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5章 至上最凶最悪の犯罪者―――六百六十年・九月(二)



 バタン。カツン、カツン、カツン……。


 野次馬達のひそひそ声と、痛い程の好奇の視線に晒され。且つ、細い両腕を屈強な係員に捕まえられ。なのに被疑者は薄笑いを一ミリも崩さず空の弁護席の前、被告人席へと着いた。

 冒涜的な程真紅に染め上げられた白衣。背中で括ったプラチナの髪に、油断のゆの字も無いアメジストの瞳。癖なのか赤衣(見たままだが)のポケットに手を突っ込もうとするが、手錠を嵌められていたので叶わなかった。


「……ふぅん。中々広い法廷だね」


 綺麗で聴き心地の良い声だが、抑揚の無いせいか酷く冷たく感じられた。

 『Dr』は両側に聳える係員達を見上げ、蟲惑的にウインク。

「案内も終わったんだ、もう帰っておくれよ。大体、お前達がそこでぼけっと突っ立ってたら、私目当てのギャラリーが残念がるだろう?」

 毒舌と冷たい視線を浴び、百戦錬磨の筈の男達が身震いして本気でビビりだす。

「ねえ裁判長様、こいつ等下げて下さいよ。心配しなくても逃げませんから。どうせ法廷の外も裁判所の出入口も、警察官と政府員共で完全封鎖しているんでしょう?それとも」

 嵌められた手錠がカチャリ、と鳴る。


「―――初っ端から神聖な法廷に血潮ブチ撒けて構わないのかい?」「「ひっ!!?」」


 同時に飛び退く係員達に、落ち着け、ボディチェックはしたんだろう?だったら危険物は持っていない筈だ、エルが声を掛ける。

「ほう、初日から副聖王様の御出陣とは畏れ多い」

「謙遜どうも。生憎次に会うのは四日目だが、明日明後日は“黄の星”一の名検事がお相手だ。退屈せずに済むよ。―――裁判長、僕からも彼等の退席を申請する。閉鎖は完了済みで、安全は保証されている。それに、二人の精神がこのまま最後まで保つとは思えない」

「規則には反しますが、止むを得ませんね。分かりました。係員、出口でなら警備に就けますか?―――ではお願いします」

 役目から解放された彼等は、まるで脱兎のように階段を登っていく。制服に厚手の手袋をしているにも関わらず、二人共『Dr』に触れた腕を無意識に掻き毟っていた。


「では被告人も出廷しましたし、そろそろ本法廷を開廷致します」カン!裁判長がハンマーを振り下ろす。


「弁護側……は今回不在でしたね。では検察側、準備は出来ていますか?」

「はい、完了しています。あ、丁度コーヒーも来ました」

 係員からトレーを受け取り、無骨なメタリックのマグカップにブラックのまま口を付ける。

「うっ!匂いが無いくせにやたら苦い。相当煮詰められているな」

「ええ。ここの給湯室のコーヒーメーカーは、一日中フル稼働ですからね。運が悪いと舌に粉が張り付いてエライ目に遭います」あんたも被害者かよ、裁判長!?

 俺も自分のカップにミルクとシュガーを入れ、一口含む。うん、タダと思うとまずまずの味だ。

「ところでエルシェンカ様。そちらのジェントルマンはどなたですか?」

 そう言ってペラッ、手元の書類を覗く。

「申請書には御一人で出席とありますが」

「ああ、彼は僕の助手のジョウン君です」いきなり本名出しちゃったよこの人!?「ほらジョウン。皆さんに御挨拶して」

 突然の事態にキョドる俺。その視界にふと傍聴席の斜め右、端の方で如何にも窮屈そうに座る両親の姿が映る。途端現金にも緊張が解け、普段のテンションが戻った。

 俺は優雅に観客達へ一礼し、自己紹介を開始する。


「只今御紹介に預かりました、ジョウン・フィクスでーす!在籍はシャバム中央学校初等部。ちょっち不登校気味で出席日数ギリギリだけど、いちおー学生やってます。本日は社会勉強を兼ねて、こちらの裁判所にお伺いしましたー!」親父達に向けてVサイン。「いえーい!親父、お袋、見えてるー!?」


 度肝を抜かれたギャラリー達に混じり、気の弱い母親が危うく卒倒しかけるのが見えた。ありゃ、ちょっと派手にやり過ぎたか?

「こらジョウン!?せめて始業式だけでも大人しく行けとあれ程……全く、済みません副聖王様。不肖の息子が御迷惑をお掛けしてしまって」

「いえ、大変元気で将来有望なお子さんだと感心しきりです。そこで僕から一つ提案なのですが、ギャラリーの皆さん。もし宜しかったら、彼の御両親を最前列に座らせてあげて下さい。何せ息子さんの初舞台ですからね、近くで見たいのが親心と言う物でしょう」

 数秒してサーッ!と割れる群集に、済みません済みません、お袋を支えた親父はペコペコしながら降りて来る。

「ジョウン。大切な話し合いなんだから、皆さんに迷惑掛けちゃ駄目よ?」

 着席するなり、やや元気を取り戻したお袋がお小言を飛ばす。

「え、話し合いだったのかいお母様?私はてっきり、愁嘆と怒号渦巻くド修羅場を想像していたんだけどね」

「ひっ!?」

 予想外の方向からの突っ込みに、一瞬で縮み上がった母は父に縋り付く。ガタガタ震える彼女を眺め、おい木偶の坊共、怪女は先程ドアへ追いやったばかりの係員を呼び付けた。

「は、はい!」

「あの女を医務室で休ませてやりな。確か今日の原告はダン・ルマンディだろう、エルシェンカ様?なら、素人には刺激が強過ぎる審議だ。このままいたらブッ倒れるのは目に見えている」

 クスクス。

「まぁ、一生トラウマになってもいい奴だけ残りなよ。そこの少年紳士も、逃げるなら今が最後のチャンスだ」

 ビシッ!犯罪者に向け、俺は人差し指を突き出した。くぅー、カッコいい!決まったぜ!!

「嫌だね。ここですごすご帰るぐらいなら初めからサボってない。親父はどうする?」

「うぅ……仕方ない、お前は少し休ませてもらいなさい。私はあいつに付いている」

「お願いします……」

 係員に肩を貸され、何時に無く苦しそうな母は法廷の外へ。

(たった一言であれとか、どんだけ化物なんだよこの女……)   

 しかし負ける訳にはいかない。何ってったって俺、今はれっきとした助手なんだからな。

 相方の高い背を見つめ、自分に強くそう言い聞かせた。




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