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次期当主と花嫁候補  作者: つら
第八章
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第二十四話:Gain

 部屋替えは予定通りに行われ、メーウィアは勧められるままに新しい部屋に移動した。

「みなで相談して選びました。きっとお気に召して頂けると思いますよ。こんなに良いお部屋は他にはありませんから! ですからメーウィア様、元気を出して下さいね……」

 コアが他の使用人をまとめてくれるから余計なことまで考えずに済む。鬱陶しさを覚えたことまであった思いやりが今は必要なものに変わっていた。

 ただ、やたら広くなってしまった部屋の間取りを覚えるのは大変だった。目が不自由な主人に仕えた経験のない使用人たちの教え方は効率が悪く、はかどらない。寝室の配置だけは確認して明日以降に回すことにする。一人になりたくて、簡単に夕食を済ませた後は夜着に着替えて全員を部屋から追い出していた。


 フラウ。ずっと一緒にいたのにどうして気づいてあげられなかったのか。捧げてくれた愛情を主従の絆と勘違いして。あまりにも愚かな自分を思い知ってメーウィアは寝台に突っ伏した。

 誰と結婚しても嫁ぎ先にはフラウを連れて行くつもりだった。そんなことは出来るはずがない。いつもメーウィアは我が身に精一杯で、側でずっと支えてくれた存在を真剣に考えたことはなかった。理想的な主人であろうとすること――それ以外にフラウのためになにもしようとはしなかった。

「……」

 眠れなかった。

 物音に気づいたのはどれくらい時間が経った頃だろうか。寝具の中でメーウィアは息を潜ませる。勝手の分からない部屋。あからさまに物を投げる音や動かす音に不信感を煽られる。隠そうともしない気配に思い切って声をかけた。

「誰なの。入って来るなら声をかけなさい」

「俺だ」

 張り詰めていた緊張が緩まる。テーゼだった。寝室を覗かれたことに驚いたものの、安堵と、訪れてくれたことが嬉しくてメーウィアはすぐに起き上がる。

「部屋を替えるようにとは言ったが、どういうつもりだ」

「いけませんでしたか? コアに決めさせたのですが……」

 不愉快な声を投げられてたじろいだ。どういう経緯で部屋が決まったのか、上の空だったせいではっきりと思い出せない。

「ここは俺の部屋だ。生憎だが二人部屋にする気はない」

 自分がどこに寝ていたのかを一瞬で理解してよろけそうになる。

「……お前がその気で待っていたのなら話は別だが」

「ち、違います。コアが勝手に」

 横に手を置かれて慌てて否定する。これでは誘っていると思われても仕方がない状況だった。混乱と羞恥で顔が熱くなる。

「……!」

 肩紐に手を伸ばされて身を震わせる。上着をかけられたのだと分かったのは、テーゼの手が軽いため息と共に完全に離れてからだった。

「ならさっさと出て行け。コアを呼ぶ」

「っ、お待ち下さい」

 立ち去ろうとするテーゼの腕をとっさに引き止めていた。

「!」

 捕まえることには成功するものの膝が寝台の縁にかかってずり落ちる。なす術もなく身体が傾いた。

「……驚かせるな」

 気がつくと抱えられていて、しがみついたまま安全な位置に戻されていた。こうやってフラウにも幾度となく助けられたのを思い出す。でも自分を守ってくれる腕の支えに胸の高鳴りを感じたことはなかった。貴族としての自分も、そうではない自分も……

「申し訳ありません。大切なお話が」

「お前の使用人のことか?」

 背中に回した腕は解かれ、テーゼはすぐ隣に腰を下ろした。その温もりがいつもあったそれとは違って。

「……」

 とめどなく涙が零れ落ちる。胸の高鳴りなど感じなくても、それはメーウィアの心の支えだった。空気のように当たり前になくてはならないものだった。

「……いえ。貴方に申し上げても仕方のないことですのに……」

 テーゼは肯定も否定もしない。それが彼の優しさのような、もしくはメーウィアの愚かさを責めているようでもあって。

「ただフラウがいることが当たり前すぎて、失ったことが、信じられなくて……」

「追いかけたいのならまだ間に合う」

 メーウィアは静かに首を横に振る。

「貴方が私の秘密を振り払ってくれました」

「俺はきっかけを与えたに過ぎない。お前の品格を育てたのはあの使用人だ」

 フラウがいたから誇りを失わずに生きてこられた。フラウがいなければ、テーゼに出会うことすら出来なかった。

「ですが、私がお慕いしているのは……」

「泣きながら言われても説得力がない」

 不器用な指がメーウィアの頬を拭ってくれる。

「どうすれば良かったのか分からないのです」

「あの男の気持ちを受け入れてプリアベル家に帰れば良かっただろう」

 ――お嬢様、愛しています。

 フラウの言葉が脳裏に蘇る。それは愛の告白であり、愚かなメーウィアの心を切り刻む言葉だった。

「そんなこと、仰らないで……」

「悪かった」

 おろしていた髪が強く引かれた。とっさに手をやると自分のものではない温もりが触れ、邪険に払うように髪から離れた指先が首筋に伸びる。そのまま胸に引き寄せられた。

「だが、それが結論だ。受け入れられないのならお前に引き止める術はない」

 テーゼの言う通りだった。どうすることも出来ないと分かってしまったから涙があふれた。

「もしお前が追いかけたいと訴えても許せる度量は俺にはないが……嫌がるお前を押さえつけて、無理矢理にでも俺のものにしてしまっただろうな。試すようなことを言って悪かった」

 もう一度謝るとテーゼは髪をなでてくれた。言葉の内容とは裏腹に気遣うような手つきがメーウィアを安心させる。

「側にいろ」

 ゆっくりと目を閉じて、身を預けた。温もりの中で確かな鼓動が伝わってくる。

「私は、ツァイト家の権勢を築き上げた貴方に惹かれました。差別を受けても強くあろうとする姿に、同じ強さを私に求めて下さった貴方に。離れません、ここにいると決めたのは私自身なのですから」

 強く抱き締められる。どこにも行かないと告げたばかりなのに疑いを捨てきれない力強さが。不安。動揺。焦燥。この人にもあるのだと知った。

「……お願い。離さないで。そうすれば私はどこへも」

 たとえなにがあっても、どこへも行けはしないから。

 時間は元に巻き戻せない。選んだ道も。恋に落ちた相手も。切ない思い出と共に流れていくだけ……。

「今は思う存分泣け。それくらいの時間は待ってやる。だがそれ以上は、待たない」

 声を殺して、胸を借りて枯れ果てるまで涙を流す。

「メーウィア」

 少し落ち着いた頃、心地の良い低い声がメーウィアを呼ぶ。応えようと顔を上げると乱暴に唇を塞がれた。かけられた上着が、音もなく肩から下に落ちる。


 束縛する腕が甘い鎖のようにメーウィアを絡め取った。

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