最後の晩餐
『もしも明日死ぬことになるなら、最後に何を食べたい?』
そんな話を昔、友人達と話した事がある。
例えば「食べた事もない高級料理を食べたい」
はたまた「母親が作ったカレー食べたい」など、そんな日が来るわけないと、たわいもなく話をしていたもんだ。
あの時自分はなんて答えたのだろう?
そんな事を思いながら僕は
死のうとしているである。
ぐぅ〜
「腹減ったなぁ」
~最後の晩餐~
とりあえず、なぜ僕が死のうとしているかと言うと、
職場でイジメられている。
訳ではなく
借金を抱えてしまった。
訳でもなく
大好きな人と別れてしまった。
という訳でもない。
ただ生後27年とちょっとを過ぎ、今更ながらではあるが毎日がつまらいと感じてしまったのだ。
ノンフィクションの中にフィクションは生まれない。
つまり、現実を生きていても漫画やドラマみたいな奇跡は起きない。
例えば…まぁ今から死ぬ人間の戯言なんて興味ないだろうし。
まぁとにかくそんな事をふと思ってしまったからだ。
そんな事で?と周りの人は飽きれながら言うだろう。
友人、家族、同僚、元恋人、etc、みんな「くだらない」とバカにするだろう。けどそんなくだらない事が僕にとっては苦痛で仕方なかったのだ。
夜中0時を過ぎてから服を着替え、
ちょっとコンビニまで。ぐらいのノリで、家を出て車に乗り込んだ。
そのまま町を抜けて、山道を上へ上へと進んでいく。
カーステレオのラジオからは陽気なナンバーが流れているが、どんどんノイズが混じってきて大サビの部分で、全く聞こえなくなってしまった。
それが合図だと言わんばかりに、山頂に到着した。
車を端に停めて、車から降り、いかにも出そうな夜の山道をテクテク進む。
その間、クマ出没注意の看板が倒れそうになっていたが、それも気にせず、テクテク進んでいく。するとその先には、見たものは絶叫するであろう断崖絶壁が広がっていた。
そう、ここは地元で有名な飛び降りの名スポットである。崖の近くには花がいくつかあった。もちろん咲いている訳ではない。
「なんか思っていたより高いなぁ〜ちょっと怖いな」
なんて誰も見ても聞いてもないのに、平然を装いながら声に出した。
勘違いしないでほしいが、別に怖気づいた訳ではない。ただなんでもいいから最後に声が出したかった。ただそれだけ、それだけなのだ。
さぁ気合を入れて、このセンチメンタルなこの体を一歩ずつ動かしていく。
すると今までの思い出が蘇ってきた。幼い時、買っていたカブトムシが死んでしまった事。学生時代、友人達と朝までバカな話を語り明かした事。今までの彼女との初めての夜の事。
これが噂で聞いていた走馬灯か。案外ろくな事思い出さないものだな。
そんな事を思いながら一歩一歩確実に進んでいく。
そしてそんなろくでもない人生を歩んできた男の命が終わるまで、後一歩だと思ったその時。
ガサッ!?
と後ろの森からなにか不穏な音が聞こえてきた。
もしかしてオバケ?と思ったが、行きしなの、あの倒れそうな看板を思い出した。
いや、クマか!?クマなのか!?
確かに僕はここから飛び降りて死のうとしている。がクマなの!?
