第1話 その王子、少女と出会う。
【1】
【一人の少女が泣いている
冷たい籠の中で泣いている
そこへ自由に羽ばたく小鳥がやって来た
ねぇねぇ どうして泣いているの?
そこで少女は小鳥に答えた
あなたのような自由が欲しいの
それを聞いた小鳥は首を傾げてこう言った
どうして? どうして?
籠の扉は開いているよ…… 】
この街の一番高い丘の上に存在するアルフォード城は、今日もまた日の光に輝き、下の街々を見下ろしていた。
「おはようございます、殿下」
「おはよう」
ふらふらと目的無く廊下を歩いていると、ニヤニヤと笑いながら高官たちが挨拶をしてきた。ちらりと後ろに目をやると、高官の背に隠れるようにして粗末な服を着た少年が控えている。
少年の目に生気はなく、まるで人形のように思えた。
俺は未だにニヤニヤとこちらを見ている高官たちに嫌気がさし、外の空気を吸うために庭園へと足を運んだ。
朝早くからメイドたちが必死にセットしたプラチナブロンドの髪も風が弄び、ぐちゃぐちゃになっていく。そんなことには一切頓着せず、暇を持て余していた俺は本を片手に綺麗に整備された庭園の真ん中に大きくそびえる木の根本に腰掛け本を開き、真っ青な瞳で同じく真っ青な空を見つめた。
楽しいことなど何一つ無い。毎日毎日同じことの繰り返し……最近の新しいニュースと言えば、正式な婚約者が決まったことくらいだ。それすらも俺にとってはどうでも良いことだ。何せ相手は幼なじみで従妹のルピナス姫。婚約しようとしなかろうと今の状況が変わるわけではない。実につまらない日々だ。
大きく息を付き、開いた本に目を戻し暇な時間を潰す。しばらくすると、どこかから風を切るような、ひゅんひゅん、と言う音が聞こえてきた。
音の出所を探るため、首を至る所に巡らすが特に変わったところはない。するとある防壁の一角、外部から何か黒いものが飛び込んできた。その物体の先は鍵詰めのように鋭く、反対側には縄が付けられていたらしく、スルスルと外部から引っ張られ、そのうち防壁の隙間に鋭い鍵詰めが引っかかった。
確か、あれは『鉤縄』という忍び道具だった気がする。
そんなことを考えているとその縄を伝って誰かが防壁を上ってきているような気配がする。最近は金目当ての王族誘拐が多発しているという報告を受けた。
まずいな。今ここには兵士の一人もいなければ使用の一人もいない。走って逃げるにしても逃げ切る前に敵が姿を表し、すぐに見つけて捕まってしまうだろう。そうなると俺には抵抗するすべが一つもない。
一か八かで、手にしていた本を放り棄て、根本に腰掛けていた木によじ登る。息をひそめて防壁の様子をうかがう。
俺が木に登り終わるや否や、防壁からゆっくりと周りを伺うようにフードを目深に被り、男とも女とも区別できない者が辺りに視線を巡らせる。フードの隙間から鋭く光るその瞳は、見たもの全てを石に替えてしまいそうな恐ろしいものだった。
賊はゆっくりと首を回し誰かいないかと確認しているようだ。そして俺が身をひそめている木に目を止めると、まるで俺がそこにいることをわかっているかのように観察した。しばらく観察すると防壁の上に乗り、今度は鉤縄を反対側に引っ掛け、縄を伝って降りてきた。
背は俺より多少低い百六十センチ前後と言ったところだ。賊の身につけている黒いマントは薄汚れていて、裾が長いのか多少地面に引きずっていた。
賊は鉤縄をきちんと回収し、再度誰かいないか確認すると真っ直ぐ俺が身を潜めている木に何の迷いもなく近づいてくる。
心臓が今まで経験したこともないほど高鳴り、今にも飛び出してきそうだ。
頼む、来るな‼
鼓動が聞こえるのではないかと不安になりシャツの上から胸を押さえつけ、身を固くする。
賊は俺が身を潜めている木の真下に来ると口に手を当て、木の上に向かって呼びかけてきた。
「お~い、そこの君。降りといで~、取って食ったりせんぞ~」
賊の操る言葉は訛りがあり、理解するまでに少し時間が必要ではあるが聞き取る事が出来る。また、声は予想していたものとは遥かに違い、美しく、柔らかく、そしてとても心地よかった、が、
……バレた‼
自分の顔が徐々に熱くなるのを感じる。暑くもないのに、だらだら、と背中に汗が流れ落ちる。
「どした~、降りられんのか~」
賊の間延びした声が尚も呼びかけ続ける。
そして俺はAの言葉である重大な事実に気が付いてしまった。
……ん? 木には登れたけど、降りられない……
居場所を見破られた時とはまた違う焦りが俺を襲う。どうしよう、とあわてていると、そんな気配を読み取ったのであろう賊は大きく溜め息をつき、俺に哀れみの目を向けた。
「な~んで、降りられもせんのに木に登ったりしたんかねぇ~。ここなら、大声でも上げりゃすぐに兵士が飛んでくるだろうに……そう言う考えはもっとらんかったんか? それに、隠れとるつもりだろうが、防壁の上からじゃその木の上なんか丸見えだったぞ」
そっ、そんなバカな!
背中に流れる汗が冷たく感じる。賊は焦りまくる俺を見据え、再度大きく溜め息をつくと大きく手を広げた。
「ほら、おいで。受け止めちゃーから」
そんな呆れいっぱいの賊の言葉に、隠れ切れていなかったことへの羞恥と木から降りられなくなった事への動揺から今日初めて口にした声は震えていた。
「ど、何処の馬の骨か分からない奴に飛びつけるか。それに、城内への不法侵入はバレたら即刻死刑だぞ」
賊は広げている手を、だらり、と下ろすと真っ直ぐ俺を見つめた。
「そげんこと言っちょる場合じゃなーと思うんだけどな~。まぁ、その情けない姿を他の人にも見られてもええんだったら別にええけど…」
ニヤニヤと笑いながら(絶対笑っているに違いない)腕を組み、俺が必死に木にしがみついている姿を見上げた。
俺はさらに顔を赤くなるのを感じながら、首を横に振った。
そんな俺の姿に賊は、ぷっ、と吹き出し、「分かった、分かった」と楽しそうに言いながらその場に腰を下ろした。
「じゃあ、ウチの言う通りにしてみ?」
俺はその言葉に驚き、下に目を向け賊の顔があるだろう場所を見つめる。賊の目はさっきまでの恐ろしい目とはうって変わり、優しい目をしている気がした。
悪い奴じゃないのか?
俺はとりあえずここから無事降りるために素直に従うことにし、賊の次の言葉を待った。
「まず、そのすぐ下にある枝の根本に右足を置いて、左手で目の前にある枝を掴んでみ」
賊の誘導は的確ですごく分かり易かった。俺が指示通りに動き終わるまで次の指示を出さず待ち、危険なところは、そのたびに注意をくれた。そしてたっぷり五分使ってようやく地上に降り立った。
「はぁぁ、やっと降りられた~」
さっきまで緊張していた分疲労が、どっ、と押し寄せ、その場に仰向けに倒れた。




