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第28話 その少女、ハナミズキ

【28】

「ホントはね、もっと早く城に帰っても良かったんだけど、やらなきゃならないことがあったから」

 ニコニコ、と笑うミズキ。

 まるでこの世の終わりとでも思っている顔で床に膝を付き項垂れている父様。

「それが何か、わっかるっかな?」

 ミズキが問う。

 父様は答えない。

 しかし、ミズキはそれを気にする様子もなく楽しそうに辺りを歩き回り、後を続ける。

「それはね、まずそこにおられる国王陛下の社会的視野を広げること」

 ミズキは恭しく俺に手を向ける。

「あの歌の意味をきちんと理解できるようになったみたいだし」

 フフフ、と楽しそうに笑うミズキの「歌」という言葉に、俺は城に戻ってからよく口ずさむようになったあの歌のことを思い出す。

「二つ目に、現状の酷さを理解した陛下に改善の後押しをすること」

 右手の人差し指を立て、口元に持って行く。

「三つ目に、酷い目に遭わされている子供たちの解放」

 そしてミズキはこれ以上ないほどの笑みを浮かべ最後の宣告をする。

「最後に、前王、あなたの完全なる失脚の根回し」

 ついでにお前たちもだ! とミズキは汗をだらだらと流し続けて事の成り行きを見守っていた高官たちも指さした。

その言葉を最後に父様と高官たちは脱力してその場に座り込み、謁見の間は静まり返る。誰も話さない。誰も動かない。重く冷たい静寂が広がる。

 一分、二分と時間が進んでいく。

 ミズキの目はもう冷めている。俺の目も冷めている。

 誰もがそうであるな、と思い始めたその時、

「くはっ、ひはっ」

 この場には似つかわしく、その上不愉快な笑い声が隣から聞こえ始めた。

「あっはははー、ばっかみたい! あんなに、大丈夫、とか言っていたくせに全然ダメじゃない」

 信じられない思いで自分の隣を見た。

「ルピ、ナス?」

 ルピナスは涙を流しながら腹を抱えて笑っていた。

「本当に馬鹿ねぇ。だから私言ったのに、それではいつか……」

 ルピナス姫の笑顔が邪悪なものへとなっていく。

「バレる、って」

 小さく、小さく、呟いたはずなのに、その声は謁見の間にいる全員に届いた。

 ルピナス姫はひとしきり笑い終わると無表情で立ち続けているミズキに向き直った。

「無駄に長くて、最高につまらないお話をどうもありがとう、死に損ないのサン姫様」

 ミズキは反応を見せることなく、俯き続ける父様から目を離さない。

「何? 私には興味ないって事かしら?」

 ルピナス姫は笑い続ける。

「でも残念。私もあなたの過去話や本当の名前には興味ないわ。だいたい、そんなものどうでも良いじゃない。身分が低い者が身分の高い者に使われるなんて当然の摂理。それとも、そう言う者の気持ちを味わったから『助けてあげたいわ』なんて言う同情心でも沸いたのかしら?」

 そこでようやくミズキはルピナス姫に目を向けた。

 ミズキが自分に反応を示したことが嬉しかったのか更にルピナス姫は言葉を紡いでいく。

「そーんなもの、ほっといてとっとと帰れば良かったのよ。そうすればあなたは苦労も、小汚い服を毎日着ることも、食事の心配もせず、何不自由することなく幸せに暮らせたのに」

 ルピナス姫は最後にミズキを見下し呟いた。

「ほーんと、馬鹿ね」

 一瞬の静寂の後、ぽつり、とミズキが呟く。

「馬鹿はどっちなんだか……」

「……なあに、そんな事にも気づかなかったことが恥ずかしいからって、強がらなくても良いのよ」

 ルピナス姫の言葉を聞く度にだんだんとミズキの目が細く冷たくなっていく。

「恥ずかしいのは君だよ」

 そう言うとミズキはルピナスの豹変ぶりに驚いて固まっていた俺に向き直った。

「……レイン」

「はっ、はい!」

 とても穏やかな声で呼ばれたのに、声が上ずり思わず飛び上がってしまった。そして、久々に呼ばれたその名はミズキとの確かな繋がりがまだあることを証明してくれた。

「レイン、あんたには街の人たちがどういう風に見えた?」

「へっ?」

 ミズキは微笑み、優しく、優しく、問いかける。

「毎日小汚い服を着て、一生懸命働いて、食事の心配をし、苦労の絶えない生活をしている街の人たちは、レインにはどう見えた?」

 どう、見えた……

 サニーはゆっくりと目を閉じ自分の中の記憶を呼び起こした。

 不法入国して入った街。

 多くの人々で賑わっていた街。

 城に帰るためにミズキに手を引かれ歩いた街。

 社会勉強のためにいろいろな場所を一人で歩き回った街。

 そして、そこに住む人々――

 目を開けると静かに、しかしはっきりと力強く答えた。

「幸せそうに見えたよ」

 その答えにミズキは嬉しそうに微笑みを深める。

「うん、そうだね。ウチにもそう見えたよ」

 ミズキは未だに俯き続ける父様をちらりと見た後、俺の瞳を真っ直ぐ見つめ直した。

「さっき話した城になかなか戻らなかった理由だけど、本当はあれだけじゃないの」

 ゆっくりと手を前に出しそこに壊れやすい何かがあるかのように優しい手つきで胸に抱える。

「ただ、そこで皆と苦労しながら暮らすのが楽しかったんだ」

 ミズキのその姿はまるで女神のようだと思った。

 何者をも包み込むその微笑みはまさしく“ハナミズキ(華やぐ心)”であった。

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