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次期当主と花嫁候補  作者: つら
特別編
20/39

Margrett(in Priabell)

【特別編】

ツァイト家の花嫁選びが始まる前、プリアベル家にて求婚を拒み続けていた頃のメーウィアとフラウの話。

「お嬢様に色目を使う前に鏡でご自分の姿を確認してみたらいかがですか?」

 みるみる内に真っ赤に染まっていく求婚者を鼻で嘲笑ってフラウは追い返した。日を空ける暇などないくらいにプリアベル家には男が忍んでやって来る。美貌に恵まれながらも中々結婚しようとしないこの家の娘を手に入れるために。

「フラウ、言い方が少しきついわ」

「いくら追い払ってもたかってくるのです。蝶や蜜蜂ならまだ許せるものを、醜い蝿を寄らせるわけにはいきませんから」

 プリアベル家に結婚申込書を送りつけてもあっさり断られ、諦めきれない貴族が直接メーウィアを口説き落とそうと群がってくるのだった。外出はしないが庭には毎日顔を出すメーウィアは集中的にその時間を狙われていた。そして、フラウの使用人とは思えない佇まいと整った容姿に圧倒されて逃げ帰って行く。

「世間では私のことをお高く止まった女だと非難する声もあるのよ。相手は貴族、少しは手加減してあげなさい」

「貴族が聞いて呆れますね。堂々と正門から訪れもせずに、みっともない」

「フラウ」

「……お嬢様がそうお望みでしたら努力はしてみます」

 声に苦渋が混じっているのを聞き取ってメーウィアはなだめるように微笑んだ。


「フラウにとって蝶や蜜蜂はどういう方のこと?」

 瑞々しく花開いたマルグレットを愛でながらメーウィアは先ほどの言葉を思い出した。花は湿気を含んでいつもより柔らかく、しっとりと指を撫でる。

「例えるなら蝶は教養と気品に満ちた女性、蜜蜂は名もあり地位もある男性のことです。そう……かの有名なシルファニー家くらいに」

 フラウの大真面目に身のほど知らずな答えを聞いて声を抑え切れずに笑った。

「大胆過ぎるわ。シルファニー家? 王妃を輩出したこともある名門にして屈指の大貴族よ。シルファニー家にとったらプリアベル家なんて水に溺れる蟻のような存在なのに」

「ではもしシルファニー家から求婚されたらいかがなさいますか」

「喜んで嫁いで行くわ」

 貴族の娘に生まれてこれ以上嬉しいことはない。父も自慢の娘だと喜んでくれるに違いなかった。

「この目が見えていたら、の話だけれど……」

 儚い夢。障害を自覚するほど貴族としての義務を果たすことに、執拗にこだわっている自分を感じていた。邪険にすることなく大切に育ててくれた両親。役に立たない政略の駒は、叶わぬ夢と知りつつも自分が役に立つことを証明したかった。

「お嬢様、今までお嬢様に近づいた男の中にシルファニー家の方がいらっしゃったのだと申し上げたら……私をお叱りになりますか」

「いらっしゃったの?」

「さあ、いかがでしょう」

 からかわれていることに気づいたメーウィアは眉をしかめて顎を上げた。シルファニー家が本当にメーウィアを欲することがあればプリアベル家に圧力をかけるだけで簡単に手に入る。わざわざ忍び込む必要はないのだ。

「驚かせないで。そんなことあるわけないわ」

 煌びやかな世界を謳歌する大貴族がどうして名に縋るだけの貴族の娘など欲しがるだろうか。噂に上るメーウィアの美貌も領地外まで響き渡ることもないたわいもない程度だった。

「お嬢様、気を悪くされたのですか」

 置いて行かれて焦るフラウの足音が耳に届く。歩き慣れた家とはいえ縦横無尽に足を進める女主人を使用人はいつも大げさに心配していた。女主人はと言えば、杖が手元を離れることはないと分かっているから自由に動き回った。思うままに歩くことがとても幸せだった。

「私のことを馬鹿にするからよ。言ってみなさい、お前の主人は誰?」

 植込みに飛び込む前に身体を引き戻されてメーウィアは捕らえられた。少し緑を騒がせてしまう。腰に回された腕を解き、障害物を確認して自分で向きを変えた。

「お嬢様です。私はプリアベル家に雇われた、お嬢様の使用人です」

 二人の絆は金によって繋がれているけれど。

「……雨が降るわ、家の中に戻りましょう」

 肌に張りつく空気を感じ取ってメーウィアは告げる。今日は水遣りは必要ないだろう。


「プリアベル家で咲く限り、水の遣りすぎが原因で花が枯れることはないでしょうね」

「大雨が続いたら散ってしまうわ。予測は出来ても防ぐことまでは出来ないもの……後は花の生命力次第」

 フラウが戸締りを終えると雨音が軽やかに窓を叩き始めた。雨足はすぐに激しくなる。

「厳しい雨に耐え抜いた花だけが最後に残るのよ」

「……そうですね。そういった花にこそ蝶や蜜蜂は惹かれてやまないのでしょう。強かに凛と咲くその姿に」

 無意味だと分かっていてもメーウィアは窓辺から離れられず、ただ雨の音を聴いていた。窓枠の隙間から寒気が漂っている。

「通り雨ではないわ。きっと今日は……」

「それでも永遠に降り続けることはありません」

 背後から重ねられたフラウの腕がメーウィアの不安をそっと拭った。

「お嬢様、こちらへ。温かい飲み物をご用意いたしましょう」

【終】

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