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短編集

あれを恋と言うなら、私は失恋したことになるのだろうか?

作者: 梨香

「あれを恋と言うなら、私は失恋したことになるのだろうか?」


 芙美子は、花曇りの空を見上げて呟いた。河川の土手に寝転ぶのには不似合いなドレス姿だが、結婚式の引き出物を持って部屋に帰る気分にはなれなかったのだ。



 そう、今日は芙美子の好きだった同期の田中正樹の結婚式だった。それも、相手も自分に好意を抱いていたと感じていたので、突然、去年入社したばかりの木内由香里と結婚すると聞いた時は、普通の顔をするのも困難に感じた。


「へぇ! 由香里ちゃんって、田中くんと付き合っていたの?」他の女子社員が根掘り葉掘り質問しているのを、芙美子は仕事をしている振りで聞いていた。


「それが、そんなに前から付き合っていたわけじゃないんですよ。この前、仕事でミスしたのを庇って貰ったから、それでお礼にお弁当を作ってあげて……」


 由香里はいかにも結婚までの腰掛けで入社した一般職の社員だが、良い家のお嬢様だとの噂もある。田中とは、何度か映画を見に行ったり、食事や、飲みに行ったこともあるが、気の会う同僚以上、恋人未満の間だった。それでも、芙美子はいつかは恋人になるのでは? とほのかな期待を持っていたのだ。


『私は、田中くんも同じ気持ちだと感じていたけど……私だけの片想いだったのかな?』




 芙美子は、もやもやを抱えたままでは、仕事も手につかないと席を立った。スマホで田中をビルの屋上に呼び出した。


「五十嵐さん、どうしたの?」何か仕事か上司と問題でもあったのか? と屋上にやってきた田中を見て、ズキンと胸が痛んだ。今更ながら、自分が好意を持っているのを再確認する。


「田中くん、由香里ちゃんと結婚するの? さっき聞いて驚いたわ」


 なるべく平静を装おって尋ねたが、田中は少し気まずそうに目をそむけた。


「もう、由香里ときたら……話してしまったんだな。未だ、結婚式の日取りも式場とか決まって無いから、きちんとしてから話すようにと言い聞かせていたのに」


 しょうがない奴だなぁ! と口では怒ってみせるが、でれでれしているのに衝撃を受けた。気まずそうにした田中が、自分に好意を抱いていたからだと誤解していたのに気づき、芙美子は溜め息をつく。


「お幸せにね!」空元気で、田中の背中をバンと叩くと、仕事に戻ったが、芙美子の心の中では嵐が巻き起こっていた。



 由香里は寿退社をし、芙美子は心の嵐をぶつけずに済んだ事を感謝したが、豪華な厚い結婚式の招待状を配られると、破り捨てたくなった。


『何処で私は道を選び損ねたのだろう? 田中くんが結婚願望を持っているのを見抜けなかったのが失敗だったのか?』


 由香里の同僚として、田中の同期として、招待された芙美子は、自分の未練を断ち切る為にと、出席することにした。


『来るんじゃ無かったわ……』幸せそうな新郎新婦を見ていると、芙美子の心は千々に乱れた。その上、由香里の同僚と田中の同期は、若い独身同士で同じテーブルだった。


「なぁ、五十嵐と田中って仲が良かったよな」などと、無神経な発言をする馬鹿男を呪い殺したくなる。


「ええっ? 五十嵐さんと田中さんは付き合っていたのですか?」ゴシップに目がない由香里の同僚達が騒ぐのを、芙美子は笑い飛ばす。


「まさか! ただの同期に過ぎないわ!」


「そうですよねぇ! 五十嵐さんは、キャリアウーマンですものねぇ」


 入社5年の先輩を褒めているつもりなのだと、芙美子はまるで化石扱いに怒りを抑える。




 散々な結婚式が終わり、二次会に誘われたが、芙美子は断って帰った。重い引き出物が入った袋が、気持ちまでどんよりと重たくさせる。何時もは駅から住宅街を抜けてアパートに帰るのだが、今日は桜並木の土手沿いの道を選んだ。


「きっと、由香里ちゃんが選んだ可愛い花柄の食器でも入っているのでしょうね」


 こんな重たい引き出物を持っているのに、遠回りになる土手の道を選んだ自分の気持ちの奥に潜んでいる物に気づいた。寝ころんでいた芙美子は、引き出物を取り出すと、乱暴に包み紙を破りあける。


「何で! 由香里ちゃんの好みで選ばなかったの?」


 何度か田中と食事をしたりしたレストランで使われていた北欧食器が入っている。どう見ても、可愛い系の由香里の趣味では無い。捨てて帰ろうかと思っていたが、薄い灰色に青のラインが入ったスープカップを箱に戻す。


「逃がした魚は大きかったなぁ! 映画の趣味も、食べ物も、食器の好みもバッチリだったのに!」


 芙美子は、スクッと立ち上がると、次に好みのタイプが現れたら、積極的にアタックしようと決意した。重い引き出物だが、結婚のご祝儀も払ったのだ。持って帰ることにする。


「あんなの恋じゃないから、失恋したわけじゃない!」そう、夕日に向かって一言叫んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 恋でないとは言えないですが、当然ながら恋愛ではないわけで…… これで誰かに八つ当たりしたり愚痴ったりしたら自意識過剰の痛い人になる。 だからこそ、もやもやの解消が難しいというところでしょうか…
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