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第24話 少女のトラウマ

【24】

 可愛らしい丸文字から、荒々しい文字に変わったことにワトソニアの感情の差がうかがい知れる。

『苦しかったのに

ずっとずっと苦しかったのに

何でワト達の時は助けてくれなかった』

 ドンドンッ、とワトソニアが小さな拳で俺の胸を殴る。

『何でワトが

皆を殺さなきゃいけなかったの』

「‼」

 まるで、ワトソニアの文字一つ一つを見逃さないように、俺の目が限界まで見開かれる。それほど、ワトソニアの言葉は衝撃的で惨かった。

『ワトが指示して 皆が動く

皆がワトの所に帰ってきたときには

皆 もう動かない        』

 ショックのせいか、声を掛ける事も頭を撫でてやる事も出来ずに、ただただワトソニアを見つめ続けた。

『いつもワトだけ大人達と城に帰る

皆で出かけて 一人で帰る

何で そんなの卑怯だよ    』

 そこまで一気に書き綴るとワトソニアは脱力したように両手を下し、瞳からポロポロと止まることなく涙を溢れさせた。

 ワトソニアの過去は九歳の女の子が抱えていても良いものではなかった。その責を負う必要な全くないのだが、それは深く、暗く、ワトソニアを苛んでいく。

 泣きじゃくるワトソニアを自分の元に引き寄せる。もろく崩れてしまいそうな小さな体をきつく抱きしめ、自身も涙を流しながらワトソニアの耳元で囁いた。

「うん、うん。だからね……もうワトのように苦しい思いをする子が出ないようにしたいんだ」

 声が掠れ、涙が流れるのも構わずに続けた。

「勝手で、ごめん。今さらで、ごめん。謝って済むなんて思ってない。でも言わせて、ごめん」

 泣きながらもワトソニアが自分の声に耳を傾けてくれていることが分かった。

「今度は絶対助けてみせる。だから……ここに残らせて」

 そこまで言い切ると、ふいに肩に重みを感じた。腕の力を緩め、ワトソニアの顔覗き込むと、ワトソニアは涙を流しながら眠っていた。

「……ごめん」

 これで許しを得ようとは思ってはいないが、再度謝罪の言葉を口にした。

眠るワトソニアをそのまま抱き上げ、膝の上にのせると頭を優しく撫でながらワトソニアの未来を思った。

これから先、ミズキたちと居る以上幸せに暮らす事が出来るだろう。しかし、その幸せと隣り合わせに、ワトソニアは自信を責め続ける。短いながらも共に同じ時間を過ごした仲間たちのことを思って――

 ざぁっ、と春の温かく、心地よい風が庭園にいる二人を包む。

 その音に紛れてまた一人、庭園に姿を表した。

後ろで一つに束ねた真っ赤な髪が風に吹かれて舞い上がる。

 アスターは眠るワトソニアとそのワトソニアを抱いて静かに涙を流す俺に音もなく近づくと二人の目の前でしゃがみ、顔に笑顔を浮かべながらワトソニアの寝顔に見入った。

「どうして、ワトが処分されることになったか……レイン、知っている?」

 それは出会ってから初めて聞いたアスターのとても優しい声だった。

 しかし、そんなアスターの様子に感動する余裕はなく、素直に首を横に振った。

「さっき、ワトがわざと作戦で多くの大人兵を殺したって話をしていたでしょ? 別にそれが原因って訳じゃないよ? 有益主義の城にとってはそれでも戦争に勝利したことでワトを褒め称えた……」

 アスターはワトソニアの顔に掛かった、長い金色の髪を優しく払ってやる。

「それはそれで下種なんだけど、一番の要因はね、声……なのよ」

「声?」

 作戦内容を考える参謀が、なぜ声を失っただけで処分されるのか理解できず、首を傾げた。

「さっきのやり取りで気付いたでしょ? この子、皆が死んだのは自分の所為だと思い込んでる……」

 大人の所為なのにねぇ、そう言いながらアスターは悲しそうな顔した。

「思い詰めて、思い詰めて、この子……声出せなくなっちゃった。綺麗な声だったのに……それでね、指示の出せなくなった参謀は要らないって、処分されそうになったの」

 筆談じゃ時間がかかるということか……

 ツキン、と胸の奥に痛みを感じた。右腕でワトソニアを支え、左手で自身の胸を強く押さえつける。

「生きることに絶望しきっていたこの子はね、そのまま死のうとしていた。まだ六歳になったばかりなのに……絶望の感覚を知っているって異常じゃない?」

 アスターは自重気味に笑った。

「それを救ったのがヒメだったの……だからワトにとってヒメは本当に女神みたいな存在なのよ。今この子が生きる全て……」

 そこでようやくアスターは顔を上げ、涙にぬれた俺の目と視線を合わせた。

「さっきこの子が言ったこと……あたいにはなんて書いてあったかは分からなかったけど、だいたい予想できる……気を悪くしないで、悪気はないの」

 アスターの強く優しさにあふれた視線を真っ直ぐ受け止め、一つ、大きく頷いた。

「分かっている。それにワトの言ったことは全部事実だから」

 ざぁっ、と風が吹く。

 生まれの違いが壁となる。

育ちの違いが壁となる。

 その壁は人が登るにはあまりにも――高すぎた。

 もし、もしこの壁を乗り越えることが出来る人がいたとしたら、その人はきっとすべての人を愛し、すべての人に愛される人だろう。

「……ねぇ、レイン」

「ん?」

「あたい、あんたのこと嫌いじゃないよ」

 少し俯き気味にアスターはそう呟く。

 ずっと嫌われていたと思っていたため、その言葉に虚を突かれる。

「ヒメのことが好きなあんたは……嫌いじゃない」

 でもね、とアスターは言葉を続け、

「他の女と結婚するあんたは大嫌い!」

 そう叫ぶと腕に抱いていたワトソニアを強引に奪い取り、木陰の方へと走り去って見えなくなった。

 そんなアスターの行動に呆気にとられ、しばらくワトソニアを抱えていた腕の形のまま固まっていた。そしてずるずると横に倒れ、両手で顔を覆いながら呟く。

「どうしろっていうんだよ」

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