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次期当主と花嫁候補  作者: つら
第一章
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第一話(後):Priabell

 ――ラオフ領、名門プリアベル家。

 名門とは名ばかりの中流貴族。かつての栄華は過ぎ去りし夢、権力争いを経て疲弊し、敗れ去った貴族。今となってはツァイト家の支配する領地の一角で慎ましく暮らす力を持たない小さな家。家の主は”当主”ではなく”主人”と呼ばれており、気質の大人しい彼は政治的野心よりも、ただ一人娘の名誉だけを願っていた。娘は顔立ちも性格も少しきつめだが社交界で必須とされる舞踏を完璧にこなすなど教養が高く、立ち居振る舞いはその容姿と共に洗練されていた。気高く美しく、政略結婚に利用すれば寂れた家などすぐに立て直せるのではと思われるほどだった。

 ただ一つ、両目に障害を負っていることを除いては。

 ただそれだけが、娘の女としての価値を貶めていたのだが……


「フラウ、リボンは黄色にして。髪に編み込むのが良いと思うの」

 黒檀の髪、瞳は吸い寄せられるような漆黒の闇。意思の強さを示す眉に気品に満ちた声。気の強い面を持ちながらどこか儚げな雰囲気を漂わせる美しい娘。プリアベル家の令嬢メーウィア、その美貌は目にした者をたちまち恋に溺れさせてしまうほどだった。求婚するも断られた貴族は数知れず、人目を忍んで会いに行っても彼女の傍らに控えている使用人に追い返されるのが常だった。

「黄色ですか。太陽の色、リュスカですね」

 その使用人、フラウが答える。

「空の、青、シャルノー」

 昔、教えてもらった言葉をメーウィアは歌った。

「マルグレットは炎の赤、血の輝き」

 フラウの低音が続きを繋げる。花の名前と結びつけられた色の名前。小さい頃に二人で良く歌った、目の不自由なメーウィアのために作られた言葉遊び。フラウはリボンを選ぶために鏡台の側から離れ、戻るとメーウィアの長い髪を梳き始めた。

「お嬢様には黄色が良くお似合いです」

「フラウがそう言うから、黄色……好きな色なの」

 朝陽がそよ風を射し抜く窓辺。髪を編ませている間、メーウィアは物思いに耽る。手元の丸椅子には先ほど母が持って来たツァイト家からの招待状が置いてあるはずだった。

「……私がツァイト家のご子息と結婚なんて、身のほど知らずにもほどがあるわ。正直気が乗らない……」

 招待状はツァイト家とプリアベル家の婚姻に関するものだった。ツァイト家の長男、テーゼ=ラオフ・ツァイトがメーウィアの結婚相手。長男だから次期当主、メーウィアは未来の当主夫人ということになる。

「そうですか? お嬢様の美しさがようやく領主の家にまで届いたのでしょう。数日前に花嫁募集の告示が出ていたのです。ご主人は運試しのつもりで応募なさったそうですが、私は選ばれて当然だと思っています」

「お父様……」

 有力貴族の花嫁募集は別段珍しくもないが、普通は一列に並べられて趣味や特技を披露する通過儀礼が存在する。政略的な駆け引きがあるならともかく会いもしない内から決められるのは妙だった。応募が集まった中からもっとも理想的な家を選んだとしてもメーウィアの家――プリアベル家は威張れるほどの力を持っていない。

「大丈夫ですよ。お嬢様は選ばれたのですから」

「どうかしら。もしそうだったとしても、私の秘密を知っても花嫁として認めてくれるかしらね? 私のような、目の不自由な女を」

「お嬢様……」

 メーウィアは生まれつき目が悪かった。色覚異常と呼ばれる障害。色の認識に欠け、明るい場所では逆に光が邪魔をして物の形がぼやけてしまう。良くて動いている様が分かる、という程度だった。

 裕福でないプリアベル家がメーウィアのためだけに使用人を雇ったのは、どうしても”杖”が必要だったから。一人娘だからと雇ったフラウは使用人の中でも給金の高い貴族の庶子で、一通りの教育を受けた教養のある青年だった。

「ですが完全に見えないわけではありませんし、言わなければ分かりませんよ。お嬢様の幼い頃をご存知の方はお嬢様の視力はもう回復したと思っていらっしゃいますし……」

「それだけの努力をしているからよ。誰にも知られたくないから求婚されても断り続けるしかないのだわ。なのにお父様は、よりにもよってツァイト家との縁談を取りつけてくるなんて。大々的に私に恥をかかせる気なのかしら」

 言葉を遮られてフラウは沈黙する。メーウィアは編ませた髪にそっと手を触れた。

「……」

 文句を言っていても仕方がない。今はとにかく父の指示に従うだけだ。それに有力貴族の花嫁に選ばれたことに限って言えば、誇らしい気持ちにもなれた。

「フラウ、お前もついて来るのよ。私が信用しているのはお前だけ」

 昔は不器用だったフラウもメーウィアの心を少しでも慰めるためか随分と手先が器用になった。今日も完璧な三つ編み。不器用だったその手で、指先で。メーウィアに色々なことを教えてくれた。目が見えなくてもメーウィアは世界の様相を知っていた。物の形、名称、色。フラウが側にいてくれたから。

 主人と使用人――金で繋がった関係。それ以上にフラウのことを信じていた。

「もちろんそのつもりです。お嬢様を一人で行かせるなんて」

「よろしくね」

 メーウィアは気丈さを唇の端に浮かべた。

 ツァイト家は明後日からメーウィアを招待することになっている。次期当主の縁談が発生したということは家督相続の意思を孕んでいるとみなして間違いなかった。後継問題で慌しくなるのかもしれない。婚約期間から既にツァイト家での生活に慣れておくように、ということだろうか。

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