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次期当主と花嫁候補  作者: つら
第一章
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第二話(1):Princess in the mist

「邸内の見取り図をどうぞ。食事は日に三食、こちらで用意しますので時間になったら指定の場所まで取りに来て下さい。他に生活して頂く部屋など必要箇所には印を打ってありますので確認をお願いします」

 ツァイト家訪問当日。事務の者に説明を受け、手続きを済ませたフラウは急いでメーウィアの元へ戻った。目の不自由な女主人とは片時も離れていたくはなかった。




「……狭い部屋ですね」

「そう?」

 部屋に通されたメーウィアはフラウの不服に首を傾げた。どうやって暮らして行こうか思案していた最中だったので半分聞き流していたかもしれない。

「一応寝室は別になっていますが、狭いですよ。これではプリアベル家より狭い。ツァイト家はこの一帯の領主でもあるのですよ? 勢いを増してからは財産も膨れ上がったはずです。増築したとの話も聞いています」

 でも陽が良く射して、暖かい。それならば良かった。窓を開ければ心地良い風も存分に入ってくるだろう。視覚が不自由な身体では他の感覚に頼るしかない。目に映る物は白い闇に蠢く影のみだった。

 ――お嬢様は霧の世界にいらっしゃるのですね。

 昔、フラウにそう言われたことがある。出会ってまもない頃だった。少年は不幸な娘の身の上を父から聞かされたのだろう。

「きり、ってなに?」

 メーウィアは変わったことを言う使用人に興味を抱いた。今までの使用人はみな、腫れ物に触れるようにしかメーウィアに接しなかったから。

「視界を閉ざす物の名前です。霧が降りると誰でも目が見えなくなってしまうのです。とても幻想的で美しい、白い闇のことですよ」

「しろ? やみ、って?」

 色を認識出来ないがために言葉の意味が分からない哀れな少女。メーウィアは同世代の子よりずっと物を知らなかった。暗闇の中、温かな指先が少女の小さな手のひらを握り締めて存在を主張した。

「これから少しずつ教えて差し上げます」

 そしてメーウィアは霧とはなにかを知った。白い闇が暗闇と同一ではないことを知った。霧が薄いと視界が拓けるのと同じように、調子の良い時はメーウィアの目は物の影を映すことがあった。

「ツァイト家は今や押しも押されぬ有力貴族だというのに気遣いが足りませんね」

 メーウィアは我に返る。軽く室内を見回りながら愚痴を落として行くフラウは出会った頃の丁寧さからは想像もつかなかった。互いに培ってきた信頼が時折素の姿を見せる。それを見ることは視力の良し悪しに左右されるものではなかった。

「いくら力をつけてもこれでは品格を疑います。元を辿ればレフガルト家に引き立てられたから、そのレフガルト家にしても成金貴族ですし……」

 フラウが側に戻ってくる。同時に、気配が一つ増えていることにメーウィアは気づいた。

「……お嬢様、ツァイト家の方です」

 フラウが一転して使用人として模範的な態度を示した。

「どなた? 断りもなく入って来るなんて」

「それは失礼。しかし扉は開いていたが?」

 抑揚のない男の声が答えた。

 ツァイト家の長男であり、次期当主――テーゼと男は名乗った。花嫁となる相手に対して随分と事務的な自己紹介だった。

「部屋が狭い理由を教えようか?」

 フラウの愚痴を聞いていたのだろう。テーゼは入って来た位置から動かなかった。

「今日より三十日間、花嫁候補にはツァイト家の一員として生活してもらう。経過を評価して当家に最も相応しい者を正式に妻として迎える」

「花嫁、候補……?」

「聞いていないのか?」

 むっとしたがメーウィアは表情に出さないように努める。彼の口調には馬鹿にした響きが含まれていた。

「今はまだ、仮初めの婚約期間に過ぎないということだ。お前と同じ境遇の娘は他にもいる。公平を期すために全員に同じ広さの部屋を与えている」

 仮初めの婚約期間?

 同じ娘は他にもいる?

 公平を期す?

 フラウに読ませた招待状には一切触れられていなかった言葉に、母からは聞かされていなかった内容にメーウィアは混乱する。誰が結婚相手だろうと構わなかった。家を守るために親が自分に相応しい相手を選んでくる、貴族の女はそういうものだと小さい頃から割り切っていた。

 だけど、これは?

「最初に言っておくが、これは花嫁を選ぶための試験だ。不適格とみなせば即座に不合格とし、帰ってもらうことになる」

 おかしいと思っていた。勢力を持ち始めたツァイト家がメーウィアのような中流貴族の娘を会いもしない内から求めるなど。”通過儀礼”はやはり存在した。

「それで一人ずつ、ご挨拶? お疲れ様です」

「ツァイト家に必要な肩書きを持つ娘だけだ。当家が求めているのは勢力よりも家柄、名家出身のお前は候補の上位に入っている」

「……」

 ”名門”の名は成り上がりの貴族には与えられない。新興勢力の代表とされているレフガルト家が良い例だった。フラウは成金貴族と評したが、レフガルト家に追随する形で力を増したツァイト家も家格は低い。成り上がりで終わらないためには名門出身の娘と結婚することで少しずつ名を高めていく必要があった。

「だが、名門だろうが俺の足を引っ張るような女は必要ない。相応しくないと判断したらすぐに出て行ってもらう。代わりなら幾らでもいるからな」

 酷く冷たい声、感情を無視した言葉。侮辱されたようにも感じた。

「分かりました」

 負けじと冷たくメーウィアは言い返した。分かりやすい条件だった。メーウィアにはツァイト家が欲する名門の後ろ盾がある。品位ある振る舞いをしていれば選ばれる確率は上がる。彼の望みは恐らく家柄も含め、当主夫人としての務めを完璧にこなせる女。成り上がってきただけに足元を掬われることには慎重を期す”らしい”やり方だった。

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