1章 殺人現場にて―――六百七十五年・十月四日(一)
住民の通報を受け、宇宙暦六百七十五年十月四日、午前十時。中規模アパート・メゾンラブレ三百五号室に、“赤の星”ラブレの地元刑事二人が到着した。
「酷い仏さんだな……」
玄関から片脚を出して出迎えたのは、二十代後半の男性の遺体だ。額から後頭部にかけて、見事にパックリ割られている。靴脱ぎ場は流出した血と脳漿で、かなり広範囲に亘って汚れていた。
「鑑識、被害者はこの姿勢で発見されたのか?」
パシャッ、パシャッ!フラッシュを焚き、無残な状況をフィルムに焼き付ける職員へ声を掛ける。
「はい―――良し、裏返すぞ。せーの!」
くるっ。乾燥しかけた虚ろな眼球が天井を向く。その表情は激痛と、突然の死に対する驚きに満ち満ちていた。
「うーむ……詳しくは司法解剖しないと分からんが、他の外傷は無さそうだな。身元は?」
「ズボンのポケットに財布とパスが。これです」
パスポートには遺体と瓜二つの精悍な顔の写真。下には『アラン・アンダースン』と印刷されていた。しかし住所は同じ街内だが、このアパートの物ではない。財布には少ないものの紙幣が数枚残されており、特に抜き取られた形跡は無かった。
「ここの住人じゃないのか?確かに……このホトケが住んでいるにしては、えらく素敵な部屋だな」
全体的に白を基調とした小さめの家具。パステルピンクの絨毯や、フリル付きのカーテンが可愛らしい。抽斗の付いた棚の上には、ふかふかの兎と猫のぬいぐるみが仲良く座っている。実に分かりやすい独身女性、それもかなりファンシー趣味の持ち主だ。
「って事は彼氏、若しくはストーカーか……本物の住人はどうした?」
「現在行方不明です。それが警部、部屋の主はどうも……例の『Dr.スカーレット』の親類だそうで」
「何!?あの『S事件』のか!!?」
数年来の部下が声を潜めた甲斐無く、現場監督者は驚愕の大声を出す。他の捜査員達が揃ってギョッ!となる中慌てて口元を押さえ、再度確認する。
「マジなのか?」
「ええ。自分もさっき、移動中に副署長からの連絡で知ったんですが……その関係で、もうすぐ政府館から応援の捜査員が派遣されてくるそうです。遺体の搬出はそれを待ってから、と」
「了解。おい、第一発見者は誰だ?」
「隣の三百六号室の主婦です。朝のゴミ出しで前を通った際、ドアが半分開いていて見つけたそうです」
「行くぞ。聖族政府が来るなら、そっちの証言も取っとかないとな」
本来ならば、別組織の人間に現場を荒らされるのは御免被りたい。だが『Dr.スカーレット』関連事件、通称『S事件』は田舎の所轄の手に負える懸案ではない。正直な話、引き受けてくれて有り難いとさえ思う。
「そうですね。まだ本当に『S』関係かはともかく、向こうの欲しがりそうな情報を集めておくに越した事はありません」
鑑識にその場を任せ、コンビは一度外の通路に出た。と、警部がドアの辺りへ屈み込む。
「ん?―――おい!ここ、何か引き摺ったような跡があるぞ!!」
慌てて遺体を確認すると予想的中。ジーンズの前側、そして傷口にも僅かながら土埃が付着していた。
「成程。つまり犯人は被害者を殺害後、わざわざここまで運んで隠したのか。つう事は、ここの住民が加害者って線は取り敢えず消えたな」
幾らキチガイの関係者でも、流石に死体を自宅に放り出したまま逃亡したりはしないだろう。