Pandemic
おそらく2045年よりももっと未来の世界である。仕事や学業から医療、政治、ありとあらゆる全てのことがコンピュータで管理され、人々は毎日好き勝手に遊んで人生を楽しんでいた。もっとも、ここまでの道のりは長かった。かつての資本主義と言われていた経済システムや、かつての貨幣制度に振り回されていた人々の意識を変えることの方が、技術的問題の克服より難しかった。人々が労働に従事していた時代の全てのシステムを変えざるを得なかったのだからだ。
最初、その事態は例えるなら、大きな白いキャンバスに出来た小さなシミのようなものだった。よくあるインフルエンザのような症状を訴える人々がポツリポツリと現れた。
流行の兆しが見え始めたインフルエンザを、コンピュータは過去に発生した既存のインフルエンザと判別した。しかし実際には間違っていた。よく似ていたが未知の新型インフルエンザだった。第一の悲劇は、一号患者を診察したコンピュータの精度がごく僅かに劣っていたことだった。誤差の範疇で既存のインフルエンザと判断を下したのだった。そして再度精密検査を受けなければならないが、一号患者は既存の治療薬を受け取るとそのまま帰宅してしまったのだ。
しかも、一号患者の診断結果は各地のコンピュータに送られた。いま流行しているインフルエンザは既知のものであるという誤った情報が共有されることになってしまったのだ。それが第二の悲劇だった。
一号患者の交友関係が広かったことも災いした。友人が代わる代わる見舞いに訪ねてきは世間話をして、最後にはお大事にと言って握手までして帰る始末だった。もっとも、この時代は早々に病気で亡くなるなど考えられないことだったので、こうしたことは当たり前になっていた。
そして、キャンバスのシミが徐々に大きくなって行くかのように感染が拡大していった
各地でインフルエンザが猛威をふるい始めた。各地の病院は患者で溢れかえっていた。しかしそれでもコンピュータは既知のインフルエンザであるという誤った判断を正せないでいた。もし人間の医者がいたならば不審に思ったであろう。しかしながら一度決定されたことにコンピュータは疑問を挟まなかった。なにより、人々もコンピュータの判断は絶対に正しいと思い込んでいた。
病室のベッドが足りなくなり、治療不可と判断された人達は病院から放り出された。街中にも病院にたどり着けなかった人々の死体が横たわっていた。
病に倒れた人々の遺体は、ロボットにより回収された。しかし、収容施設もパンク寸前だった。そもそも、このような事態は想定されていなかった。
あまりにも感染が拡大していたので、コンピュータはある判断を下した。それは都市を細かい区画ごとに閉鎖し、感染者が一定数を超えている区画にはガスを散布するというものだった。対象となった区画では、感染者も非感染者も、感染を生き延びた者も窒息死させられた。感染拡大を食い止めるにはもっとも合理的な判断だった。しかし、またもや間違った判断がなされていた。どの都市も、ほとんどの区画が感染者で溢れていたのだ。
都市ではロボットが遺体を回収し、焼却処分していた。しかし、生きている人の姿は何処にもなかった。