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アルバムのページを息子がめくっていった。いろいろなものが建設されて行くのがわかる。高速道路に新幹線。それから高層ビルの建設。それまでは高さの制限が31メートルだったのが見直されたとかで、それよりも高いビルが建築可能になったとか。
オリンピック開催に向けて急速に街並みが変わっていった。その一部がこのアルバムの中に収められているのだった。
最後のページはオリンピックの写真だった。でもこれはオリンピック記念で発売されたブロマイドみたいだった。
2冊目を閉じると息子が言った。
「父さん、これじゃあ我が家誌じゃないだろう。うちのことなんて少ししか写ってないじゃないか」
「そうか、浩介。これも我が家誌だろう。新聞記者だった耕次郎さんが残したものだ。そのことを踏まえれば立派な我が家誌だ」
「それにお父さん、さっき昭和史だって言ったじゃない。いろいろなものが見れて、私は面白いけどな~」
陽菜が父親にさとすようにいった。息子は娘の言葉に少し考えてから頷いた。
「そうだな、陽菜の言う通りだ。今じゃあ当たり前にある物でも、こうやって建設途中の状態を見ることが出来るなんて、ひい爺さんが写真に残してくれたからなんだよな」
うんうんと頷く息子を見ながら次のアルバムがどれか見比べた。3冊目は陽菜が見ていたものだった。最初の写真は着物を着た人が写っていた。真ん中の男性は紋付袴、女性は角隠しに白無垢らしきものをきていた。らしきものではないだろう。これは婚礼写真のようだ。
次のページを開いたら若かりし頃の父と母が写っていた。
「これはもしかして、義祖父母の婚礼の写真でしょうか」
嫁の朱美さんが訊いてきた。私は但し書きを読んで頷いた。
「ええ、そのようね。ここに昭和39年5月2日、大安と書いてあるわ」
「まあ~、素敵。この頃の婚礼ってどうだったのでしょうね」
「私も母から少ししか聞いてないのだけど、結婚式場などなかったから、神社で式を挙げて自宅で披露宴をしたそうよ。もしくは集会所だったかしら」
「私、結婚式場のチャペルだったでしょう。神前結婚も憧れていたんですよ~」
「あら、そうだったの」
「あっ、でも、あのチャペルも素敵だったので、後悔はしてないんですよ。本当に憧れなだけなんです」
朱美さんが慌てたように言っている。私はその様子に微笑んで言った。
「分かるわよ、朱美さん。私もね、出来ればチャペルの結婚式も体験してみたかったわ」
そう言ったら夫が眉を下げて言ってきた。
「それは済まなかったね。従兄が結婚式場に勤めていたのと、うちの両親が神前と言ったからチャペルの予約は要れなかったのだよ」
「あなた、出来ればでしたのよ。体験をしたかっただけで、神前の結婚式で良かったと思っていますわ」
私はにこりと笑って夫の顔を見つめた。夫も穏やかな表情で私を見返してくれたのよ。
「え~と、そこで見つめ合わないでくれないかな~。なんか居たたまれないんだけど」
「あら、あなた。私は素敵だと思いますけど。両親がいつまでも思い合っているいるなんて、子供たちにもいい影響を与えていると思うわ」
「私も~。おじいちゃんとおばあちゃんが仲が良くてうれしいよ~。みんなにね、仲良し家族で羨ましいっていわれるんだよ~」
「ぼくも~。なかよしなのはいいことだって、せんせいもいってたよ~」
息子は嫁と子供にいわれて、項垂れてしまった。「そりゃあ、仲がいいに越したことなけどさ・・・」とブツブツとぼやいていた。
私はそんな息子と孫たちの様子に微笑みながら、またアルバムのページをめくった。
そこには赤ちゃんを抱いてお宮参りに行った時の写真があった。
「まあ」
つい、声が出てしまった。写っていたのは父方の祖父母に母方の祖父母、両親と、私だった。
「この赤ちゃんはお義母さんですか」
「ええ、そう。どうもお宮参りの時みたいね」
日付を見ると私の誕生日から大体一月後だった。次の写真はどうもお食い初めの写真のようだ。お膳の前に私を抱いた祖母が座り、祖父が箸を私の口に近づけていた。
それから次は、雛人形の前にまた祖母に抱かされて写真に写っていた。これは初節句の写真だろう。
「おばあちゃん、これってあのおひなさまなの」
陽菜が目を輝かせて訊いてきた。
「そうよ。陽菜のお雛様と一緒に出した、あのお雛様」
「すご~い。この白黒の写真に写っているなんて~」
「そうよ~。来年で50歳になるのよ~、このお雛様も~」
「50歳~。すごい、すごい」
陽菜は立ち上がるとピョンピョン飛び跳ねだした。裕翔も一緒になって飛び跳ねている。それを大人達は目を細めて眺めていた。
「お義父さん。お義父さんの写真はないのですか」
「私の写真は幼稚園からだね。うちにはカメラはなかったからね」
「そういえば、父はカメラが趣味だったのよ。就職して最初に自分用に買ったものがカメラだったのですって」
祖母が笑いながら教えてくれたのを思い出した。
「だからなんですね。この時代でこんなプライベートな写真が残っているのは不思議だったんですよ」
「そうねえ、多分父は祖父と同じように新聞記者になりたかったのではないのかしら。ならなかった代わりに、カメラで写真を残そうと思ったのではないかと思うわ」
「ええ。家族旅行に行くと、自分はそっちのけで写真を撮ってくれていましたね」
夫がそう言いながら、アルバムをめくった。
「「おおっ」」「「まあ」」
私達は驚きの声をあげた。七五三のお祝いなのか、晴れ着を着た私が写っていた。色褪せているけどこれはカラー写真だった。まだカラー写真は高い時だろうに。
「そういえばこれのネガってないのですかね」
「まだ、片づけた中になかったから、どこかにあると思うのだけど」
「では、探してみましょうか」
「いいえ。片付けていれば、いずれ出てくるでしょう。それよりも続きをみましょうか」
そう言ってページをめくったら、幼稚園の入園式の写真のようだ。入園式と書かれた看板の横で、着物を着た母とワンピース姿の女性、それから同じ年くらいの男の子と並んで写っているものだった。
「あれ~? ねえ、これっておじいちゃんじゃない」
陽菜が覗きこんでそう言った。息子と嫁がその言葉に写真を食い入るように見つめている。それから、但し書きを読み上げた。
「昭和47年4月7日 幼稚園入園式 明宏君と。・・・って、本当に親父」
夫は息子の視線ににこりと笑い返した。
「ええ~! 幼馴染だったんですか。いやん。萌えるわ~」
なんか嫁のスイッチを入れてしまったようで、嫁はあらぬ想像をして悶えていたのだった。