そんな混乱の中、クマ?が僕に話しかけてきた。
「あーのー」
「えっ!?」多分近年では一番であろう、大きい声で、その声の方を振り向いた。
すると、僕の声に驚いた表情をみせているクマ、ではなく、クマには似ても似つかなそうなサラリーマン風のおじさんが立っていた。おじさんは、見るからに不幸そうで、不謹慎ではあるが「さぁ!今から死ぬぞ!」と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。
まさに自殺要素フル装備。そんな感じだった。
そんなおじさんを眺めていると、おじさんが話しかけてきた。
「あなたもですか?」
「えっ!?」
「いやっだから、そこから?」と崖の方を指差した。
「あーまぁ一応」自分でも何を答えているのだろう。とりあえず、まぁ一応ではないだろう。
するとおじさんは目を輝かせながら「そうなんですか!実は私もなんです。ご一緒させてもらってもいいですか?」と訪ねて来た。
なにがおじさんのテンションを上げたのだろう。自分と同じ境遇の人に会えて喜んでいるのだろうか。
いや、それにしても『ご一緒させてもらっていいですか?』はさすがに違うと思うぞ。おっさん、そうじゃないでしょ!僕たち今から死ぬんですよ?ファミレスの合席じゃないんだから。
なんて今会った、つゆ知らずのおじさんに対して、失礼ながら、おっさん呼ばわりした事、そして今日一番のテンションで自分にツッコミを入れたことに少し恥ずかしくなった。、
とりあえず、深く深呼吸をして、〝おじさま〟に笑顔で、どうぞ。と崖に迎え入れることにした。
するとおじさんがこちらを見て話し掛けてきた。
「いやー。まさか誰かいると思いませんで、ビックリしましたよ。いや、まさに名スポットですな。」
なんて呑気な人なのだろう。この人ただ者じゃねぇな。
とかなんとか思っている間に、今日はちょっと風が冷たいですね。とかここまで来るの、迷っちゃいましたよ。とかでるわ、でるわ、マシンガン世間話。
場所わきまえろよ!なんて言えるはずもないまま、必殺〝愛想笑い〟でなんとか乗り越えた。
するとおじさんが「見るからにお若いですが…何故?いやいやっすいません。初めてお会いして、しかもこんな場所で…野暮な質問でしたね。忘れて下さい。」その言葉には必殺〝愛想笑い〟も〝引き笑い〟に格下げである。
おじさんもそれに気づいたのか、さぁ、気を取り直してイキますか!と言うので、自分はここで何をしようとしているのか分からなくなってきた。
まぁいいか。と自分に魔法の言葉をかけて、また一歩一歩進んでいくことにした。
このおじさんのせいで、走馬灯も消えてしまったな。まぁそんな事で思い出せないつまらない人生だったのだ。逆に腹をくぐれた気がした。そして、今度こそ本当の命が終わるまで、後一歩だ。
グゥ〜
とこれまた緊張感のない音が聞こえてきた。この音がクマではない事はすぐにわかったが、どちらかが発信源なのかは解らなかった。
僕なのか、はたまたおじさんなのか、そんな事を考えていたら、冒頭の言葉が僕の足を止めた。
『もしも明日死ぬことになるなら最後に何を食べたい?』
気がつくと僕は、おじさんに話し掛けていた。
「あの、いきなりなんですが、腹減ってません?」
なぜこんな言葉が出たのだろう?やっぱり怖くなったのだろうか。いや、違う。僕はあの時の答えが気になったからだ。ただそれだけ、それだけなのだ。
そう思うと同時に顔が、カァーと赤くなっていくのがわかった。今の今まで、おじさんの事をバカにしていたのに、ここにきておじさんよりも呑気なセリフだったのだから。
おじさんをよく見ると、とてもきょとんとしていた。やってしまった。穴が空いていたら入りたい。まあ目の前にはそれは見事な穴は空いているが。
いやっ、とごまかそうとすると「いいですね!ちょうど私も小腹がすいてたんですよ!」とあっさり答えたので、次は僕がきょとんとしてしまった。
その流れで、僕等は僕の車に乗り、山にある近くのファミレスまで行くことにした。
行くと途中で、僕等は自己紹介を済ませた。
おじさんの名前は田崎清。39歳。ちょうど僕と一回りはなれていた。
田崎さんは、祖父の代から経営した会社が倒産して、借金まみれになってしまい、女房子供に見捨てられてどうしようもなくなったとのこと。予想通りのフル装備自殺志願者だった。
