第21話 その少年、再会す。
【21】
それから更に一年と数ヶ月の時が経ち、十八歳の誕生日。成人を迎えるまで後一日と迫ったころ、二年前とは全く別物の暇を持て余していた俺はミズキと一ヶ月という短い期間を過ごした懐かしの庭を歩いていた。
ミズキ達と別れてから約二年、俺はだいぶ変わった。
背が伸び、二年前までメイド達と同じ目線だったのが今では見下ろすようになっていた。顔立ちからも幼さが消え、プラチナブロンドの髪と真っ青な瞳と相まってどこか騎士のような風格さえ醸し出していた。
ハナミズキの木の側に立ち、優しく手を触れた。ちょうど白い花が満開に咲き誇っていた。
「ミズキにも見せたかった……喜ぶだろな」
誰に言うでもなく、ポツリと呟く。
あれから高官たちによる勉強の合間を縫って色々なことを調べた。
例えば【アスプレニウム・アビス】はシマオオタニワタリ、アビスシダ、アビスタニワタリなどとも呼ばれ、脾臓の薬草として利用されていたこととか、【アイスランドポピー】はヒナゲシとも呼ばれ、葉が付かないのが特徴だとか、【アスター】はエゾギクとも呼ばれ、美しい頭状花を付けることが名前の由来だとか、【カライトソウ】は夏の草で、古くから止血剤として用いられていたこととか、【ワトソニア】はヒオウギズイセンとも呼ばれ、イギリスの自然科学者ワトソンを記念して付けられた名前だとか……調べに調べまくった。
そして、それを知るたびに、あの七人が恋しくなった。何度街に足を運んでも会うことがかなわず、伝聞でも様子を知る事が出来ない。
まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。
「もう……会えないのか? 俺、頑張ったんだぜ? いっぱい勉強してこの城の事、街の事、社会の事、人々の事を知った」
ハナミズキの木に話し掛けるとまるでミズキが話を聞いてくれているような気になる。
「奴隷や少年兵制度のことも今出来る限りのことに手を尽くした……でも、後はやっぱり俺が国王になって変えるしかないみたいだ。そうすると俺はルピナスと……」
そこまで言って声が途切れた。俯き、熱いものが胸にこみ上げてきた。
「本当にバカだなぁ……全部ミズキの言っていた通りだ。自分が持っているものを使おうともせず、失ってから大切なものの存在に気付く……本当、この二年後悔しまくりだ」
どうしてあの時簡単に別れた。すぐに会えるとでも思ったのか? どうしてあの時レインにならなかった。王族と庶民は相容れないと思ったのか? どうしてあの時サニー・アルフォードという名前を捨てなかった。捨てるのが惜しいと思ったのか? どうしてあの時“一緒にいたい”と言わなかった。自分にはその資格がないと思ったのか? どうして、どうして――……
大きく息を吸い込んで、一気に吐き出す。そのまま倒れ込むようにハナミズキの木の根本に座り込んだ。
自分の手をジッと見つめる。
今でも忘れない。忘れられない。
最後のあの日、自分の手をずっと引っ張ってくれたミズキのあの手の温かさ、柔らかさ、力強さ、そして小ささ……
忘れられるわけがない。
そうして感慨に耽っていると大きな木の陰に誰かが隠れているのに気が付いた。その木は二年前俺がミズキから身を隠そうとよじ登り、挙げ句の果てに降りられなくなった木だった。
ん? 誰だろう……
この庭園は二年前にミズキという存在を守るために徹底的に人払いをしていた名残もあって、めったに人が訪れない。
俺は前例もあるため、いつでも逃げられるように体勢を整え、木に隠れている人影に目を凝らす。
身長は俺の胸元くらいだろうか。金色の綺麗な長い髪に、クリクリと大きな金色の瞳。右肩から掛けている小さなポシェット、そして大切そうに胸に抱いている見覚えのあるウサギの人形――
「‼」
思わずその人影に向かって走り出した。頭で考えるよりも先に体が反応したのだ。
俺のその行動に驚いたのか人影も急いで逃げだそうとするが、二歩目を出したところで、自分で自分の足に引っ掛かり転んでしまった。
すかさず駆け寄ると転んだままの状態で、ピクリとも動かないその子を抱き起こし、服に付いた砂や草を払ってやると、まじまじとその顔を見つめた。
「やっぱり……ワト!」
その少女は見ない間に少し成長してお姉さんらしくなったが、まぎれもなく最年少で頭脳明晰のワトソニアだった。




