第26話 予期せぬ客人
【26】
程なくして滞り無くパレードを終えた俺とルピナス姫は城へと帰ってきた。
「陛下」
そこに興奮した様子で高官達が寄ってきた。
「実に良きパレードでしたぞ」
「やはり、やれば出来るのですな」
そんな高官達の言葉を無視し謁見の間へと歩を進める。
次は各国の使者との対談――と言う名のゴマすりだ。
大きな扉を開くと中央には赤い絨毯がひかれており、その先には玉座がある。
現王である俺を先頭にルピナス、前王である父様、前王妃である母様と続いて歩を進め、全員が椅子の前に辿り着くと俺から順に腰を下ろしていく。高官たちもそれぞれの配置に付き、ようやく対談という名のゴマすりが始まった。
「ドルシヤ国使者、ロゼンタ・バルバボス様」
高官に名を呼ばれ、近隣諸国の使者が入室し俺たちの前まで歩み寄ると膝をつき、国王就任の祝いを口にする。
「新国王陛下におかれましては――」
二年前、だんだんとアルフォード国と交易を避けていた国々も今ではよりよい関係を作り、元通り。いや、それ以上に盛んな交易をしていた。結局今でもなぜ疎遠にされていたのかは原因は不明であるし、理由を尋ねてもどの国も口を開いてはくれなかった。
一人二人と順調に対談が進んで行き、
「陛下、次で最後なのですが……」
やっと堅苦しいことも終わるのか、吐息をつくと高官の歯切れの悪い声に疑問を覚える。
「その、隣国の姫君が祝いの挨拶をしたいと……」
使者ではなく、姫自らが祝いの言葉を言いに来るのは珍しいことではあるが、全くないということではない。むしろ、王族自身の訪問は自国との関係をより深いものに、と望んでいることの証であるため喜ばしいことのはずである。
「何か問題があるのか?」
「いえ、それが……」
あまりの歯切れの悪さに今度は父様が口を挟む。
「いったいどこの姫君なのじゃ?」
高官は父様の方へと向き直り、至極真面目に答えた。
「それが……フォルテーゼ城の姫君です」
高官の答えに一瞬の静寂の後、謁見の間が爆笑の渦に飲み込まれる。
「わっははは……馬鹿かお前は、フォルテーゼ城の長姫サン・フォルテーゼは十二年前に誘拐され、殺されたのだぞ?」
父様がそう言いながらでっぷりと膨れたお腹をゆすりながら高らかに笑い声を上げる。
それについては、勉学の面倒を見ていてくれた高官に確かめたことがあった。現王と王妃の間に生まれたただ一人の息女サン・フォルテーゼ。たった六歳で誘拐され、この世を去った王女。文書には王女の骨がフォルテーゼ城に送り返されたと書いてあった。
国交の勉強のために読んだ文書の詳しい内容を頭の中で整理しながら思い出した。
その後、王と王妃は子を授かっていないため、現在フォルテーゼ国に姫君はいないはずだが……
色々と矛盾の発生していることに頭を悩ませていると、父様は高官をからかうように、また昔を懐かしむように口を開いた。
「して、その少女はどのような姿をしておった? 一時すごい騒ぎじゃったからのー、この国では珍しい漆黒の長い髪に同じく漆黒の瞳。透き通るような白い肌、幼いながらもきれいに整った顔立ち、ワシも数度しか見掛けたことはないが忘れはせん」
まるで初恋の相手の話をするような顔つきだった。
……もしかして、さっきの子……
パレード中に見掛けた漆黒の黒髪を持つ少女が頭の中に浮かんだ。しかしそこでさらに疑問が浮かぶ。あれだけ目立つ黒髪の少女がいたというのに、なぜ街の人々は一切気にも留めていなかったのか――
んー、んー、と腕を組んで考えていると、父様の想いで話を聞いた高官の顔がみるみると青ざめていくのに気が付いた。
「恐れながら、申し上げます。フォルテーゼ城の姫君は自身をサン姫と名乗っており、まさしく前王の仰る通りの容姿をしております」
「何! 他人の空似ではないのか!」
震えながら報告する高官の言葉に父様は勢いよく椅子から立ち上がる。
「しっ、しかし、近年サン姫以外の黒髪は報告されておりません」
「髪を黒く染めたのではないのか!」
何をそんなに慌てている……
一国の王であった父様の異様な慌てぶりを不審に思いながら、美しい漆黒の髪を持つ少女のことを想像してみる。
高官は父様の剣幕に押されながらも最後の報告をしていた。
「フォルテーゼ城の紋章をお持ちでした」
「……なん、じゃと……」
さすがの父様もこれ以上は言い返すことができなくなったのか、自分の椅子に、ストン、と腰を降ろした。
「何はともあれ、きちんと紋章を持っていると言うことはフォルテーゼ城正式の使者と言うこと……このままお帰ししては我が国の信頼に関わりますわ、お義父様」
ルピナス姫が面白そうに口に手を当てながら父様を諭す。
「通してさし上げなさい。どのような容姿をしているか皆で見てみようではありませんか」
フフフ、と笑いながらルピナス姫は高官に指示を出す。
高官は小さく頭を下げ、謁見の間から急いで出ていった。
その間、父様がブツブツと「そんなはずはない、そんなはずはない」と繰り返しているのを眉間にしわを寄せながら聞いていた。
一体何が父様をそんなに慌てさせるのか……
しばらくして高官の掛け声と共に謁見の間の扉が開かれた。
「さあさ、ご対面~」
ルピナス姫がニヤリといやらしい笑みを浮かべ、小さく弾んだ声でそう言っているのを聞いて、またまたため息がこぼれる。
本当にこんな女と結婚するのかよ……
俺は昔からルピナス姫があまり得意ではなかった。傲慢で、我儘で、異常なまでにちょっかいをかけてくる。
目を細め、横目にルピナス姫を見ていたが、すぐに視線を前へと戻した。
ルピナス姫も父様も母様も高官たちも皆一様に開かれた扉へと注目する。
そして、そんな大勢の不躾な注目もものともせず、一人の少女がしずしずと、また堂々と謁見の間へと進み行った。
美しくつややかな漆黒の髪が揺れ、切れ長な瞳が真っ直ぐ俺をとらえる。着ている漆黒のドレスはシンプルでありながらもどこか品があり、剥き出しになっている腕は透き通るような白い肌をしていて、その姿はこの世のものとは思えない程美しかった。
他の使者たちと同じように俺たち前まで進み入ると少女は深くしなやかに一礼した。そして、美しく甘美な声が謁見の間に響く。
「お久しぶりです。国王陛下」