僕も、宮田浩二。27歳。コンピュータ関係の仕事をしている。と簡単に自己紹介をした。あそこにいた事は、語ろうと思ったが、なんか田崎さんに悪い気がして語る事をやめた。田崎さんはその空気を呼んだのか「いやー死ぬ前に食事なんて、まるで最後の晩餐ですね。あっ宮田さん、裏切らないでくださいね」なんて笑いながら話していた。なぜ僕がユダで、この人がキリストなんだ。と少しイラッとしたのは言うまでもない。
そうこうしていると、ファミレスに到着した。店に入ると、夜中ということもあってか、男女のカップル、年寄りの婦人、工事現場の休憩中のガードマン、あとウェイトレスが2人だけ。厨房はわからいけど、昼間よりは少ない気配がした。
「いらっしゃいませ!」
大きな声で元気よく。名札に研修中のプレートをつけた大崎さん(女子大生と予想)が窓際の席に案内してくれた。とりあえずとばかりにフライドポテトを頼んだ。そして思ったより時間が経ってからポテトと水の入ったグラスを一杯だけ置いて行った。
まぁ大崎さん入って間もないから仕方ないか。知らないけど。とりあえず、そこにはツッコまずポテトを口に運びながらメニューを見ていた。
田崎さんは一人楽しそうに、あれでもない。これでもないとメニューを選んでいた。
僕はなにをしてるんだろう。最後の最後で、こんなおじさんと夜中にファミレスなんか来て。できれば美人な女の人が良かったな。いややっぱり気の知れた友人達だろうか。はたまた最近は電話でしか話してないが実家の家族なのだろうか。とか考えていた。
「__ん、やたさん、宮田さん!聞いてますか?」
田崎さんがちょっと拗ねて大崎さんばりの声で呼んでいた。
「あっすいません。ちょっとボーとしてました」
「もー食べたいもの決まりました?」
アラフォーのもーは、正直キツイなぁと思った。
「いやっ、誘っといてあれですけど、なかなか決まらなくて」
「最後…って考えたら難しいですよね。私も倒産以来の悩みかもしれません
」
「すいません、その自虐ちょっと笑えないです」
そんなこんなで注文が決まらないままメニューとにらめっこで、時間だけが過ぎていく。
すると田崎さんが話掛けてきた。
「宮田さんやっぱ気になったんですけど、一ついいでか?」
「あーいいですけど、なんですか?」
少し罰が悪そうに田崎のおっさんは続けて質問してきた。
「なんで宮田さんは死のうとしてたんですか?」
あーその事か。やっぱり話さないといけないか。とため息を吐きながら、「確かに田崎さんの話聞いといて自分の話しないのもアレですよね。なんでも聞いてください」と答えた。
「ではお言葉に甘えて、宮田さんもしかして私みたいに倒産…はなくても職場でイジメとかあったんですか?」
「違います。」
「じゃあ私みたいに借金がたまりに溜まって?」
「違います。」
「えっと。じゃあ私みたいに女房子供に見捨てられて…」
「すいません。それも違います。」ため息を一つはいて続けて話をした。「実は、対した原因ってないんですよ。ただノンフィクションの中にフィクションは生まれないんだと、ふと感じてしまったんです」
「の、ノンフィクションの中にフィクション?」
「あーと、簡単言うとですね、現実には漫画やドラマみたいな出来事は起きない。って事で、例えば…あっくだらないですよね?そんな中二病みたいな理由」
「中二?んー、いやいや。そんな事ないですよ。そのノンフィクションの中にヘックションってやつ?詳しく教えて下さい。」
ヘックションってカトちゃんかよ。あんたも好きね。
僕は少し笑いそうになりながら、レジカウンター近くにいるカップルを例に説明することにした。
「例えば…あそこにカップルがいるでしょ?田崎さんにはどう見えてます?」
「あのカップルですか?いやごくごく普通の何処にでもいるような、幸せそうなカップルに見えますが」
「いや、実はあのカップルは、カップルじゃなくて特殊エージェントなんです。このファミレスがある強盗団の隠れ家になっていてそれを調査に。だからずっと男性の方、ソワソワしてるでしょ?」
「え?それは本当ですか?確かにこんな山にあるファミレス怪しいですよね。男性は常にキョロキョロして、厨房の方をずっと眺めてますね」
「田崎さん鋭いですね。多分厨房の奥の天井、いや床下に隠し部屋があり。
そこで次のターゲットを探しているのでしょう」
田崎さんは、はぁと首を縦に振った。
「山奥にさらに地下、ネットなどでは簡単に侵入できません。だからあの2人が来たんですよ」
「なるほど。そうなんですね。これは私も本気を出すしかないですね」
