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巨木の下で交わした約束

作者: 鳥の巣

 僕には幼なじみが存在する。ありふれた話だろうけど初恋もその子だ。小さな頃からずっと一緒でこれからも一緒だと無邪気にそう信じていた。けれど現実は非情だった。


 彼女は転校することになった。

 僕はそれが信じられなくて、彼女から聞いても、親から聞いても、先生から聞いても信じなかった。いや、信じたくなかった。逃げるように殻に閉じこもっていると心の中にもう一人の僕が現れた。


 彼は心を隠す事に長けていた。心の目を閉ざし、心の耳を塞ぎ、心の口を閉める。そうすれば何を見ても、聞いても、口がいつも通り動いた。そうすることで彼は僕を取り繕っていた。

 逃げているとは分かっている。けど、彼に頼ってまで僕は彼女が転校すると信じたくなかった。


 彼女が話しかけて来ると僕は彼に代わり、彼女が離れると彼は僕に代わる。

 そうして心を保ち続けていた。けどそれも長くは続かなかった。

 逃げ続けていても唯一逃げられない時間に追いつかれた。




 一週間後に彼女は転校すると先生から告げられると目の前が真っ暗になった。彼が代わってくれなかったら叫んでいただろう。

 授業が始まっても全く身が入らない。時間がない、そう気づいた僕は彼女に別れを告げることを決心する。信じたくないのは今も同じだ。けれどそれ以上に彼女と何も言わず別れるのが何よりも嫌だった。


 授業そっちのけで別れの言葉を考える。この情熱を別の方向、例えば授業に向ければおそらくテストで満点は取れるだろうというくらい真剣に考えた。

 決めた言葉は短く「僕の事を忘れないで」とこれだけにした。

 昼休みになり、彼女に言おうと椅子から立ち上がる。けどそれ以上は体が動かなかった。足が、手が震えて前に進む事を拒絶してくる。


 今まで逃げ続けてきたんだ。今更会って話がしたいなんて許される訳がないだろう。


 彼が僕を戒めるように呟く。その通りだと僕は思う。結局僕はいつものように彼女から距離を取るために教室を出た。逃げる時だけは足が動くんだと自分が嫌になる。

 廊下を足早に駆け抜け屋上に向かう階段の踊り場に座り込む。屋上は立ち入り禁止だからここに人が来ることは滅多にない。一人になりたいときによく来ている場所だ。

 自己嫌悪の深いため息が出る。自分勝手で自分本位で、自己中心的な自分が本当に嫌いだ。


 せめてきっかけが欲しい。


 そう思い探した。男友達に聞いた。女友達にも尋ねた。先生にも伺った。

 男友達からは嫉妬とからかいを受けた。諦めたくなかった。

 女友達からは都合が良い話だと疎まれた。自分勝手だとは分かってる。

 先生からは後悔しないようにと言われた。頷いた。

 誰も彼も知らないと言われて焦る。


 一週間、まだ一週間じゃない。もう一週間だ。たった七日で彼女と何も言えず別れてしまう。嫌だ。絶対に嫌だ。


 一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日が過ぎた。何の成果もなく日が過ぎると後悔で枕を涙で濡らす。

 最近夢見が悪い。

 結局きっかけが見つからず何も言えず別れる。何かしらのきっかけを見つけて彼女に近づこうとしたら誰かに押さえつけられて彼女が行ってしまう。そんな夢を見た。

 朝起きると不安で高鳴る心臓を宥め、震える体を落ち着けてから一日が始まる日が続く。

 今日こそは見つけると思う。反対に今日も駄目だろうと不安にもなる。




 ある噂を聞いたのはそんな時だ。


 町外れにある巨木。その下で交わした約束は必ず果たされる。


 ありきたりな噂話だったが今の僕には渡りに船だ。噂話が真実だろうと虚実だろうと背中を押すきっかけを見つけたと喜ぶ。

 授業が終わりみんなが帰宅する時、僕は彼女の前に早歩きで向かう。

 話しかけられた彼女は目をまん丸に見開いて驚いていた。今の今まで逃げていたんだ。急に話しかけられてびっくりしたのは当然だろう。でも直ぐに嬉しそうに微笑んでくれた。その笑顔が逃げ続けていた僕を責めているようで心が痛む。

