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祖父のお葬式は盛大なものだった。うちが商売をしていたことと、その子供の7人の嫁ぎ先(または嫁の実家)などの親戚、その会社関係などからたくさんの弔問の人が訪れた。

喪主は父が務めた。祖母が気落ちして一回り小さく見えたのだった。


あの日、祖父を床の間の部屋に寝かせたあと、お葬式の手配を父やおば達がしている間に、母が合間合間に話してくれたのは、祖父の死は本当に突然だったということだった。


午前10時頃、祖父は胸が気持ち悪いと母たちに言って、病院に行くからと言ったそうだ。その前にトイレに行くと言って、姿を消した。

いつまでたっても戻ってこないので、祖母がトイレに様子を見に行った。鍵がかかっているから中にいるのは分かった。だけど、いくら声を掛けても祖父からの応えがなかった。

祖母は母に父に連絡をするように言って、マイナスドライバーを持ってきて鍵を開けた。扉を開けると祖父が転がり出てきたそうだ。呼吸はしていなかったけど、まだ体は暖かかった。

救急車を呼ぶように祖母が母に指示を出して、なんとか、トイレから廊下に引っ張り出そうとしたそうだ。だけど、大柄だった祖父は重く、母と二人でも動かすことは出来なかった。

連絡を受けた父が帰宅したのは、それから10分後。救急車を先導する形で家に着いた。

救急隊員はすぐに祖父を病院へと連れていった。だけど、救急車の中でも病院でも、蘇生することはかなわなかったそうだ。


お葬式後、家の中は火が消えたように静かになった。小学生の妹達でさえ、おとなしくなっていた。


忌明けが済むと、祖母は少しづつ片付けを始めた。私は時間がある時はそれを手伝った。いつしか祖母は私が手伝える時に片付けをするようになっていた。片付けをしながら祖父との思い出を語ってくれた。

片付けはゆっくりと進み秋の彼岸の頃にやっと終わったのだった。


年が明けてのお正月。『着物を着てもいいのよ』と言われたけどそんな気分になれなくて、着物は着なかった。友達に初詣に行こうと誘われたけど、これも気乗りしなかったので断った。

そうしたら、1月5日に夫に初詣に行こうと誘われたの。気乗りしなかったけど祖母に『行ってらっしゃい』と言われたら、出掛けないわけにはいかなかった。

夫に連れられて行ったのは、近所にある水神様の神社だった。この神社は常駐の神主さんはいない小さなもの。普段はあまり人気がなかったりした。私は鳥居を避けて横から入った。二人でお社の所に行きお参りをした。そのまま夫に神社の裏手のほうに誘われた。裏手には湧き水による池がある。いつからか鯉や金魚が放流されて、今ではかなりの大きさになったものが泳いでいるのが見えた。


夫は特に語ることもなくゆっくりと二人で池の周りを歩いたの。ただ、それだけだったけど、私の気持ちは落ち着いた。


そして家に戻り残りの冬休みは、妹達の宿題を見ることで終わってしまったの。


アルバムをめくると春になり、入学式の手伝いで受付をしている私の写真があった。1月からの約3ヶ月。夫と共にクラス委員長になった。その流れで各クラスの委員長は入学式の裏方仕事に走り回っていたのだ。これって学校側の仕事のような気がするけど、うちの学校の伝統だと言われたら、何も言えないだろう。


高校3年生になった私達は、夏が過ぎたら部活を引退する。そうしたら受験一色になる。そんなことを考えないように、与えられた仕事に没頭していたの。


次のページに水色のワンピースを着た私と青いチェックのシャツにジーンズをはいた夫と、並んで写っている写真があった。この日は野球部の練習が休みの日だった。この日を過ぎたら県大会が終わるまで休みはなかった。なので、二人で映画を見に出かけたの。


それに少し早いけど、夫の誕生日のお祝いも兼ねていた。お年玉から少し多めにお金を持ってきたから、何かプレゼントを買いたかった。本当は先に用意して渡したかったけど、何を贈っていいかいいのか困ってしまったのもある。


今まではタオルを贈っていた。夫が好きな青い色のタオルに名前をローマ字で刺繍していたの。夫が使ってくれるのがとてもうれしかった。


夫とのデート。実はこうやって二人で約束をして、改まって出掛けるのは初めてだった。私はすごく緊張していたけど、夫も同じようだった。映画館までに肩が触れ合うとお互いに『ごめん』と謝り、ポップコーンに手を伸ばして手があえば、また『ごめん』。

映画館を出て、友達に聞いていたランチのおいしい店に入っても、どこかぎこちないままだった。会話が弾まなくてお店を出る頃には、私は泣きたくなっていた。


何となく二人で歩いていたけど、急に夫は私の手を掴むとズンズンと歩き出した。着いた先は、大きな池のある公園だった。この池にはボートがありカップルや親子連れが仲良く乗っているのが見えた。遊歩道も完備されていて、少し小高くなった丘があるのだった。


その丘の上に私は引っ張られていった。所々にベンチが置かれていて座って話をしている人もいた。かなりの速度にここまで歩いて来たから、夫も息を切らして額には汗をかいていた。その中の一つのベンチに辿り着くと、そのまま二人で座り込んでしまった。


息が整うと夫が謝ってきた。私はまだ息が整わなくて、切れ切れに答えた。そうしたら私の様子に夫は慌てて飲み物を買いに行ってしまったの。戻ってきた夫と話しをして、お互いに初デートを意識し過ぎていたことがわかった。


そのあと笑い合ってしばらくボートに乗っている人達を見たりして、ゆっくりとした。

それから雑貨屋などをのぞいて、学生が持つには少し背伸びしたような財布を、夫の誕生日プレゼントに選んで家へと帰ったのだった。


それから、8日後の夫の誕生日。学校からの帰り道に少し寄り道をした。寄り道をしたのは初詣にきた神社のそば。街灯もあまりなくて、日が暮れるとかなり暗くて怖い。だけど5月は19時ならまだ完全には暗くなかった。

私はここでもう一度夫にプロポーズをされたの。『はい』という返事に夫の顔が近づいてきて、初めての口づけをしたの。軽く触れるだけのキス。『神様が見届け人だね』と夫は私の耳元に囁いた。


部活が終わって家に帰ってくると、大体19時を過ぎていた。1本電車に乗り遅れると20時近くなることもあった。この日家に着いたのは20時近かった。私が遅くなったのは、いつもより1本遅い電車だったと思ったことだろう。



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