なにを?おっさんが何を出すんだよ。と口にしかけたが
実にいいリアクションをしてくれたので、僕はそのお詫びに答えを出してあげる事にした。
「まぁ嘘ですけどね」
「えっ!?嘘なんですか!?」
「いや普通に考えればわかりますよね。例えばって言ったし、そもそもあの話からいきなりこんな話しませんよ。しかもなんで僕が、そんな事知ってるんですか。」
「あはは、そうですよね。私てっきり宮田さんは、その筋の人かと」
どの筋の人だよ。
「まぁ実際は、頼んだデザートが来るのが遅いだけでしょう。僕等のポテトも遅かったし。あっやっと来たみたいですよ」大崎さん(推定女子大生)がデザートを運んでいたのを見て次に僕の席から、斜め前のお婆さんに目をやった。
「あっそれよりも、あっちのお婆さん、こんな時間に一人って不思議じゃないですか?」
「確かに!こんな時間にお婆さん一人って、しかもフラフラ眠そうなのに。なんでなんでしょう?」
「実はあのお婆さんの生き別れた息子さんがこの時間、このファミレスによくいるって噂を耳にしたんです。だからお婆さんは、眠たい瞼をこすりながら老いた体を動かして。一目、一目だけでもと、息子さんの姿を確かめに来てるんですよ」
「うっ、うっ、そん、そんなじ、事情が…はっ!まさかその息子さんって!?」田崎さんは何かに気がついてお婆さんの隣の席のガードマンに目をやった。
「はい、その通り。あの人がそのまさかです。理由はハッキリわからないですが、長い間会ってなかったのでしょう。お互い気がついてないようだ」
「そんな…」田崎さんが何かを決めた顔をした。
「私、話して来ます。あのお婆さんに全て」と立ち上がった。
ちょっと、と僕が慌ててを掴んだ瞬間、汗だくの女性が店に入ってきた。
その女性はお婆さんの所に駆け寄り大声で「お母さんなにしてるの!ずっと探してたのよ!勝手に家抜け出して!」
田崎さんは、何も決まらない顔をしながら僕の方を観てきた。
「田崎さん、さっきの話、全部嘘です。」
「!、?、、、えっー!」
「すいません。あの流れでこんなに信じるなんて思わなかったんで、とりあえず座って下さい」
田崎さんは、あーはいはいと何かを悟ったように静かに座った。
と思うと「酷いじゃないですか!これはなんとかしなくてはと思ったのに!立ち上がった私バカみたいじゃないですか!」
「いやっすいません、まぁ実際はあのお婆さんただボケてただけ見たいですね」
「もーいいですよ。その宮田さんが言うノーフック船長達ピクニックが、私みたいな心優しいおっさんに、ワクワクさせる嘘だということだとわかりました」
まずノーフック船長達とピクニックってなんだ。原形なくなってるよ?
それに、自称心優しいおっさんをワクワクさせて、なんで死にたくなるんだよ。少し楽しくなってきたけど、とりあえず田崎さんが、多分左手が鉤爪になってないフック船長とピクニックにいく前に、話しをまとめるとしよう。
「ノンフィクションの中にフィクションです。確かに唐突な嘘については、謝ります。とりあえず僕が言いたいのは」
その時、僕はなんで楽しくなってるんだろう、僕は何が言いたいのだろうと、ふと思ってしまった。確かに田崎さんはいい人だし、なんとなくでも理解してくれるだろう。
でも、理解してくれたからなんなんだ。この世界には何も起きない。それがつまらないから死のうとしてた。だからこんな事で楽しくなるなんて。死にたくなくなった?違う。
ファミレス内では、カップルはデザートを仲良く食べ。お婆さんは、ダダをこねて娘さんが困っている。僕は、机におかれた一杯のコップを見ながらこう話した。
「僕が言いたいのは…田崎さんすいません。本当の事言います。実は、僕、もう死んでるんです。田崎さんにしか僕は見えてないんです。その証拠にほら、水が一杯しか出されてないでしょ?田崎さんは、今まで色々あったろうけど、人生そんなに苦じゃないぞ。頑張れよ。ってそう言う為に僕は、あなたの前に現れたんです」
また唐突もない嘘を言ってしまった。けど、後半は本当の事だ。この人は生きておくべきだ。多分、田崎さんはこんな話も信じるだろう。僕はこのまま、ここを出てあの崖に戻ろう。すいません。僕は、ユダだったみたいです。
すると田崎さんは、僕を見てこう答えた。
「へー」
えっ?さっきまでのリアクションはどうしたの?田崎さん怒ってるの?いやいや、確かに僕が悪いけど、今までより一番信じてもいいんじゃないかな?リアリティはないけど、なんかいい感じじゃね?
