第13話 その少年、不法入国
【13】
丘を下りきると街全体を取り囲む塀が近づいてきた。街に入るには関所を通り荷物などの検査を受けなければならない。
しかし彼らはそんなことはどこ吹く風。道の途中で回れ右をすると関所からどんどん遠ざかっていく。
不思議に思い、一人歌を歌っていないミズキに声をかける。
「街に行くんじゃないのか?」
「街に行くんよ?」
間髪入れずに帰ってくる答えに訳が分からなくなる。
「関所から遠ざかってるけど?」
「遠ざけとるんよ」
ますます訳が分からない。
一つ一つ区切って聞いていてはミズキたちの行動の意味が理解できないと思い、疑問に感じたことをはっきりと聞いた。
「関所から遠ざかってどうやって街に入るんだ?」
それを口にした瞬間、陽気に歌いながら前を歩いていた六人はぴたりと歌うのをやめ、バッ、と振り向いた。
「な、何だ?」
六人の冷たい視線が突き刺さり、俺は少したじろいだ。
そんな俺を見てアスターが口を開く。
「逆に聞くけどさ、あたいたちが関所を通れると思ってんの?」
「へ?」
アスターの言葉がうまく理解できずにいるとミズキが助け舟を出してくれた。
「関所を通るには身分証明がいるだろ?」
「あ、ああ、そうだな」
そうだったっけ?
自分で関所を通ったことのない俺は必死に記憶を掘り起こすも思い出せず、とりあえず頷いておいた。
しかし、思い当たる節がないのを見透かされたのか至る所からため息が聞こえてくる。ミズキは苦笑を浮かべながら説明する。
「関所を通るには身分証明書がいるんよ。それらは各街の役所でしてもらえるんだけど、孤児はそもそも戸籍がないから証明書も発行できんのよ。よって関所は通してもらえんっちゅう訳よ」
わかった? と人差し指を立ててニコリと微笑むミズキ。だいたいの事情を把握した俺は説明された言葉の内容をかみしめて、少し俯き加減に頷いた。
戸籍が無いってのは、この世に存在してないってのと同じじゃねーか……
軽率な発言だったと反省するも、彼らは容赦しなかった。
「そんなことも知らないのかこのダメ王子は‼」
「世間知らずにも程がありますわね‼」
「っていうかこんなこと幼児でも知ってるっての‼」
アスター、カライ、ソウの順に次々と俺を詰っていく。ワトソニアとアビスは何も言わないが、呆れ返った視線が刺さる。
「こらこら、仕方がないだろう」
さすがに見かねたのかポピーが三人を諌めるようにして、
「王子様は顔パスなんだから」
とどめを刺した。
本当にごめんなさい。
第一印象とはかけ離れたポピーの素に心がどんどん抉られていくように感じた。
「ほらほら、じゃれとらんでシャキシャキ歩く」
一方的な罵倒の嵐もミズキに掛かれば遊びと同じらしい。
俺は大きく息を吐くと荷物を持ち直し、ミズキたちの後を遅れない様についていった。
しばらく外壁に沿って歩いていると木々がたくさん生えているところに付き、七人はそれを避けるどころか中に突っ込んでいった。
木々の隙間に顔を入れてみると、そこには人が一人は入れるかくらいの隙間しかなく七人はそこを器用に通って行っているようだった。
俺も負けじ、と後をついていくが慣れている七人と違い、普段舗装されている広い場所しか通らないため、思うように進まなかった。
「待って……」
だんだんと七人の姿が遠ざかっていく。
まるで俺の声が聞こえていないかのように七人の姿は木々の向こうに消えてしまった。
右も左も前も後ろも木々に囲まれ、俺はそれ以上進む事が出来なくなっていた。
「……ミズキ? どこだよ……」
日が昇っているというのにそこは薄暗い。おそらく木々が日の光が入るのを邪魔しているのだろう。
何だか心細くなり、何度も何度もミズキの名を呼ぶが返事が返ってくることはなかった。
耳をすませば、ざわざわ、と風が木々を揺らす音しか聞こえない……いや、一つ不自然に音が鳴っている。ガサ、ガサガサ、とまるで小さな生き物が木々をかき分けて俺の元に近寄ってくる音。
「……まさか、オオカミとかじゃないよな?」
足の震えを抑えつつ、不自然に音のなる方に視線を向ける。そこには金色に光る二つの大きな瞳――
「うぎゃー、でたー」
必死に逃げようとするも、どちらを向いても木々に阻まれ逃げる事が出来ない。
うわー、うわー、と半狂乱に陥った俺は小さな手が、ポンポン、と背を叩いていることになかなか気づけないでいた。
ポンポン、ポンポン、と根気強くたたき続けるも、ついに我慢限界が来たのか背を叩いていたその人は大きく足を振り上げると脛めがけて思いきり蹴とばした。
「いっ‼」
半狂乱に陥っていても痛いものは痛い。
蹴られた個所を手で押さえピョンピョン跳ね回る。しかし、ここは木々に囲まれた狭い場所である。何も考えず飛び跳ねてしまった俺の頭にいくつもの小枝が突き刺さり、さらに痛みに悶えた。
