第十四話(2):Selected bride
「ダスト様はどのように思っていらっしゃるのですか?」
誘導に上手く乗せられたとも知らずにダストは胸の内を教えてくれた。
「兄上はツァイト家を継ぐに相応しい人だ。そして自分に相応しい花嫁を探してる。だから弟の機嫌を取って兄上に取り入ろうとする女の子は見向きもされないよ」
花嫁候補を疑う、警戒を解かない言葉。兄を思いやる心がなくてどうしてそんなことが出来るだろうか。
――この方なら、きっと大丈夫。
彼は当主の座を狙ってはいない。
メーウィアは生まれて初めてフラウ以外の他人を、しかも自分のためではなく信じようとしていた。信じてまでやり遂げたいことがあった。
「ダスト様、テーゼ様のことで力をお貸し願いたいのです」
「だからそういうのは……君、なにしに来たの?」
誤解を解くためにもメーウィアはツァイト正夫人からの要求を包み隠さず話した。正夫人がダストとメーウィアを結婚させようとしていることを。不機嫌そうに相槌を打っていたダストは次第に声色を変えた。
「母上が、そんなことを」
「信じて下さい。テーゼ様を慕って下さるのなら、どうか」
「信じるさ。でも、君の言葉だから信じるわけじゃない。前から母上はそんなことを言っていたんだ。俺がこの家を継ぐべきだと。兄上の結婚話が出た時に諦めたと思っていたのに……言っとくけど、俺は君と結婚する気はないよ」
「はい。お話はお断りするつもりです。私は候補を辞退しますから……後日正夫人に申し上げてから出て行きます。ですからどうか、テーゼ様の力になって差し上げて下さい」
「辞退? なんで」
「……」
「なんで、今更?! 君はもう選ばれているのに!」
どんな説得も聞き入れはしないと決意を固くしていたメーウィアは危うく聞き流してしまうところだった。
「……やべ。口止めされてたのに」
「ダスト様? どういう」
「ああ! もう!」
ダストは急に立ち上がり、なにを思ったのか派手な音を立ててまたソファに身を沈めた。メーウィアは意味が分からずに答えを待つしかなかった。
やがて、覚悟を決めた彼が明かしたのは花嫁選びの実態だった。
「数日前、花嫁を決める話し合いがあった。その時は候補を三人に絞っただけだったんだけどね。兄上は俺たちに色々言われるのが煩わしかったんだろうな……話し合いが終わった後、その足で二人の候補に直接失格を言い渡したんだ。ルシルターク家とエンドウム家の令嬢だった。彼女たちは最後の三人に選ばれたとも知らずに追い出されたんだよ。俺たちは翌日の朝、そのことを聞かされた」
「そ、んな」
メーウィアは愕然とした。エンドウム令嬢が、シアーヌがメーウィアの頬を叩いたあの時点で。ツァイト家はプリアベル家だけを候補として家に入れていたということになる。そこには明らかにメーウィアを花嫁に迎えるという意図があった。
「テーゼ様はどうして私を?」
「そんなの俺が知りたいって! プリアベル家は最初から候補の上位には入ってたけど。でも、君は兄上に認められるようなことをやったんだ。そうだろ?」
「ですが、コアからは候補は三名残されたと……その後報告はなにも」
だとしたら、あの夜のテーゼの行動は衝動的なものではなく、本当に。揺らいだ言葉はダストのはっきりとした口調で正された。
「約束の三十日が過ぎてなかったからか兄上は俺たちに口止めした。君の様子を見たかったのかもしれないし、準備とか色々と考えがあったんだろうけど……その隙に母上が良くない考えを起こしたんだろうね。悲しいけど、きっと」
本題を思い出してメーウィアは気を持ち直す。今は自分のことを話している場合ではなかった。
「母上は君を横取りするつもりなんだ。一度失格にした令嬢に、第一候補を弟に取られたからやっぱり来て欲しいだなんて格好悪くて言えないだろ? 特に兄上はそういうのには耐えられない性格だ。そうだ、母上は俺のために……だけど俺は、そんなことは」
苦しそうに言葉に詰まるダストをメーウィアはなにも映さない虚ろな瞳で見守った。彼にとっては兄も母親も大切な存在なのだろう。テーゼが嫡子でないばかりにこの家はどこか歪んでいた。
「私は最後に……ダスト様があの方をどのように思っていらっしゃるのか知りたかったのです」
「兄上がこの家で孤立してると思ってた?」
「養子でいらっしゃると、お聞きしました」
「関係ない! ツァイト家を大きくしたのは兄上なんだ、この家を継ぐのは当然だろう?! 俺はそういう考えは好きじゃない!」
前触れなく怒鳴られてメーウィアは反射的に身を震わせた。
「ご、ごめん」
「……いいえ」
「いや、ごめん。馬鹿だよな、俺。母上がやろうとしてることを止められくせに正論ぶって。君は兄上のために行動してくれてるのに」
「ダスト様、いいえ」
正直なところ、ダストの考えは理解出来なかった。貴族の世界には貴族の理がある。彼はその輪から外れてしまっていた。当主の座を狙わないのは血筋の正統性を重視していないからこそなのだろう。
「とにかく君は気に入られてるんだ。出て行く必要はないんだよ。俺に兄上の味方を頼むんじゃなくて、君が残って味方になってあげてよ」
メーウィアは答えられなかった。
目が不自由だと分かっていてテーゼは自分を選んでくれた。心に灯がともるように嬉しかった。同時にそれは、いずれツァイト家を背負う次期当主の判断として好ましいものとは思えなかった。
貴族という身分はある。
名門という格式もある。
しかしメーウィアはツァイト家の花嫁に相応しくはなかった。