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次期当主と花嫁候補  作者: つら
第二章
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第五話(2):Rival

 フラウが着席するメーウィアにつき添い、持参した白布を膝の上に広げる。エウロラは甲斐甲斐しく女主人を助けるその姿に目を留めた。

「素敵な使用人をお持ちね。これほどの美形には中々お目にかかれないわよ、それに振る舞いにも品があって……ただの平民ではないわね。高いのでしょう?」

 使用人の値段を探ろうとする質問に不快を感じてメーウィアは眉の形を歪めた。具体的な報酬金額までは知らないが確かにフラウは”高い”。父からしてみれば見栄もあっただろう。だが、メーウィアが側に置いているのはそれなりの対価を払うに相応しい存在だと認めているからだった。

「……ありがとう、でも、大したことではないわ」

 感情的にならないように気をつけてメーウィアは答える。

 実際にはフラウの容姿や所作は大いに役立っていた。メーウィアの立ち居振る舞いが美しいと称えられるのは彼の指導の賜物だったし、フラウを見て求婚を思いとどまる貴族も少なくない。幾ら使用人とはいえ美形の男に鼻で笑われては告白する勇気も萎んでしまうようだった。

「お茶の準備が出来たようね。ね、これを見て下さる? 職人が私のためにわざわざ作ってくれた首飾りなの。お得意様だから特別にって。この宝石は稀少で手に入り難いのよ、綺麗に輝いているでしょう?」

「ええ、素敵ね。とても」

 エウロラはきっと上質な衣装に身を包んで、幾つもの宝石で着飾っているのだろう。対してメーウィアは母から譲り受けた耳飾りくらいしか持っていない。経済的な面ではルシルターク家に対して張り合う力はなかった。

「失礼します」

 エウロラの使用人から茶を受け取ったフラウが、メーウィアの前にそれを置いた。

「どうぞ。ツァイト家に置いてあったお茶の葉だから貴女も飲んでいるでしょうけれど、私の使用人はお茶を淹れるのがとても上手なのよ」

 勧められるままにカップに手をかけ、口元に運ぶ。漂う香りが鼻腔をくすぐる。ふと手を止め、メーウィアはカップを元の位置に戻した。

「どうなさったの? 美味しいわよ」

「……」

 エウロラの茶器を扱う音だけがメーウィアの耳に響く。漂う、香り。ツァイト家の茶。奇妙な違和感は確信に変わる。

「お嬢様、失礼します」

 控えていたフラウが突如メーウィアのカップを取り上げた。食器が触れ合う音を立てたのはメーウィアに行動を知らせるためだろう。「あっ」と誰かが漏らした声と共に激しい水音が跳ねる。

「きゃあっ」

「エウロラお嬢様!」

 エウロラの悲鳴、派手に後を追うのは転がる椅子の音。切迫した使用人の叫び。瞬く間に部屋は騒然となった。

「なんてことをなさるのですか!」

 フラウの狂行に微動だにしないメーウィアをエウロラの使用人が責め立てた。答えず、メーウィアは冷静に推測する。まだ冷めてもいない茶を彼女はフラウに浴びせかけられたのだと。

「顔が、顔がっ。いやああっ」

「お嬢様! エウロラお嬢様っ」

「……熱湯でもないのに大げさな」

 メーウィアを背に冷たくフラウは言い放った。

「まだ残っています。どうぞ」

「ひっ」

 カップを口元に押しつけられたのか女の引きつったうめきが上がる。

「やめなさいフラウ。戻ります」

 メーウィアは静かに席を立った。


「お嬢様、お一人では。お待ち下さい」

 不慣れな邸内にも関わらずメーウィアは突き進んだ。片手で壁を辿りながら、あてどなく逃げるように。どこにぶつかっても構わない心境だった。

「お嬢様っ」

 フラウの腕が強引に行く手を阻んだ。立ち止まり、沈黙する。目前にまで柱が迫っていたことにメーウィアは気づかない。

「……毒です」

 囁かれたのは動揺の理由。体内をじわりと蝕む恐ろしい言葉。

「あの様子から察するに皮膚に影響するものかと。きっと発疹が出るなどの類のものでしょう」

「なぜ」

 競走相手を蹴落とすためだと分かっていながらもメーウィアは問う。返答はない。

「フラウ?」

 どうしたの、と顔を上げると力強い腕に飲み込まれた。

「……あ」

「許せません。あのように……卑劣な方法で」

 背後に回された腕は肩と腰とを束縛してどうしようもないくらいにメーウィアを封じ込めてしまう。不思議と苦しくはなかったが、急速に増して行く安堵感と心地良さに気を失いそうになった。

「や、めて。放しなさい」

 苛立ちを示してメーウィアは突き放した。微かに息が乱れる。

「過剰に心配しないで。私は大丈夫です」

 出たのは自分のものではないような硬い声。うつむいて固く目を閉ざす。霧は絶たれ、闇が世界を支配した。

 ――目が不自由だからこそ触れて存在を伝え合う。それは二人の間に成立している暗黙の了解。まだ上手く歩けなかった頃、階段で足を踏み外したメーウィアを抱きとめて一緒に落ちてくれたことさえあった。もちろん下敷きになって、だ。そこまでしてくれるフラウに触れられることに抵抗はない。

 しかしこのような形では望んでいなかった。弱いところを、見せたくはなかった。

「……申し訳ありません」

「……」

 強く首を振ってメーウィアは平静を取り戻す。気を取り直して歩き始めると隠していた恐怖が湧き起こった。仕込まれた毒、平静を装ってはいても逸る思いで部屋を出た自分、霧に閉ざされた通路。どこにどんな障害があるかも分からないのに。ここは住み慣れた家とはあまりにも違い過ぎた。杖がなければメーウィアは満足に歩くことも出来ない。

「……毒が入っていたと、良く気づいたわね」

「この家に来てから私が淹れていたものとは若干香りが違う気がしました。色も、微妙に。自信がなかったのでお嬢様のご様子で判断したのですが」

 香りの違いというものは明らかでなければ慣れない者には分かり難いものだった。メーウィアの場合は、欠けた視力を補うために他の感覚が鋭くなった。そうする以外に世界を知る手段がなかったから。

「随分と警戒していたのね。彼女はお前のことを美しいと褒めてくれたのに」

「言われ慣れていますよ。お嬢様もでしょう?」

「……そう。そう、ね」

 メーウィアを一目見て求婚を決意する貴族、フラウを見て色めき立つ使用人。自分の顔すら知らないメーウィアには永遠に理解出来ないものだった。そういえば、と思う。ツァイト家の次期当主はメーウィアを見てもなんの感慨も抱かなかったのだろうか。

「でも、理由がどうあれフラウが褒められたら私は嬉しいわ」

「……ありがとうございます」

 部屋の前に到着するとそれと分かるようにフラウは立ち止まった。

「どうぞ」

 扉が開かれ、導かれるままに足を踏み入れる。

「ツァイト家の茶と言わなければ良かったのに」

「メーウィア様?」

 出迎えたコアが訝しそうに返事をした。

 他の候補たちを出し抜くような真似をしたのだから多少の嫌がらせは覚悟していた。それでもあそこまで酷いことはされないと思っていたのに。警戒していなければ幾ら香りに敏感なメーウィアでも怪しむに至らなかったかもしれない。

「コア、お茶が飲みたいわ。ツァイト家の美味しいお茶を」

 フラウが扉を閉める音が耳に届く。


 翌日、メーウィアは訴えられた。

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