第25話 その少年結婚?
【25】
今日で全てが終わり、全てが始まる。
ごてごてとした高級な布で作られた衣装を着て、じゃらじゃらとたくさんの装飾品に身を固めていた。
「王子、いえ、国王陛下。昨日も申し上げました通り、常に背を伸ばし威厳ある立ち振る舞いをして下さい」
俺の周りをぐるりと囲んだ高官達の声が遠くに聞こえる。
「……ああ」
一向に気の引き締まらない声を上げる俺に高官達は不安を覚えたのか、更に詰め寄ってくる。
「本当に大丈夫なのですか? 今日はサニー国王陛下にとって最も重要な日なのですぞ!」
うるさい。
あれこれと声をかけてくる高官たちを鬱陶しく感じて顔をしかめていると、バンッ、と勢いよく私室の扉が開かれそこから一人の少女が姿を現した。
「ああ、美しい空、美しい花嫁道具、美しい衣装、美しい名前、そして美しいわ・た・く・し」
更に鬱陶しいのが来た。
密かに溜め息をついていると、その少女は入室の許可を得るどころか、遠慮することもなく、ご自慢の白銀の髪を翻し、ズカズカと部屋の中に踏み入ってきた。
「ルッ、ルピナス姫! いくら今日結婚するからと言って、殿方の部屋に簡単に入ってはいけません!」
後ろに控えていたのだろうルピナス姫付きの侍女がそう窘める。
「あら、良いじゃない。だってわたくし私はサニーの妻ですもの」
「正確にはまだ王妃ではありません。今夜の儀式を終えて初めてルピナス王妃となられるのです。だから、今はまだルピナス姫です」
そう言いながら侍女も遠慮なく部屋へと踏み入って来る。
主が主なら侍女も侍女だ。
そんなことを思いながら、無遠慮に入室してきた二人を窘めることなく冷めた目で見つめた。
そんな俺の様子に何を勘違いしたのか、ルピナス姫はニヤリといやらしく笑うと実に楽しそうに声を掛けてきた。
「あんら~、サニー。もしかしてマリッジブルーかしら」
どうでも良いけど、そのしゃべり方苛つく。
ねっとり、と纏わりつくようなしゃべり方にただでさえ鬱な気分がさらに沈んでいく。
「それとも私の美しさに見とれたのかしら?」
ルピナス姫がその場で見せびらかすように、クルリ、と回る。すると自分の髪色に合わせて作らせたのか、白銀色の生地にたくさんの宝石をちりばめたドレスの裾がふわりと広がり、ほのかに甘い香りが漂う。たくさんの宝石を飾ると諄く感じるのだが、作り手がよほどの名手だったのか、そのドレスは美しかった。
回り終わるとルピナス姫は俺の感想を待っているかのように顔をのぞき込んだ。
そんな、どう? て顔で見られてもね……
全く反応を示さない俺に焦りを覚えたのか、周りにいた高官達が口々にルピナス姫を褒め称える。
「とてもお美しいですぞ!」
「よくお似合いです!」
「ほのかによい香りがしますな!」
「いやはやサニー陛下が羨ましい!」
周りがどんなに褒め称えても目当ての相手からの言葉がないためか、だんだんとルピナス姫の機嫌が悪くなっていく。
「いくら目的のための結婚と言ってもそれはないんでなくて、サニー」
と言われてもな……今の俺が何を言っても世事にしかならねーし、そのドレスならきっとミズキの方が似合う。
頭の中に白銀色のドレスをまとい、楽しそうに微笑むミズキの姿が思い浮かんだ。しかし、昨日のワトソニアとアスターを思い出し、すぐに気分が沈む。
幸せそうに笑ったかと思えば、急に暗い顔をする。自分勝手なルピナス姫でも俺が一喜一憂しているのが自分が原因ではないということが分かるのか、悔しそうに唇をかみしめた。
そんな二人の姿に、これではいけない、と思ったのか慌てた様子で高官たちが話を逸らせた。
「へっ、陛下! ルピナス姫! そろそろお時間です。移動願います」
その言葉を聞いたルピナス姫はこれ以上何を言っても意味がないと判断したのか、ドレスの裾を翻し渋々と言った様子で高官達の先導に従い部屋をでていった。
その後ろを俺もついて歩く。
今俺の頭の中を支配するのは昨日のワトソニアやアスターの言葉だ。
悶々と考えながらも進める歩はゆるめない。時折振り向き、心配そうにこちらを見つめるルピナス姫を見て、やはりミズキとは全く違うと感じる。
こんな時、ミズキだったら決して振り向かない。まっすぐ前を見据え、その背中を俺が追いかける。
綺麗に掃除された長い廊下を歩き、ぴかぴかに磨かれた階段を下り正門に向かう。一歩扉から出ると、そこには綺麗に磨かれた鎧を着て整列する三百の兵。リボンや花で着飾った百の馬。今日、この日の為だけに特注した豪華な馬車が俺とルピナス姫を迎えた。
実に滑稽な様子だ。
そこには当たり前のように大人の兵士しかいない。
「ささ、陛下、姫、こちらに」
高官に案内され、軍勢の中で一際は目立つ馬車の中にルピナス姫と共に詰め込まれる。
「良いですか、笑顔は絶やさず、常に手を振り続けて下さいね」
高官が最後の忠告に来る。
ここで全てが決まる。
今から始まるのは新王就任のパレードだ。このパレードで街のあり方が決まるとされる新王最初の最重要任務。
どこからかファンファーレが鳴り、城の門が重々しく開かれる。
最初の隊がゆっくりと歩を進めどんどんとその後を追い、そして俺たちの乗る馬車もゆっくりと進み始める。
街中は既にお祭り騒ぎだった。至る所で笑い声が聞こえ、至る所で俺の名を呼ぶ声が聞こえる。
自分の名を呼ぶ一人一人に笑顔で手を振り返した。その中にはサンドラおばさんや、すでに顔なじみとなった元奴隷たちの姿もあった。
やはり、いいなこの街は……
お祭りが好きで、常に笑顔の絶えない街。そんなことを思いながら手を振っていると、フッ、と何かの影が目の端を横切った気がした。
この国には珍しい黒髪だったが、どこか見覚えのある顔。
えっ、今の……イヤイヤ、そんなはずがない。しばらく会っていないからって……
幻覚を見てしまうほど彼女を求めているのか、と自重気味に笑い、首を振って脳裏を掠めた考えを振り払った。