ようやく痛みが和らぎ、冷静さを取り戻して辺りを見回すとそこにはバカを見るような目をしたワトソニアがいた。
「なんだ……お前か」
安堵の息をつくと、ワトソニアはそんな俺を一瞥すると背を向けてスタスタと歩き出してしまった。
「あ、ちょ、待てよ‼」
ずれた荷物をもう一度持ち直し、慌ててワトソニアの後をついていく。心なしかさっきよりも進みやすい気がした。
何度も木の根に足を取られながらも進んでいると街を囲んでいた外壁と同じような壁が見えてきた。壁の方に気を取られていると、ふっ、とワトソニアの姿が消えてしまった。
また見失ってしまった、と焦った俺は急いでワトソニアが消えた辺りに走って行くと、壁の一部が崩れていて壁の向こう側に植えられているであろう草木が顔を覗かしていた。
もしやと思い、えいや、と草の部分に頭を突っ込んでみると、案外すぐ近くに腰を下ろして楽しそうに笑っている七人がいた。
一番初めに間抜けな顔をして呆けている俺に気が付いたのはミズキだった。
「よーやっと来たか、ほんに待ちくたびれたで」
ミズキの声に反応して他の皆も草から頭だけを出した俺に目を向ける。
「本当、とろいわ」
「ワトに感謝してくださらない?」
「荷物傷つけてないだろうな?」
相変わらずのアスター、カライ、ソウの言葉とともに、ずんずんとアビスが無言で近づいてきた。
「え、なになに……」
アビスは背が高く体型が良いせいか迫られると少し怖い。
恐怖に顔を引きつらせているとアビスはその頭を容赦なく鷲掴みにすると、まるで雑草でも引っこ抜くかのように思い切り引っ張った。
「うわー」
俺の体はずるずると草から抜け出し、放り棄てられた為またもや体を地面へと打ち付けた。
引っこ抜かれた……というか、なぜ投げ捨てる‼
一国の王子に対するそれとは思えない扱いに、涙ながらに打ち付けて痛むところをさすっていると、
「大丈夫か、レイン?」
くすくす、と笑いながらミズキがいたわりの言葉をかけてくれる。
「心配するくらいなら初めから優しくしてほしいものだね」
扱いのひどさに、少し拗ねたように言うと、ミズキが、ごめんごめん、と片手を顔の前にあげた。
「でも、本当にワトに感謝してね」
「へ?」
よく訳が分からず頭を傾けると、ミズキは側にいたワトソニアの頭を撫でながら微笑んだ。
「あそこね、なぜだか磁石は利かんし、声は届きにくいんよ。しかも入り組みまくっちょーけん、ワト以外は全員一定の路しか通れん」
「それって、まさか……」
アビスが迫って来た時とはまた別の恐怖に顔を引きつらせていると、ミズキは一つ、コクン、と頷くと笑顔で右手で拳を作り、親指だけ立てると首もとで左から右へと真横に動かして言った。
「迷子になったらThe END」
マジかよ……
背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
「うちの子は優秀だけん、レインがどこらへんで迷子になっているか予想をつけて迎えに行ってくれたっちゅう訳よ。それにワトの案内はウチらの後追いかけるより進みやすかったろう?」
……確かに。
そう思うと、助けてもらったのだからきちんと礼を言わなければならない。ミズキに褒められて嬉しそうにしているワトソニアに向き直ると、素直に頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう」
それを見るとワトソニアは、ポン、と俺の頭を叩くと、さっさと背を向けてしまった。
その様子を見てミズキがまた楽しそうに、くすくす、と笑っている。
俺はその理由が分からず首をひねっていると、空気を読んでいるのかいないのか、ポピーが無情の宣告を継げた。
「さあ、一休みもしたし、行こうか」
「え、俺まだ休んでな……」
すかさず休憩の申し入れをしようとするが、
「何ですか王子様、僕の荷物も持ちたいって?」
笑顔の悪魔が降臨されていた。
「いえ、何でもないです」
項垂れ、涙を流す俺にはもう、この国の王子としての威厳は一切なかった。
しかし、いつまでもくよくよしている訳にはいかないので、取り敢えず気を取り直して、それぞれ草の上に置いていた自分たちの荷物を担ぎなおしている七人に現在地を尋ねることにした。
「んで、ここどこだ?」
「何言ってんのあんた?」
するとアスターの呟きとともに、六人分の可哀想なものを見るような目が俺に集まった。
「レイン、ここはね」
ただ一人、ミズキだけは冷静に俺の質問に答えてくれる。
「城下町だよ」
「へ……それじゃあ」
世間知らずで察しの悪い俺でもだんだんと自分の今置かれている状況を把握していく。
「さっき潜った壁って……」
「外壁♡」
「不法入国―‼」
俺の雄叫びが朝の清々しい空に響いた。