「いやいや!リアクション薄くないですか!?」
「えっだって、嘘なんでしょ?」
「確かに嘘ですけど!そうじゃなくて一番ビックリしていい所ですよ!」
「す、すいません気をつけます!(なんか面倒くさい人だな)」
「なんか言いました?」
「エスっ!?いや何も、何も!」
「嘘ですよ!そうですよ!まぁ実際は案内してくれたウェイトレスの子(大崎さん、推定女子大生)に新人のプレートついてたんで、ただのミスでしょうけど」なんか腹が立って来た。
「とにかく、僕が言いたいのは、別に田崎さんに、嘘をつきたかったんじゃないんですよ。カップルは特殊エージェントじゃなく、ただ遅いデザートを待っているだけ普通のカップル。んでお婆さんは息子を探しに来たわけじゃなくて逆に探されてるだけの普通のボケたお婆さん。
僕は、あなただけじゃなくてみんなにも見えていて、これと言って特別な存在でもない普通の人間!
それってつまらないと思いませんか?この現実の世界には特別なんてないんですよ。例えそれが、当たり前なんだって言われても、はい、そうですかって、受け入れないんですよ僕は!だから死のうとしてた。こんなくだらない事で、、、死のうとしたんです」
なにを熱くなっているんだ。実際田崎さんにしょうもない妄想をはなして、勝手に満足して、勝手に逆切れして、やっぱこんな人間に生きる価値なんてないんだよと、そんな勝手に拗ねた。
田崎さんが、優しい目で僕を見ていた。
あーどうせくだらないとか可哀想でイタイバカだと思われたんだろうな。
それで言うんだろう『私みたいにどうしようもない人間もいるんだから、そんな事で死ぬな!』とか。
「私みたいに…」
ほらやっぱり。
「私みたいにどうしようもない人間にはやっぱり難しいですけど、多分死ぬ理由としては、それもありなんじゃないですかね。あっ、だからって死ねとか、そうゆう意味ではないんですよ」
「えっ…くだらないとか、そんな理由なら生きなさいとか、まだ若いんだからとか、説教じみた事言わないんですか?」
「いやいや!そんな偉そうな事言いませんよ。だって私もどんな理由であれ死のうとしたんですよ?まぁでも、死を肯定するのも変な話なので、一つだけいいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「私から見る限り、あなたは、誰よりも生きる事を楽しむ事ができる方だと思います」
「生きる事を楽しむ??それってなんか矛盾してませんか?」
「確かに、でも宮田さんがおっしゃたことは、生きるという事を普通とは違う、なんていうか外側を見て、楽しもうとしてるって事だと思うんです。普通の人は、生きる事が当たり前で、何も起こらない事も当たり前になっている。そんな外側だけを見ている人達は、楽しもうとはせず当たり前を作り出しているかもしれない。けど宮田さんは、その外側の当たり前のを見て、楽しもうとしている。だからつまらなく感じてしまうんだと思います」
「それって、結局、僕が楽しむことにならないですよね?」
「はい。だから、宮田さんは、生きる事の内側を見ればいいんですよ」
「生きる事の内側?」
「そうです。宮田さんの話は、特殊エージェントや生き別れた親子の再会。考えてみれば、あり得ない事ばかりでした。だけど、ワクワクして、それが嘘だとわかったら、少し寂しい気もしました」
「すいません」
「いやいや、そんなつもりじゃないですよ。ただ、そんな世界が見えるあなただからこそ、内面を見る事ができる。宮田さんの言うノンフィクションの中のフィクションが外側だとしたら、内側とは、ノンフィクションの中のミラクルです」
