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第19話 少年の帰るべき場所

【19】

 ワトソニアの奏でるハーモニカの音がどんどん遠く離れていく。

 ミズキは俺の手をしっかりとつかんでいて離す気配を見せない。それが嬉しくて、切なくて、俺もその手を、ギュっ、と握り返した。

 屋台のたくさん出ている通りに戻り、まっすぐ城へと向かう。おそらく、もう寄り道はないだろう。

 俺の少し前を歩き、まっすぐ前を見据えて振り返ろうとしない。振り返ってほしいと思うと同時に、こちらを振り返ってほしくない、という思いが交差する。

 俺はおそらくミズキが――

 そう思っていると、ミズキの長くて何故か不自然に感じる金髪が目の前で揺れた。別に金髪が珍しいというわけではない、むしろこの国では金髪が大半を占めていると言ってもいい。それでも何故か、ミズキの金髪は違和感が拭えないのだ。

「なあ、その髪……」

「ほえ?」

 歩を緩めることはなかったがようやくミズキがこちらを振り向いた。

 その時、ミズキは振り向いただけなのに俺は一瞬怯んでしまった。何か言い知れぬ寂しさに苛まれて――

「その髪……地毛?」

「ああ、これ?」

 そこでミズキは自分の髪を一束掬い取ると、指先でくるくると弄んだ。

「染めとるんよ」

 茶目っ気たっぷりに言われたその言葉を理解するのに少しの時間を要した。

「え、染め……たの?」

「うん」

 半信半疑でもう一度尋ねるも、ミズキは迷うことなくはっきりと同じ答えを返す。

「……どうして」

 今の時代に自身の髪を染める人は多くない。それが庶民であればあるほど人数は減る。髪を染めるための染料は貴重で高いのだ。

「う~ん、ちょっとした諸事情で」

 苦笑いを浮かべて軽く返してはいるが、それ以上髪のことに触れてほしくない、というのが何となく伝わってきたため、俺はこれ以上その話題に触れることはしなかった。

 城が近づいてきて、だんだんと別れの時が迫ってくる。

 たぶんミズキは、もう俺に会いに来てはくれない。俺も自分の時間を作ることは難しくなるだろう……本当にこれが最後だ。

 しかし、どうしても決心はつかず、ミズキは城の裏門へと俺を導いていく。

 門の前には衛兵が二人立っていた。

 衛兵はミズキを見つけるとしかめいた顔に笑顔を浮かべて話しかけた。

「おはようございます、ヒメ」

「ここに来られるのは久々ではありませんか?」

 初めにひょろりと背の高い方が挨拶をすると、それに続くように中肉中背の方が話しかける。

「おはようございます。う~ん、そうかもしれません」

 ミズキもまるでいつものことのように衛兵に返していた。

 そこで、ようやく俺の存在に気が付いたのかひょろりと背の高い方が首を傾げる。

「おや、そちらの御仁はヒメの彼氏ですか?」

「あッはッはー、だとしたら一大事だ!」

 相方の軽口に中肉中背の方が笑い転げていた。

 ……一体何が一大事なんだ。

 うちの衛兵はこんなバカしかいないのか、と呆れ半分に二人の会話を聞いていると、ミズキがあっさりと口を開いた。

「残念。彼氏ではなく、ここの王子様です」

 その言葉に大口を開けて笑っていた二人が、ぴたり、と笑うのをやめ、固まった。しばらくして、コホン、と咳払いをすると二人は恭しく胸に手を当てた。

「ヒメ、確かに今王子は誘拐されています」

「しかし、そういう冗談はどうかと」

「いや、冗談じゃありませんよ」

 そういうと、ミズキは俺が被っていたフードを取った。家を出てからずっとフードを被っていたため、急に太陽のもとにさらされた視界は明るさになれず、しばらくの間目を開けていられなかった。

 しかし、それだけの間でも衛兵が俺を確認するには十分だったようで、俺が目を開けた時には二人とも片膝をつき深く平伏していた。

「まさか本当殿下だったとは思わず、大変失礼しました」

「お帰りなさいませ、殿下」

「いや、いい」

 顔を上げろ、と言うと二人はおずおずとしながらも指示に従った。二人に落ち度はない。誰も一国の王子がぼろきれを羽織って帰ってくると想像もしないだろう。

「それじゃ、ウチはこれで」

 ミズキはそういうと片手を上げてその場を去ろうとしていた。

「え⁉ もう行くのか?」

 さすがに別れがこんな急とは思っていなかったので、戸惑いを隠せない。

「うん。あとは衛兵さんに任せるし、ウチは必要ないだろ?」

 そういうとミズキは元来た道を軽やかに駆けて行った。

 衛兵の二人はそんなミズキに深く頭を下げて見送った。二人のミズキに対するそれはまるで高位の者を相手にしているようであった。

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