 心の痛みを秘めたまま「話があるから町外れの巨木の下に来てくれ」と早口に告げると逃げるように巨木の下に走る。

 彼女が来るまで意味も無く巨木の外周を回ったり、まだ来てないかなと周囲を見回したりして待ち続けた。


 太陽がその姿の半分を隠し空が夕焼けに染まってきた頃、彼女がやってきた。帰る時に見た服装とは違っていたため一度帰った事が窺える。

 彼女は「待った?」と聞いてきた。僕は「ううん全く」と嘘を吐く。

 言おう。僕の事を忘れないでと。口を開いて声を出そうとする。けれど出てくるのは言葉にならない息だけが口から出てくる。


 嫌だ。別れるのは嫌だ。言いたくない。言ったら別れを実感してしまう。ならいっその事何も無かったように過ごすのもいいんじゃないのか。

 

都合の良い言い訳が出てくるけど、そんなのは駄目だ。言わないといけない。でも、声が出ない。何でだよ。自分が情けなくて涙が出そうになる。

 そんなとき彼が表に出てきた。僕が感じた悲しみを隠して口を開く。

 「ごめん、なんでもない」とだけ言ってその場から逃げ出した。僕の背に彼女が何かを言った気がするが彼の閉ざした心には響かなかった。




 自宅の部屋に着いた僕は大声で泣いた。目が腫れて声が涸れても涙は出続ける。そんな時両親から一本の電話が届き、声を失う。

 彼女が家に帰っていないらしい。涙も引っ込んでまさかと思う。

 家を飛び出す。靴を履く暇も惜しんで裸足で外を駈ける。


 今日は既に二度全力で走っている。疲れの蓄積のせいで呼吸をするのもつらい。でも僕は足に力を入れて速度を緩めず巨木の下へと走った。

 疲れが限界を超えて途中何度か吐きそうになった。目の前がぐるぐると揺れて、些細な排気ガスの臭いを感じるとすぐに気持ち悪くなる。走りから歩みに変わっても足は止めない。

 頭がぼぅとして、ぐらぐら揺れる大地の上を歩いているのか走っているのか分からなくなってきた。


 僕は一体何をやっているんだろう? 分からなくなってきた。それでも一つだけ分かることがある。彼女に会いたい。今はただそれだけが頭の中にあった。

 会いたい。会いたいよ。

 瞳の奥が熱く感じる。頬を何かが伝う。

 「会いたい、よ」と勝手に声を紡いだ。

 彼の仕業だろうか? それとも僕の声? 分からない。今はただ彼女に会いたい。

 巨木の元にたどり着いた。

 揺れる視界の中、彼女が立っているのが分かった。焦点が合わずはっきりと見えないけど彼女だと僕は確信した。いつも見ていたんだ。分かるよ。

 彼女は僕が近づいているのが分かると一度距離を取ったが、すぐに走って近寄ってきた。

 手を伸ばせば触れ合える距離。ここまで近づくと彼女の顔がはっきりと見えた。

 僕は言う「泣いてるの?」と。

 彼女は「泣いてないわよ馬鹿」と涙声で答えた。

 僕は疲れを押し殺し何とか笑みを作り掠れた声で「泣き顔で説得力がない」と告げる。

 彼女は泣き顔のまま顔を赤らめるという器用な真似をして文句を言ってきた。

 彼女に会えた事で気が緩んだのか、彼女の声が段々と遠くなってきている。

 僕は消えゆく意識の中、言えなかった言葉を――――




 意識だけが覚醒した。体が動かない。目も開かない。

 一体僕はどうしたんだろうか? ここはどこ?

 心の中で思っても返事は――「ここはね君の心の中だよ」――あった。続いて尋ねる。

 君は誰?

 声の主は僕の質問に苦笑してから答えてくれた。

「僕は君だよ。君が彼と言っている存在」

 驚く。また質問をしようとすると彼から待ったがかかる。

「次は僕の質問。君はどうして彼女に執着するのかな?」

 だってずっと一緒にいたんだ。離れたくない。

「答えになっていないよ。それは過去の話。過去、今までがそうだったからと言って未来もそうである理由がない」

 それに、と彼は続けた。

「僕が一緒に居たいと言っても、彼女が拒めば君の願いは叶わないよ」

 何も言い返せなかった。すると彼は優しい声音で質問してきた。

「彼女と一緒に居たい?」

 頷く。

「彼女の傍が安心するから?」

 頷く。

「彼女が好きだから?」

 恥ずかしさから一瞬だけ硬直したが頷く。

「なら君の答えは単純だろ。好きな相手の傍に居たい。だから一緒に居たい。たったそれだけじゃないか」


 ――て!