「ノンフィクションの中のミラクル?」
「まぁ、私みたいな奴が宮田さんみたいに上手くは言えないですが、例えばあのカップルが、今からプロポーズをしようとしてると考えたらどうでしょう?だからさっきから彼の方は、落ち着かない。タイミングを見るために料理を待っていたのだとしたら」
するとカップルの彼が何かを彼女に出しているように見えた。
「マジか、田崎さん!」
「あと、あのお婆さんは、ボケて、このファミレスに来たわけじゃない。娘さんの為に、ここに来たのかも、お婆さんが会いたかった人じゃなくて、娘さんが会いたい人に会わせるために」
ふと目をやるとガードマンを見て、娘さんが、驚いた顔しながら歩みよって行った。
「田崎さん。知ってたんですか?」
「いやいや、偶然です。もしかしたら違う物を出すかもしれないし、たまたま知り合いだっただけかもしれない。ただ、見る場所を変えるだけで、特別に感じることも、楽しく感じる出来るって事ですよ。それはみんなができる事じゃなく、宮田さんみたいな人こそそれを見ることができると思います」
内側を見て楽しむか。わからないけど、もしかしたらこの、最後の晩餐は、ノンフィクションの中のミラクルなのかもしれない。
田崎さんは、結局説教みたいになりましたね。笑っていた。
それから、無言でポテト食べていた。気がついたらカップルも、お婆さん達も居なくなっていて、テーブルの一杯の遠慮の固まりは、氷が溶けて、水滴が垂れていた。窓をみると、朝日が顔を出しはじめていた。
「気がついたらこんな時間になりましたね。どうしますか?」
と僕は、田崎さんに問いかけた。
「そうですね、結局ポテトだけしか食べてないですね」
「もうしけしけになってますね。これが僕達の最後の晩餐って」
「なんか、腑に落ちないですね」
「そうですよね。今日は、帰りますか?」
「その方がいいですかね。ではまた日を改めてって事で」
田崎さんのセリフはやっぱり死のうとしてた人間のセリフじゃないなって面白くなって笑ってしまった。
「お会計399円です!」
「あっ宮田さん…私サイフが…」
「いいですよ。ここは僕が出しときます。あっ、レシート大丈夫です」
なんてやりとりをして外にでた。
「朝ですね」
「そうですね」
「車で送って行きましょうか?」
「あー大丈夫ですよ!私近くなんで!」
「そうですか。あっ田崎さん」
「なんでしょう?」
「言おうか迷ったんですけど、ノンフィクションの中のミラクル?って、
ださいですね」
「やっぱり?私も思ってました。けど宮田さんのもださいですよ」やっぱり?と2人で笑った。
「じゃあ、もし次会うなら、できれば崖の上じゃないところで会いましょう」と最後に握手をして別れを告げ、車の鍵を探しながら、車に歩いていくと「宮田さん!」と田崎さんが僕を呼んでいた。
「そういや一つ、言い忘れて事がありました」
「なんですか?」
「実は、宮田さんが言うノンフィクションの中のフィクション起きてましたよ」
「えっ?」
「実は、私、もうとっくの昔にあの崖で死んでるんです!昨晩あなた見て、つまらなそうにしてたんで、生きる楽しみ方を教えてあげようと思って、あなたの前に現れたんです」
「えっ?それって!?」
驚く僕を見て、田崎さんが笑ってこう言った。
「まぁ嘘ですけどね」
そう言うと、満足そうに去って行ってしまった。
一杯食わされたな。これじゃあの人がユダじゃないかと、不思議な晩餐を思い出しながら車に乗り込んだ。
ぐぅ〜
やっぱりいつ聞いても緊張感の無い音だ。
「腹減ったなぁ」
〜完〜