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次期当主と花嫁候補  作者: つら
第二章
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第三話:Servants Status

 花嫁候補に与えられたのは生活のための一室と案内・世話役を兼ねたツァイト家の使用人が一人だった。

 ツァイト家の花嫁候補として相応しく振る舞うこと。

 提示されたのは漠然とした要求。しかし邸内を自由に歩き回ることは許されず、候補同士の部屋以外はすべて家の者の許可が必要だった。

 メーウィアに用意された使用人は快活で若い声の女性だった。

「メーウィア様を担当させて頂くことになりましたツァイト家の使用人、コアと申します。頑張りましょうね! メーウィア様が見事花嫁に選ばれた暁には引き続きお仕えさせて頂くことになると思います」

「でも今はただの採点係かしら。それとも監視役?」

 メーウィアは冷ややかな態度で補足した。威圧的な花嫁候補に驚いたのかコアは口を噤んでしまう。

「……」

 フラウ以外の使用人など必要なかった。信用出来ない、必要以上に関わらないで欲しい。煩わしかった。

「……あ、あの、メーウィア様の使用人は男の方なのですね。珍しいですね。女主人に側仕える使用人は普通は女性ですから」

「では私は普通ではないのね」

 使用人の分際で。コアが懸命に接しようとすればするほど、メーウィアは馴れ馴れしく感じた。ツァイト家の使用人に嫌われることは得策ではないと分かっている。それでも。

 ――私もあの方と大して変わらないのかもしれない。

「メーウィア様、私、ご機嫌に触るようなことでも?」

 コアの声は完全に戸惑っていた。

「いいえ。フラウ」

 顔を見られたくなくてメーウィアは自分だけの使用人の名を呼んだ。すぐに慣れた気配が側に寄る。

「……お嬢様」

 メーウィアを心配する声。

 次期当主テーゼの第一印象も最悪だった。人を馬鹿にした態度で相手の気持ちを考えない発言をする。今、メーウィアがコアを見下しているのと同じように。

 ――でも、私もあの方も貴族。コアは使用人。身分が違う。

「環境が変わったばかりで疲れていらっしゃるのでしょう。お嬢様が慣れるまでの間、しばらくは私の手伝いをお願いしてもよろしいですか? 私は貴族の出身です。ツァイト家を主に仰ぐとはいえ、貴女を指示するのに不都合な立場にはならないと思います」

 フラウの機転を利かせた発言にコアだけでなくメーウィアも密かに安堵する。

 メーウィアにはフラウ以外の使用人を信用することが出来なかった。戸惑い、過去の記憶――フラウがプリアベル家にやって来るまで、メーウィアに与えられた使用人は少女のわがままに耐えられずに去っていった。

 ――どうせ離れてしまうのなら最初から近づかないで欲しい。

 目が見えない苦しみをほどいてくれたのはフラウだけだった。霧に満たされた世界で。自分とフラウ以外のなにを信じたら良いのか分からなかった。


 フラウとコアが打ち合わせをしている間、メーウィアは寝室で大人しく待つことにした。寝室と言っても入り口に扉はなく、垂れ幕で仕切った通路になっている。

 初めて入った家、見知らぬ部屋。間取りを覚えるまではフラウが必要。ふと、右肩に温もりを感じて手探りで移動する。太陽の温もり。手を伸ばして壁に辿り着き、手を這わせて探す。運良く指先が窓枠らしきものに触れ、固く滑らかな感触を硝子と知る。全身にじんわりとした暖かさを感じる。今日は良く晴れている。

「光……リュスカの色……」

 仄かに香るどこか懐かしくなる匂い。細い茎に丸い葉、花弁が五枚の小さな花。

「お嬢様」

 フラウの声にメーウィアは動きを止めた。

「まだ部屋の状態が分からないのですから、歩き回っては危ないですよ」

「終わったの?」

 終わりましたと告げてフラウは簡潔に説明を始めた。上手く取り成したのかコアは寝室には立ち入らないことになった。干渉されない場所があるのは非常に助かる。逆に、メーウィアも寝室に閉じこもらないと約束した。コアが部屋にいるのは朝食の時間から夕食を終えるまでの間で夜が更けてからは退室する。

「コアは?」

「ご安心下さい。昼食を取りに行ってもらいました。すぐに戻るとは思いますが……」

 扉のない寝室では会話を聞かれてしまう危険がある。それを聞いてようやくメーウィアは警戒を解いた。

「貴族出身です、というのは言い過ぎましたね。私は庶子ですから」

 メーウィアの手を取り、照れるようにフラウは言った。

 庶子――親から実の子として認められなかった子。多くの夫人を抱えていれば全ての子を嫡子として認めることは難しくなってくる。貴族は稀少でなければならないから。

「そうね。貴族の庶子は、平民の上位階級のことね。貴族ではないわ」

 正夫人の子は嫡子として認められる。第二夫人以下は、子の数に応じて認めたり認めなかったりという具合だった。フラウは父が貴族、母も貴族だったが嫡子を認められる地位ではなかった。

「コアは信じたのかしら?」

 歩数を確かめながらメーウィアは寝室を出る。鏡台までの向きと距離、鏡台と一人掛けのソファとの間隔、ソファから食卓、食卓から部屋の扉まで。フラウに導かれ、身体に覚えさせる。最後に部屋の入り口から寝室の入り口までを辿ってメーウィアは元の位置に戻った。それを二、三度繰り返す。

「実はここに来る直前、花嫁候補に付き添った全ての使用人は身分証明を要求されました。私が庶子であることはツァイト家には報告済みです。コアのような使用人にまで知らされているかは分かりませんが」

「……用心深いのね」

「お嬢様、だからこそラオフ領には犯罪が少ないのです。ツァイト家が領主となってからわずか数年でこの通りですから」

 それは領民として他の領地に誇れることだった。その点においてはツァイト家には敬意を払わなければならない。現当主の采配に。

「コアに知られないように部屋を歩けるようにならないとね」

「出来る限りのお手伝いはします」

 頼りになる使用人。

 彼は杖。妙な方向に足を向けてもフラウがいれば間違うことはない。

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