第30話 愛する人
【30】
改めてミズキに目を向け問いかける。
「本当に、ミズキ……だよね?」
ミズキはサニーへと視線を向けニコリと笑い、深く頷く。
「……婚約破棄?」
「久しぶりに会話して、いきなりそれ?」
久々にミズキの破天荒さにふれ、この二年間保ち続けた緊張を解いた。
「……俺、頑張ったよ」
「うん」
「いっぱい勉強した」
「うん」
「いろんな人とふれあった」
「うん」
「自分がどうしたいかも考えた」
「うん」
「勇気出して行動もした」
「うん」
ゆっくりと目を閉じて、開く。そこには変わらずミズキの姿があった。
「ねぇ、あの歌の女の子……あの後どうなったの?」
俺の要望に応えるようにミズキは口を開くと、その美しい声で歌い始めた。あの六人のように軽快にではなく、まるで子供に言い聞かせるような歌い方だった。
【一人の少女が泣いている
冷たい籠の中で泣いている
そこへ自由に羽ばたく小鳥がやって来た
ねぇねぇ どうして泣いているの?
そこで少女は小鳥に答えた
あなたのような自由が欲しいの
それを聞いた小鳥は首を傾げてこう言った
どうして? どうして?
籠の扉は開いているよ……
小鳥はサッと飛び立って
少女は赤い目で籠の扉を見つめた
開いている? 開いている……
少女はゆっくり立ち上がり
籠の扉へと歩いてゆく
歩くたびに少女の背から白い羽が舞い落ちた
さあ 少女はどこへ行くのだろう 】
ミズキが歌い終わり、俺は納得したように頷く。
その歌には元々、少女の結末は記されてはいないのだ。そのまま自身の翼で自由を手に入れたのか。はたまた、飛び出せずにいたのか。
俺が紡いだ言葉を微笑みながら聞き、頷いてくれたミズキ。しかし、どんな偉業を成し遂げても、俺はこの事実だけは曲がらないと思った。
「俺……やっぱり」
「……?」
とびきりの笑顔を顔に浮かべる。
「ミズキには勝てねーや」
クスクス、とミズキの笑い声が聞こえる。
「そんなこたねーよ」
今までに見たこともないような飛び切りの笑顔がミズキの顔いっぱいに広がる。
ミズキ……皆のために諦めようかと思ったけど、やっぱり俺!
「ミズキ、俺!」
その時、バンッ、と言う大きな音ともに閉まっていたはずの扉が開かれ、そこからドドドっと人の雪崩が起きた。
「……」
いきなりの出来事に呆気にとられていると、ミズキは苦笑を浮かべていた。
よくその人の山を見るとそれは、嬉し懐かしのあの六人だった。
「いたた……もう、ソウが押すから倒れちゃったじゃない!」
真っ赤な髪を振り回し、アスターが叫ぶ。
「僕のせいかよ! 元はと言えば、状況を見たいって言って扉に張り付いたのはカライだよ!」
少し成長したソウが口を尖らせる。
「まあ、私のせいだと? 皆もそれに賛同したではありませんか」
カライがソウとまったく同じ顔で口を尖らせ皆を見る。
「……皆同罪」
二年前より更に背の伸びたアビスが、ボソリ、と呟くと、ワトソニアがそれに頷く。
「まあまあ、喧嘩は良くないよ。最後にまとめると、いつまでもキスの一つもしない王子様(元)が女々しいと言うことで」
最後にポピーが毒舌を吐きながらまとめに入り、後の五人がそれに同意する。
「ナゼそうなる!」
顔が熱い‼
おそらく耳まで真っ赤になっていることだろう。
それをミズキが楽しそうに眺める。
そこに六人を引き入れて一緒にやって来たのだろう城の兵士が近寄ってきた。
「あの、陛下……お取り込み中申し訳ないのですが、私たちはこれからどうなるのでしょうか?」
「えっ、ああ……」
六人から事の顛末を聞いたのか、よく見ると廊下には不安そうにしている塀が他にも何人かいた。
本当にどうしようか、と悩み始めると、ミズキが口を開いた。