「ほら起きないと。そして、あの言葉を言おう。僕を忘れないで、じゃない。君自身の本当の気持ちを伝えないと。それに僕じゃなくて君が言わないと意味がない。自分に言うのも変だけど頑張って」

 彼の声が遠ざかり、誰かの声が近づいてくる。

 ああ、この声は彼女の……。




 目を開ける。白い天井と彼女の泣き顔が目に入ってきた。僕が起きた事が分かると彼女は抱きついて泣き叫ぶ。体が重かったけど腕を彼女に回し、赤ん坊をあやすように背中を叩いた。

 彼女の温もりを感じたままあの言葉を言おうとする。でも前と同じで声がでない。逃げ続けて今更言ってもいいのか? 分からないと不安で一杯になる。

 「話したいことがあるんだ」と自分の口が勝手に動いた。心の中で「助けるのはこれで最後だよ」と彼が言った気がする。

 彼女は泣き顔のまま僕の顔を見つめてくる。抱きついていたから睫毛の数まで数えられるほど至近距離で見つめ合う。彼にここまでお膳立てされて言えないなんて言えない。一度深呼吸をしてから告げる。


「好きです。付き合ってください」


 あんなに言葉に詰まっていたのにあっさりと告白出来た。直後、僕は顔から火でも噴くんじゃないかと思うほど熱くなる。


 何分が経過しただろう。それともまだ数秒しか経っていないのかもしれない。固まった彼女に僕は言う。

「へ、返事くれませんか?」

 彼女は瞬きを数回する。顔が急速に真っ赤に染まり、口をあうあうと動かしたと思うと、視線を僕に真っ直ぐ向けて――唇が重なった。

 今度は僕が瞬きをする。そしてされた事を理解するとさっきよりも顔が熱くなる。火を噴くどころかマグマが噴きそうなくらい熱い。

 彼女も負けじと真っ赤に染まり「これが返事です」と小さく呟いた。

 こうして僕たちは付き合うことになった。




 あの日僕は倒れたようだ。その後僕を抱えて泣き叫んでいる彼女を近所の人が発見。彼女の両親に連絡、駆けつけると僕が真っ白な顔で意識を失っていた。即座に救急車を呼んで病院に搬送されたみたい。

 彼女が「本当に心配したんだから」と腕に抱きついてきた。

 本当に悪いと思うので素直に「ごめん」と謝罪する。

 僕が眠っていたのは二,三時間程度だったみたい。その後お医者様の検診を受けて一日だけ様子見で入院し退院する事が出来た。


 別れの日まであと三日だ。

 今までの時間を取り戻すかのように僕たちは一緒にいた。学校の登下校はもちろん。放課後まで手を繋いで町を散策する。僕は貯めていたお年玉数万を使って彼女が喜ぶ事を沢山してあげようとした。

 娯楽に疎い僕でも思いつくのはカラオケ、ボーリング、映画、ショッピング。全部は学校があるのと保護者が云々で無理だけど思いつく限り全部してあげたかった。

 彼女と過ごす日々は楽しかった。けど、楽しい日々はすぐに終わりが来た。


 別れの当日。僕は彼女を巨木の下に呼んだ。倒れてしまった日の上書きだ。

 巨木の下で彼女と向き合う。彼女は涙を流して「楽しかった。今までありがとう。さようなら」と言ってきた。

 僕も泣きそうになりつつも「違う!」と叫ぶ。

「さようならじゃない!」ポケットに入れていた小さな箱を取り出す。そして「いつか絶対に迎えに行くから!」と彼女に銀色の指輪を差し出した。遊びに使ったお年玉の余り全部をつぎ込んで買った代物。

 彼女は顔を赤らめて受け取り左の薬指に填めようとしたけど予想以上にぶかぶかだった。

 また泣きそうになる彼女に「それが付けられるようになったら結婚しような」と約束を交わす。

 彼女は真っ赤に染まりつつも頷いてくれた。


 こうして彼女は転校していった。


 町外れにある巨木。その下で交わした約束は必ず果たされる。


 絶対にこの噂を現実にしてみせる。

 僕は強く握りしめた手を空高く掲げた。


 最後まで読んでいただきありがとう御座います。僕の心理描写が難しいですね。

 誤字脱字の報告。あとできれば感想をお願いします。

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