第29話 その少女の花言葉
【29】
ああ、ここにいたな。生まれの違いや育ちの違いの壁も簡単にとは言わないけど、躊躇うことなく飛び越えるようなヤツ……
眩しそうに目を細め、ミズキを見つめる。
ミズキもそんな俺を見つめ返す。
そんな俺たちの様子に蚊帳の外に置かれたことが悔しかったのか、ルピナス姫はついに怒りを爆発させる。
「ふっ、ふざけないで下さる! だいたい、分かっていますのサニー。その女、社会的に終わらせるって言ったのよ。もうこの国はお終いなのよ!」
「あっ……」
ミズキの美しさに先程の話を完全に失念していた俺は今更ながらに焦りを感じ始める。
そうか、他国の王様も、父様の素行を知っている。いくら、俺が新王に就任したと言ってもその事実は変わらない……
焦りを見せる俺の様子にルピナス姫は満足そうに頷く。
「大丈夫よ、サニー。こんな事もあろうかと、ちゃあんと根回しはしておいたわ。さあ、行きましょう?」
「えっ」
ルピナス姫は意気揚々と俺の手を取り引いて行こうとするが、たとえ、他の国がもう相手にしてくれなくなっても俺にはこの国を捨てることはできない。
「行けない、父様に母様、城の者たちに街の人々、俺にはこの国を守る義務がある」
そう、それにワトソニアと約束した。もう、ワトソニアたちのような子供たちが出ないように――
改めて決意に身を燃やしていると、鼻で笑ったような音が聞こえてきた。
「そんなの、どうでも良いじゃない」
ルピナス姫の声が、すっと低くなる。
「あんなのただの幼女趣味の変態にそのことに気づきもしなかった愚かな女。後は全部要らないモノじゃない」
ルピナス姫は腕を組み、再度鼻で笑う。
「私はあなたさえいればいいの、サニー。小さい頃からずっと愛しているわ」
するり、と寄ってくるルピナス姫。しかし、俺は無言で押し返した。
「悪いけど、行けない。俺には皆を捨てることはできない」
「何言っているのよ。要らないモノは全部処分しないと」
ルピナス姫の言葉が胸の奥に、チクリ、と刺さった。
ルピナス姫にとってこの国はすべて……要らないモノなのか。
少し苦手に思いながらも一緒に過ごしたこの国を要らないと言われ、少しさびしく感じたが真正面からルピナス姫を見据え、はっきりと告げた。
「俺にとってこの国は……この国にあるモノすべて大切なモノだ」
「なっ!」
俺は絶対に自分に付いてくると思いこんでいたのだろう、ルピナス姫は俺の返答にフルフルと体を震わせた。
確かに昔の俺ならば、ルピナス姫の言うことに逆らえずついて行っただろう。
「こんなの……こんなの私のサニーじゃない!」
ルピナス姫は目に涙を浮かべ、ミズキを睨み付ける。
「全部、全部あんたのせいよ! 外から帰ってきて、サニーは変わった。昔は何でも私の言うこと聞いたのに! あんた何したのよ、私のサニーに何したのよ!」
まるで、今にも掴み掛からんばかりの勢いだった。
そんなルピナス姫にミズキは何の反応も示すことなく淡々と語った。
「レインは君のモノじゃないよ」
「何なのよ、さっきから、レインレインって!」
ルピナス姫の声はもう嗄れている。
それでもミズキは動じない。
「“ルピナス”マメ科の多年草……花言葉は“貪欲”……そして“空想”なんだよ、ルピナス姫」
久々のミズキの豆知識に俺は感動したが、ルピナス姫の頬がピクリと引きつった。
「そっ、それは、私が空想屋だと言いたいのかしら?」
「別に……ただ、花言葉をそう言う風にしか取れないなら、そうなんじゃない?」
ルピナス姫はミズキの言葉に唇を噛み締めた。そして、静かに二人のやりとりを見ていた俺を見ると、もういい、と言って扉の方にツカツカと歩き、乱暴に扉を閉めて謁見の間から出て行ってしまった。
静寂が再度空間を支配している。
今ここにいるのは、生きる気力を失った父様、魂の抜けきった母様、もう二度と大きな顔が出来ない高官達、どうすればいいか分からず途方に暮れる俺、そしていつまでもルピナス姫の出ていった扉を見つめ続けるミズキだけだった。




