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次期当主と花嫁候補  作者: つら
第五章
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第十五話:Noble's Love

「お嬢様、もう一度約束して下さい。面会が終わったら必ずプリアベル家に帰ると」

 フラウに両手を握られてもメーウィアはすぐに答えられないでいた。もちろん帰るつもりでいる。でも、心は抗っていた。自分が選ばれていたなんて。叶えてはいけない希望にこの身は絡め取られてしまっていた。

「お嬢様」

 指に込められた力が強くなってメーウィアは我を取り戻す。

「……分かっているわ。そんなにしつこくしないで」

 フラウの望む答えを渋々返した。いつも、いつも、フラウの言葉は正しい。理性がそれを分かっていた。

「帰ったら……主人はお嬢様のために本当の縁談をご用意されているのです。今度こそ運試しなどではなく」

「私の、結婚……」

 妙に現実味を感じてメーウィアは呆然とする。それはきっと平民が相手なのだろう。裕福だろうか。目が不自由な妻を虐げたりしないだろうか。テーゼなら絶対にそんなことはしないと、優しくされたわけでもないけれど、それだけは信用出来るのに。どんな婚約者を用意されてもきっと彼と比べてしまう。

 あの夜のことがどうしても忘れられなかった。

 言われるままに嫁いで行くだけだと思っていた自分の運命が、今は脅威に感じた。

「お父様は最初からそのつもりで……? フラウ、いつもお父様と二人ですべて決めてしまうのね」

 プリアベル家が家格を失ってしまうことは間違いない。平民の血が混ざっては名門でいられるはずがないのだから。そうすることでしか、生き残れない。それが権力抗争に敗れた貴族の末路。

「お嬢様、私はただ、お嬢様が頑張る姿を見たかったのです。ろくに外にも出られず、貴族の世界を知らないままで平民に嫁がせるような真似だけは、したくなかったのです」

 メーウィアは胸が苦しくなった。父もフラウも、自分のために力を尽くしてくれている。

 ――あの人の決断は間違っている。貴族の理が分からない人だとは思えないけれど。

 目の不自由な女が有力貴族の花嫁として認められるはずがない。彼の足を引っ張りたくはなかった。ツァイト家の花嫁になりたいなどと、馬鹿な願いは捨てなければならない。

 誰も不幸にならない内に。



 ダストと話をした翌日、残りの姉たちにも一人ずつ、二日に分けて面会の予定は立てられた。試験終了までにはまだ日数があること、メーウィアの身体にかかる負担を考えた対応だった。正夫人から返事の催促は度々やって来たがそれもフラウが言葉巧みに先延ばしにしていた。

 テーゼはあの夜以来、姿を見せていない。

 ツァイト家の四人の令嬢は快く時間を割いてくれた。それは候補だからというよりも、すでに花嫁と内定している令嬢の人柄を見ておきたかったからかもしれない。メーウィアの知らないところでプリアベル家の令嬢は積極的に動き回らないと姉弟の間では噂になっていた。


「メーウィア、あの子と仲良くしてあげてね。無愛想だけど悪気はないのよ」

 花嫁に選ばれていること、候補はもうツァイト家に一人しか残っていないこと。ダストからすべてを聞いたと告げるメーウィアを前に、長女イリアは”貴女には知る権利がある、隠しておいても仕方のないこと”と下の弟を擁護してから上の弟について語り始めた。

「ツァイト家は急成長を遂げた貴族でしょう? 跡継ぎのことで気負っていたりとか、仕事のことばかり考えているからあんな風になってしまったの。どこかで息抜きをしないといけないのに娯楽の一つも覚えて来ないし……努力をする子だけど他人にも分け隔てなく厳しいから女性は誰も近寄ろうとしないわ。だからね、いっそのこと妻帯させてしまうのが手っ取り早いかと思って」

「イリア様はテーゼ様のことが心配ですか?」

 本当の姉弟ではないのに。彼女も弟のようにテーゼを大切に思ってくれているのだろうか。

「うーん、前は心配してたかな。あの子は恋とか愛だかに無縁だったから。自分の意思で選ぶ素振りなんてちっとも見せなかったのよ。エンドウム家の令嬢を失格にしたのはコアが騒いでいたけれど、ルシルターク令嬢のことまでは知らなかったの。ふふ、すっかり騙されちゃったわ」

 イリアの返事は弟を気遣う姉の言葉だった。花嫁候補に求められていたのは次期当主の人柄を理解し受け入れることだと、いつしか気づいていたメーウィアはそれでも納得しなかった。

「結婚では個人の感情よりも家を高めることを考えるべきです。恋だなんて……」

「ふふふ。私も昔はそう思ってた。私が今、夫と別居中なのはご存知?」

 意味深に笑いながら対応し難い話題をふっかけられてメーウィアはたじろいだ。ツァイト家の長女が出戻っているとは一番最初にフラウが調べていたこと。むしろテーゼが養子であることを調べるべきだったというのに、彼の功績と次期当主に相応しい実力とがフラウに目眩ましをかけたのかもしれない。

「少し……聞いただけですが」

「そんな顔をしなくても良いのよ。醜聞はすぐに広まるもの、貴女が悪いわけじゃないわ。私ね、政略結婚で家を出た時に仲の良かった使用人に言われたの。恋も知らずに嫁がれるなんてお嬢様が可哀相でなりませんって。浮気ばかりする夫に愛想が尽きてこの家に戻って来た時、その通りだったって嘆いたわ。自分がすごく可哀想ってね」