「何も心配ない。いつも通りに過ごせばいい」
「しっ、しかし、この国ももう終わりなのでしょう?」
兵士の一人が情けない声を出す。
あのな~、とミズキが口を開こうとしたその瞬間。
「あっ!」
とアスターが声を上げたと同時に玉座の置いてある方から、バタン、と扉のしまる音が響いた。
「え⁉」
急いで後ろを振り返るも、そこには父様の姿も、母様の姿も、高官たちの姿もなかった。
「……逃げた」
アビスの低く小さいけれどよく通る声にようやく何が起こったのか理解した。
「父様……母様……」
「追いますか?」
さすが兵士、と言ったところか。放心状態に陥った俺を心配しながらも問いかけてくる。
しかし、俺一人置いて行かれた、というよりも、守るといったのに逃げられた、ことにショックを受けていた俺は兵士の問いに答える事が出来なかった。
それを察したのか、代わりにミズキが答える。
「追わんでも良いが」
「しかし‼」
逃げる者は追う、という兵士としての本能があるのか食い下がった。
へしがどんなに食い下がろうが、ミズキは「好きにさせ」と言って手を振った。
「それに、人の話はきちんと聞いたがええよ?」
そういうと、未だ放心状態の俺にちらりと目を向け、兵士に向かって口を開いた。
「確かにウチは前王を完全に失脚させるために根回しはしたけど、現王についてはノータッチ」
「へっ?」
その言葉に、何となくミズキと兵士の会話に耳を傾けていた俺は情けない声を出して、玉座から視線を外した。
それを見たアスターは盛大にため息をついた。
「ノータッチじゃないでしょ、ヒメ? むしろ前王のせいで落ちたイメージを一生懸命フォローしていたでしょ」
そして、アスターの言葉を聞いて、バッ、とミズキに顔を向けるも、ミズキはそれとは真反対に顔を向けた。
「ミズキ……もしかして俺のために?」
「……ついで」
ほのかにミズキの顔が赤く染まっている気がした。
さっきまでのショックもどこかに吹っ飛び、ミズキを思い切り胸に抱え込んだ。
「‼」
ミズキはする方には慣れていても、される方には慣れていないのか体を硬直させ、みるみる顔を赤く染めた。
皆はそんな二人の様子に顔を見合わせ、六人は兵士たちと一緒に入ってきた扉から、そーっ、と出ていった。
謁見の間に残ったのは俺とミズキの二人きり。しばらくの間、俺は何も語ることなくミズキを腕の中でしっかりと感じていた。
すると、初めに口を開いたのはミズキの方だった。
「……あのな、レイン」
「ん?」
恥ずかしいのか顔を俺の肩に埋め、もごもごと呟く。
「ウチ、レインが結婚するって聞いて、ちょっと焦ったんよ……」
「えっ⁉」
その言葉に思わずミズキから体を離し、俯くミズキの顔をのぞき込んだ。
実は、そうなのか⁉
「何でか初め、ようわからんで……」
「うん」
「いっぱい悩んだんよ」
「うん」
「そんで気付いた」
「うん」
期待に胸を膨らませ、自分の心臓は壊れるんじゃないか、と思う程心臓が高鳴っていた。
「ウチ……レインにさき超されるのが嫌だったんじゃないかと思う」
その実に天然で、的外れな答えに熱くなっていた頭が、すうっ、と冷えていくのを感じた。
「……違うよ、ミズキ」
「何が?」
真顔で訪ねてくるミズキの腰に左腕を巻き、自身の方に引き寄せ、右手でミズキの顎を優しく持ち上げた。
さらり、と手触りの良い漆黒の髪が俺の腕にかかる。
会った当初はあまり変わらなかった身長も今では俺の方が頭一つ分ほど高い。
愛おしくて、愛おしくて、ミズキを見つめる。
ミズキはそんな俺の顔を赤く染まった顔のまま見つめ返す。
「んじゃ、俺から言うね……ミズキ」
ミズキと視線が絡み合う。
「俺は初めて会った時から、ミズキのことが――」




