある。
「だけど、その場合もしかしたら左から右かもしれないぞ」
「あ、確かに……ってそんな列車の通行方向なんてどうでもいいんです!!」
ばん、と強く机をたたく後輩。彼女の腕力が強くなくてよかった、と心底安堵する。
「何の話だったか……あぁ、そうだ。食堂に新しくカフェミルフィーユが出来たって話か」
「そうなんですよ、苦味と甘味のハーミニー……って全然違います! 話聞いてないじゃないですか!」
「まぁまぁ、そう怒鳴るなって。周りが見てるぞ」
ここは町のどこにでもあるようなファミレスの一席。机を強くたたき、怒鳴っていれば注目を集めるのも当然。店員の突き刺さるような視線が痛い。気のせいかもしれないが。
まぁ、何はともあれ、後輩にこの文句は利いたのだろう。しゅん、と肩を落とすようにして縮こまってしまった。
「幽霊だろ? 幽霊が出たって?」
「何だ、ちゃんと聞いてるじゃないですか。そうですよ、幽霊が出たんです。通学路の脇にある小道を真っ直ぐ進んで、左に曲がって、また真っ直ぐすすんで、それから右に曲がり、また真っ直ぐいってから、右に曲がって、真っ直ぐ進んで、右に曲がってまた真っ直ぐ進んで、右に曲がってちょっと行ったところにある廃ビルに、 です」
「何ともまぁ、ややこしい道のり。というかそれ戻ってる」
「あれ? まぁ、ともかく、廃ビルなんです! 通学路の脇にある小道を真っ直ぐ行ったところにある廃ビルです」
やっぱり戻っていたか。
「で? 幽霊って?」
「目撃証言はたくさんありますよ。子供の笑い声を聞いたとか、子供の泣き声を聞いたとか、白い服の女性を見たとか、子供が遊んでいるような音が聞こえたとか」
「それ、ひとつを除いて全部目撃していない気がするけどな」
「細かいことは良いんです。要は幽霊がいるんです」
「幽霊がいる、っていうには曖昧すぎると俺は思うけど」
「いいじゃないですか、曖昧でも。明確確定な事柄なんて珍しいんですよ。そもそも、完全完膚なきまでに幽霊だってわかってるなら霊媒師でも呼びますよ、誰かが」
そこで他人頼みか。そう言おうとしたが、火に油を注ぐ結果になりそうだからやめた。
「曖昧だからこそ、先輩に言うんです。幽霊かどうか確認してきてください」
どちらにしろ他人頼みなのか。
「俺はそれで何か得するのか?」
「カフェミルフィーユ、一週間分」
「乗った」
二つ返事で請け負ったこの依頼。後悔するのはまだ先。一週間分ではなくて一か月分にすればよかった。