「……」

「夫はすぐに私を迎えに来てくれた。悪かった、一緒に帰ろうって。でも私は帰らなかった。世間体を気にしているだけかもしれないし、口先だけならなんとでも言えるでしょう? 簡単には信用出来なかったの」

 無理矢理な結婚はどこかで綻び、壊れてしまう。最初から義務だと言い聞かせ、心を支配されてはいけなかった。でも、自分を認めてくれる人に出会ってしまったのに、メーウィアはこれから先もそんな生き方が出来るのだろうか。

「だから私、こう言ったの。”三年間、毎晩私の元に通って下さい。他の女のことなんて考えられなくなるように”そして花を要求したわ。一夜と欠かさず私に贈ってくれることを」

「約束は果たされたのですか? その……毎晩、花束を?」

「花束、ではないわ。苗とか、種。ふふ。ツァイト家の庭園は美しかったでしょう? 貴女、とっても褒めてくれたものね」

 答えるイリアはとろけるように幸せそうだった。手入れをしている者の愛情の深さを思わせる美しい花園。漂う空気は鮮やかに彩られて。毎晩の逢瀬はそこで行われているのだと、言われなくても分かる口調だった。庭を褒められて彼女が喜んだ理由をメーウィアは知った。

「あと少しで三年になるわ。そして私は気づいたの。平民の物差しでは貴族の愛は語れないと。私たちの恋は結婚の後に始まるのよ。そう思わない? 政略結婚だから恋も出来ない、なんて失礼な話だわ。私はこんなにもあの人のことを愛しているのに」

「イリア様……」

「ごめんなさい、つまらない話につき合わせてしまって。私が言いたいのはね」

 イリアは言葉を一旦切るとメーウィアの両手を優しく包み込んだ。

「貴女にも恋をして欲しいということなの。あの子は手強いけれど、それでも諦めずに愛してあげて。そうすれば気持ちはいつかきっと通じるわ。それが夫婦というものよ。貴族の誇りを抱いていれば……家を守るためにはお互いを支え合うことが必要だと、必ず気づくはずだもの」

「イリア様、私は」

 花嫁にはなれないのに。言葉がのどにつかえて声にならなかった。ダストには言えた台詞が、今は口を動かすことすら困難だった。メーウィアは仕方なく別の言葉を探した。

「……イリア様、私が選ばれたのはプリアベル家の娘だからですか?」

 家格が高いから。プリアベル家の令嬢は目が見えないと知られていないから。だから選ばれた。もし明らかになったら――

「いいえ。テーゼが貴女を選んだからよ」

 イリアの答えは自信が持てない花嫁候補を優しく諭すかのようだった。

 テーゼは秘密を知った上でメーウィアを選んでくれた。それならば、イリアもメーウィアのすべてを受け入れてくれるだろうか。

 ――そうは思えなかった。



「お嬢様、これで終わりですね」

 二日後、メーウィアはテーゼを除いたツァイト家の姉弟全員との面会を終えた。分かったのは次期当主に好意を抱いているのはダストの他にイリアだけだということ。残りの姉たちは会話すら殆ど交わさないだとか反りが合わないだとか、挙句の果てには花嫁に選ばれたメーウィアを憐れんだりまでした。

「フラウ……明日、ツァイト正夫人にお返事しようと思います」

「どのように、なさるおつもりですか?」

「約束は守るわ。お断りします。帰りましょう、プリアベル家に」

「お嬢様……ありがとうございます」

 フラウの苦労に報いなければならなかった。花嫁になりたいと望むことは許されない。すべての希望を自らの意志で断ち切らなければ。

 ――ツァイト家は六人姉弟。少なくともテーゼの味方は二人、跡継ぎに指名した義父オルドも悪くは思っていないだろう。他の親族からは嫌われているのかもしれない。それでも、あの人は孤独ではない。それが分かっただけで十分だった。

「寂しそうだったけれど、きっと、大丈夫」

 メーウィアを抱いた両腕には同情を乞う温もりがあった。

 自分が去っても……花嫁がいなくなっても大丈夫だと知っておきたかった。メーウィアがダストと結婚することなく消えてしまえば彼は結婚相手を選び直すことが出来る。それで、良い。相手が自分である必要などない。

 嫡子でないために疎まれる彼の人生の、更なる重荷にはなりたくなかった。

「コア、プリアベル家は花嫁候補を降ります」

 これは自らの心と決別する言葉。

「メーウィア様、ど、どうして。ここまで残ったのに……?」

 コアはプリアベル家の主従の会話について行けずに困惑していた。メーウィアがツァイト家の面会を求めて急に活動的になっていたのも、単純に喜んで応援していたくらいだった。

「正夫人にはきちんと納得して頂いてから出て行きます。安心しなさい、お前に迷惑がかかるようなことはしません」

「そんな、私のことなんか気にかけて下さらなくても良いんですっ。メーウィア様、どうしてですか? あんなに頑張っていらっしゃったのに……っ」

 いずれコアも知ることになる。自分が担当していた候補が目の不自由な、身のほど知らずの女だったという事実を。今ここで理由を告げないのはメーウィアに残された最後の意地だった。

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